日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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戦争抛棄に関する条約

 署名 一九二八年八月二七日(パリ)
 効力発生 一九二九年七月二四日
 日本国 一九二九年七月二四日
          六月二日批准
          七月二四日批准書寄託
          七月二五日公布・条約一号
 当事国 六〇

 

 独逸(ドイツ)国大統領、亜米利加(アメリカ)合衆国大統領、白耳義(ベルギー)国皇帝陛下、仏蘭西(フランス)共和国大統領、「グレート、ブリテン」「アイルランド」及「グレート、ブリテン」海外領土皇帝印度(インド)皇帝陛下、伊太利(イタリア)国皇帝陛下、日本国皇帝陛下、波蘭(ポーランド)共和国大統領、「チェッコスロヴァキア」共和国大統領は、
 人類の福祉を増進すべき其の厳粛なる責務を深く感銘し、
 其の人民間に現存する平和及友好の関係を永久ならしめんが為、国家の政策の手段としての戦争を卒直に抛棄すべき時機の到来せることを確信し、
 其の相互関係に於ける一切の変更は平和的手段に依りてのみ之を求むべく、又平和的にして秩序ある手続の結果たるべきこと、及今後戦争に訴へて国家の利益を増進せんとする署名国は、本条約の供与する利益を拒否せらるべきものなることを確信し、
 其の範例に促され世界の他の一切の国が此の人道的努力に參加し且本条約の実施後速に之に加入することに依りて其の人民をして本条約の規定する恩沢に浴せしめ、以て国家の政策の手段としての戦争の共同抛棄に世界の文明諸国を結合せんことを希望し、
 茲に条約を締結することに決し、之が為左の如く其の全権委員を任命せり。(全権委員名略)
 因て各全権委員は、互に其の全権委任状を示し、之が良好妥当なるを認めたる後、左の諸条を協定せり。

 

(戦争放棄)
第一条 締約国は国際紛争解決の為戦争に訴ふることを非とし、且其の相互関係に於て国家の政策の手段としての戦争を抛棄することを其の各自の人民の名に於て厳粛に宣言す。

 

(紛争の平和的解決)
第二条 締約国は、相互間に起ることあるべき一切の紛争又は紛議は其の性質又は起因の如何を問はず平和的手段に依るの外之が処理又は解決を求めざることを約す。

 

(批准、加入)
第三条 本条約は、前文に掲げらるる締約国に依り其の各自の憲法上の要件に従ひ批准せらるべく、且各国の批准書が総て「ワシントン」に於て寄託せられたる後直に締約国間に実施せらるべし。
 本条約は、前項に定むる所に依り実施せられたるときは、世界の他の一切の国の加入の為必要なる間開き置かるべし。一国の加入を証する各文書は「ワシントン」に於て寄託せらるべく、本条約は、右寄託の時より直に該加入国と本条約の他の当事国との間に実施せらるべし。
 亜米利加合衆国政府は、前文に掲げらるる各国政府及爾後本条約に加入する各国政府に対し、本条約及一切の批准書又は加入書の認証謄本を交付するの義務を有す。亜米利加合衆国政府は各批准書又は加入書が同国政府に寄託ありたるときは直に右諸国政府に電報を以て通告するの義務を有す。

 

 右証拠として各全権委員は仏蘭西語及英吉利(イギリス)語を以て作成せられ両本文共に同等の效力を有する本条約に署名調印せり。

 

 一九二八年八月二七日巴里(パリ)に於て作成す。
(全権委員署名等略)

 

日本国政府宣言書(昭和四年六月二七日)
 帝国政府は一九二八年八月二七日巴里に於て署名せられたる戦争抛棄に関する条約第一条中の「其の各自の人民の名に於て」なる字句は帝国憲法の条章より観て日本国に限り適用なきものと了解することを宣言す。

 

アメリカ合衆国政府公文(抜粋)
 不戦条約の米国案は、いかなる形においても自衛権を制限し又は毀損するなにものも含むものではない。この権利は各主権国家に固有のものであり、すべての条約に暗黙に含まれている。各国は、いかなる場合にも、また条約の規定に関係なく、自国の領土を攻撃又は侵略から守る自由を持ち、また事態が自衛のための戦争に訴えることを必要とするか否かを独自に決定する権限を持つ。

 

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