日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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イギリスにおける法の支配について

 「法の支配」とは、言うまでもなくイギリス憲法の基本原理であり、多くの国々に影響を及ぼしています。意味としては、王といえども法に従うべきであり、恣意的な支配は許されないことになります。

 

 背景としては、王は法の外にあるような専制支配が中世において確立していました。それを法的にいえば、ローマ法学者のウルピアヌスの法格言にそれを表す言葉があります。

 

「君主を喜ばせるものは法の力を有する(quod principi placet,legis habet uigorem)」

 

 君主が行うことは即ち法となるような意味になります。しかしイギリスではなくイングランドの時代で、ヘンリー・ブラクトンというイギリス法学者がいました。またイギリスの伝統として国王は有力者達の助言や同意なくして政治が出来ず、後のイギリス議会になる賢人会議などがありました。つまり有力者達の同意が君主の行動を正当化することになります。ヘンリー・ブラクトンに、重要な法格言があります。

 

「王は人の下にあってはならない。しかし国王といえども神と法の下にある。なぜなら、法が王を作るからである」

 

 実はイギリスには暴君が多くいますが、これにより国王の上には法があるという事が定まってきます。もちろん成文法としてではなく、歴史の中によって決まり確立した習律としてになります。その習律を破れば、究極的には、国法と直接対決されることになり、これらはイギリスの政治家や法律家の「意識的」な努力によって形成されたものになります。イギリスにおいて、国家のすべての行為は国王の名によってなされます。実際に行政を司るのは内閣になりますので、実際に国王が関与することはありません。しかし国王には出来ることがあります。それは、ウォルター・バジョットのイギリス憲政論に記載されています君主の三つの権利である、「諮問される権利」、「奨励する権利」、「警告する権利」になります。日本にも内奏という形で、天皇が閣僚に相談をされたりすることと同じです。それを聞き入れるか入れないかは当人次第で、法的責任は及びません。しかしそれが失政であった場合に、君主は権力を持たない代わりに一切の責任を負わないため、その責任は実際に行政を司る内閣が負うことになります。これは君主の無答責といい、帝国憲法でいえば第3条になります。

 

 近代における君主のあり方、俗にいう「君臨すれども統治せず」実際には「統治すれども支配せず」が正しい表現になりますが、これもイギリスから来たものになります。

 

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