日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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日本には憲政の常道がある

 「日本には憲政の常道がある」とは、GHQによる占領下においてマッカーサーが芦田内閣が崩壊するときに、後の首相にもなった三木武夫が言った言葉です。占領下でやりたい放題やっていたGHQから、吉田茂に首相の座を渡したくないことから次の首相として、三木武夫を首相に据えようとしました。しかし上記の言葉でその座を蹴ったというエピソードがあります。

 

 まず憲政の常道とは、「衆議院第一党の総裁が総理大臣になること」、「政権交代の前後に総選挙があり、国民に選択する機会が与えられること」になります。これは1904年の日露戦争後に藩閥政治が行われていたことに反発し、大正時代に入り憲法擁護運動が盛んな時期にイギリスの議院内閣制に倣うようにして短い期間でしたが確立していきました。つまり藩閥政治から政党による政治体制に変えていく際に、政権与党が失政した場合には、野党第一党の総裁に大命降下するという慣例を積み重ねていきました。

 

 政党間や衆議院での合意というよりは元老と呼ばれる人達、とくに最後の元老となった西園寺公望が憲政の常道を確立するために、動かしていたこともあり上手く機能していました。しかし、1932年の5・15事件において犬養毅が暗殺されたあとの首相において、海軍出身の斎藤実を首班指名したため、ここで憲政の常道が終焉することになります。当時の状況としては世界恐慌による不況から社会不安が蔓延し、さらに政党政治の腐敗によりテロが起こるようになっていたこともあり、挙国一致内閣を作る必要性から選ばれ、閣僚としては立憲政友会や立憲民政党から大臣を出すことになりました。

 

 昨今の政治情勢として、憲政の常道を無視して政治が行われる風潮になっています。本来は、選挙に選ばれた第一党総裁が内閣総理大臣として組閣し政治を行いますが、失敗すれば野党第一党が内閣総理大臣として組閣し政治を行うことが、間接民主制においての民意を反映する意味になります。だからこそ政権与党内で内閣総理大臣を決め、たらい回しにすることは民意を無視することにもなります。また憲政の常道の原則として、政府や国会が憲法習律として認識していることが重要であり、結局は憲法を運用する人の問題になります。

 

 最後に運用する側について、どのように憲法を運用していけばいいのかといえば、運用する上での前提として、どんなにいい憲法でも運用するのは人であり、始めの理想のまま持続することが出来ればいいですが、月日が経つにつれて、運用する側の人に問題が生じてくるのは、憲法を始め国家を運営していくこと全般にいえることになります。憲法を運用する側として、政党政治により政権与党と野党に分かれますが、国家の基本方針や安全保障などについては合意し、その上で政治を行う原則がなければ、国家が安定しなくなります。イギリスでは、陛下の野党という言葉があります。これはウォルター・バジョットの「イギリス憲政論」という本に記載されています。つまり政権交代して野党になったとしても陛下つまりイギリス国家のために政治を行うという意味であり、単に批判のための批判ではなく、自分達で予算案や法律案を作成し、次に政権与党になった時のために準備をしておくことです。
これらが出来て始めて憲政の常道が生きて二大政党政治が実現することになります。

 

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