日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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天皇、皇帝、天子の区別について

 天皇は、その役割に応じて呼び方が変わります。現在では、天皇という呼び方のみになりますが、律令法時代では、天皇という呼び方は、内政上においての呼び方になります。この呼び方は明治においても同様になります。

 

 対外においては、皇帝という呼び方になります。律令法時代からになりますので、隋や唐の皇帝というように、日本も対外においては皇帝という呼び方にしています。ちなみに中国においても、表記の違う天王が神話に出てきますが、これは宇宙を創った神になります。日本に天皇がいるという時に、中国側から見れば齟齬が出てしまうこともあります。皇帝という呼び方は、明治においても同様になります。それは日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦における宣戦布告の時に記載されています。

 

清国ニ対スル宣戦ノ詔勅
露国ニ対スル宣戦ノ詔勅
独逸国ニ対スル宣戦ノ詔書

 

ところが、第二次世界大戦における宣戦布告は、皇帝ではなく天皇になっています。

 

米國及英國ニ對スル宣戰ノ詔書

 

これは、国体明徴運動などの影響からそのように記載したものと思われます。

 

 最後に、律令法時代には、天子という呼び方があります。これは明治には残らなかったものになりますが、重要なものになります。天子は、祭祀を行う際の呼び方になります。現在においては、宮中祭祀が私的行為としての扱いになりますが、古来より続けている伝統になります。そして宮中祭祀の中でも、代拝が出来ないものもあります。それは新年明けた初めの儀式である四方拝になります。現在、今上天皇の高齢化により、祭祀が簡略化されて行われています。別の所で典憲体制について述べていますが、天子についても同様に考える必要がありそうです。

 

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