日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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格式について

 律と令については別のページで述べていますので、格(きゃく)と式(しき)について述べていきます。律令とは、根本となる法典であり改正はありませんでした。そのため「」を出して改正や追加をしていました。また「」は施行細則が定められています。律令の補充法としての位置づけが格式でした。

 

 格式の最初は弘仁(こうにん)格式になります。これは819年(弘仁10年)に嵯峨天皇が、大納言藤原冬嗣らに勅し、701年(大宝元年)から819年(弘仁10年)に至る間の格式を編纂したもので格十巻、式四十巻になりますが、散逸しています。

 

 次に貞観(じょうがん)格式は、869年(貞観10年)に清和天皇が、大納言藤原氏宗らに勅し、820年(弘仁11年)から868年(貞観10年)に至る間の格式を編纂したもので、格十二巻、式二十巻よりなりますが、散逸しています。

 

 最後の延喜(えんぎ)格式は、905年(延喜5年)に醍醐天皇が、左大臣藤原時平らに勅し、延喜格は869年(貞観11年)から907年(延喜7年)に至る間の格等を編纂、延喜式は905年(延喜5年)から927年(延長5年)に至る間の式等を編纂したもので、延喜格の施行が908年(延喜7年)で十二巻、延喜式の施行が967年(康保4年)で五十巻よりなり、多少の遺漏を除いてほとんどの原形が伝えられています。

 

 そして令外官設置の根拠法は、式によって定められ、検非違使式や蔵人式などがあります。またこれらの三格を項目別に分類編纂したものとして類聚三代格(るいじゅうさんだいきゃく)というものがあります。律令格式は成文法になりますが、形式主義的であるためその欠陥を補うために慣習法も発達しています。そして荘園の行事がありますが、これは武士の勢力が増すことで発達していくことになりました。

 

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