日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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天壌無窮の神勅とは何か

 これは古事記あるいは日本書紀にある、皇室の皇祖神である天照大神が、皇孫であるニニギノミコトに向けて言った言葉になりますが、これを神話で歴史的実証的な話ではないというように言われると思いますが、それは違います。この神勅だけではありませんが、古事記や日本書紀が出来た時に、なんらかの確信的なものがあり、編纂されなければ、後に伝わるものでもなく、“単なる物語”で終わってしまいます。しかし、これが伝わってきたことに意味があるといえます。内容としては以下のようになります。

 

天壌無窮の神勅
 葦原千五百秋之瑞穗國、是吾子孫可王之地也。宜爾皇孫、就而治焉。行矣。寶祚之隆、當與天壤無窮者矣。(日本書紀第二神代下第九段一書第一)
読み下し
 葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の国は、是れ、吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるへき地(くに)なり。宣(よろ)しく爾(いまし)皇孫(すめみま)就(ゆ)きて治(しら)せ。行(さまく)矣(ませ)。宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさんこと、当(まさ)に天壌(あまつち)と窮(きはま)り無けむ。
現代語訳
 秋になると稲穂が良く育つ葦原の国は、私より続く皇孫が統治しなさい。天孫が継いでいく限り、この正しい系統が栄える限り、この天壌(天と地)は永遠に行き詰る事はありません。

 

 ここでのポイントは、他のページでも述べていますが、治(しら)せになります。つまりシラスという言葉、これは天皇による統治を表し、支配という意味を表すウシハクの対義語になります。天孫降臨前の、大国主神が葦原の中つ国を支配(ウシハク)していました。「吾が子孫の王たるへき地」の「吾」とは皇祖神だけではない、民族の祖としての意味合いとして述べている所であり、つまり民あっての話になります。ヨーロッパや中国など世界の歴史では、民を家畜のように扱う歴史が多くありました。それは、まさにウシハクということになりますが、日本の歴史には、該当せず、日本的統治をシラスといいます。

 

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