日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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院政とは何か

 院政という言葉は、現在でも政治の場でよく耳にする言葉かと思います。田中角栄竹下登などです。

 

 院政が行われたのは平安末期から鎌倉前期にかけてになります。現在の天皇も同様ですが、天皇が現実に政治を行うことは歴史的に見ても稀であり、政治を行う代行者がいました。平安時代といえば、藤原氏による摂関政治の時代になりますが、院政の始まりは、後三条天皇の子である白河天皇が退位して上皇になった所から始まります。

 

 白河天皇の次が堀河天皇になりますが、この時には、後見として実権を握る意思があったわけではなく、後見も終わると出家しました。しかし周りの状況が白河法皇に政務を要求するようになりました。白河法皇は、天皇家の家父長であり、藤原摂関家にも強い影響力を与えることが出来ることから院政が始まります。
 堀河天皇の次に鳥羽天皇、崇徳天皇と続き、鳥羽天皇は退位したため、上皇になりました。しかし依然白河法皇が実権を握っていました。院政とは、実権を持つ上皇が政治をすることをいい、この実権者を「治天の君」と呼んでいました。治天の君は天皇家における家督者にほかなりません。以後、上皇は複数人出てきますが、院政を行うのは、治天の君であり、その後、鳥羽、後白河、後鳥羽と継承され、承久の乱に至ります。

 

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