日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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公式令(くしきりょう)について

 大宝律令や養老律令において、公式令という公文書の様式を定めた令があり、二十一の様式があります。これは、太政官から天皇への上奏や行政官庁内の様式、そして天皇の意思発現の様式である、詔書勅旨があります。詔書と勅旨は、ともに天皇の勅命を下達する文書になります。令義解には「詔書勅旨同じく是れ綸言なり、但し臨時の大事を詔と為し、尋常の小事を勅と為す也」と説明されています。

 

 詔は、臨時の大事に際して発せられる様式になりますが、事柄の性質によって五種に分けられており、それぞれ初めの書き出し文が異なります。
1 大事を外国の使臣に宣する場合
2 次事を外国の使臣に宣する場合
3 朝廷の大事を宣する場合(例)立后、立太子等
4 中事を宣する場合(例)左右大臣以上の任命
5 小事を宣する場合(例)五位以上を授ける

 

 詔書と勅旨として様式が定められましたが、手続きの煩雑さから、「綸旨」という形での文書に簡略化されていきました。蔵人所という令外官が発給する形で、勅命を行っていました。また日本の歴史で、文書様式を変化させた時期があります。それは、王政復古の大号令と明治四十年に制定された公式令(こうしきれい)になります。

 

 話を戻しますと、詔書や勅旨は天皇の意思発言の様式といっても、天皇が単独に発することは出来ません。手続きの過程は、太政官内で特殊な位置を占める中務省の内記が原案を作成して天皇の認可(天皇が日付を記入する。御画日)を得たのち、これを原案として中務省に留め、別に写しを作って、中務卿、中務大輔、中務少輔が署名し、それぞれの署名の下に「宣」「奉」「行」と書き、中務省印を捺して太政官に送ります。これは詔書の発布施行を太政官に任せることを意味し、太政官では太政大臣、左右大臣、大納言が署名して、この詔書を施行することを天皇に奏上します。これを太政官の覆奏といいます。これに天皇の認可を受けます(天皇が「可」の字を記入する。御画可)。

 

 勅旨は、「尋常の小事」に用いられる様式で、公式令によると御画日も太政官の覆奏も御画可もない簡単な手続きとなっています。中世以降は中務省の連署がなく、御画日を入れるようになりました。以上は公文書に関するものになりますが、日本では元々天皇の意思を民に下達するには、直接民を集めて読み聞かせる、つまり「命(みこと)を宣(の)る」伝統がありました。これを「宣命」といいます。

 

 律令法時代においては、厳格な文書規定であります公式令(くしきりょう)がありました。そして明治に入りますと、明治四十年の公式令(こうしきれい)が制定され、それが戦後になると廃止され、現在に至っています。

 

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