日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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主君押し込めとは

 平安末期から鎌倉初期において、主君押し込めということが行われます。主君とは、院政を行っていた上皇になります。もし主君を殺害してしまえば、“王殺し”として汚名が残るほか、権力基盤が揺らぐことにもなります。主君押し込めとは、最高権力者を武力で脅迫、拉致、監禁し、幽閉や軟禁状態にしておき、その間に押し込めた側に有利な君主を立て、権力を握ることになります。

 

 前例は、平治の乱における後白河上皇や、承久の乱における後鳥羽上皇も隠岐・佐渡への島流しの前に押し込められました。また後鳥羽上皇の島流しについては、その前の保元の乱における崇徳上皇の先例に倣って行ったものとなります。日本には従来より、皇位を重んじていたこと、それに手をかけると言うことは“王殺し”簒奪のそしりを受けることになります。そこで都合よく権力を手にする手段の一つとして、主君押し込めをしていました。それにより押し込めのそしりだけで、軽微な非難に留まる利点がありました。

 

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