日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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大久保参議起草政体に関する意見書を読む

 明治6年11月に大久保利通が、立憲政体に関して起草した意見書になります。
この意見書は、その後明治8年立憲政体樹立の詔に反映されることになります。
以下がその内容になります。

 

 世の政体を議する者輙(すな)はち曰く、
君主政治或は曰く、民主政治と、民主未だ以て取る可からず。
君主もまた未だ以て捨つ可からず。
然り而してこの政体は実に建国の驤エ為政の本源至大至高なる者なり。
其体確立せざれば則(すな)はち国何にを以て建たんや、政何にを以て為さんや。
夫れ民主の政は天下を以て一人に私せず、広く国家の洪益を計り、
洽(あまね)く人民の自由を達し、
法政の旨を失はず、首長の任に違はず、
実に天理の本然を完具する者にして、目今合衆瑞西蘭土其他南亜墨理駕地方においてす。
此政体は創立の国新徒の民に施行すべくして、
奮習に馴致し宿幣に固着するの国民においては適用すべからず。
瑞西蘭土は沃饒四塞天府の国なり、一国の向背以て欧州の全勢を輜重す、
是を以て各国相軌し相制し敢て之を○○せず。
而して合衆国は建国未だ百年に足らず、当初君主政治の壓制(あっせい)に苦しみ、
民主を以て其国を建つ。
其餘皆な創立の国新徒の民の故を以て欺の政体行はる。然れども其弊黨を樹て類を結び

漸次土崩頽敗(どほうたいはい)の患もまた測る可からず。
往時仏蘭西の民主政治其兇暴残虐は君主擅制(せんせい)より甚だしと、
名実相背くに及んではまた此くの如し。
是また至良の政体と謂う可からず。
若し夫れ君主の政は蒙昧無智の民命令約束を以て之れを治むべからず。
是においてか才力稍衆に擢(ぬきんで)る者、其威力権勢に任かせ、其自由を束縛し、
其通義を壓制し、以て之を駕御す。
此れ方さに一時通用の至治なり。
然れども上に明君あり、下に良弼(りょうひつ)ある時は民其?(ちゅう)を蒙らず、
国其敗を取らずといえども、猶内外の政朝変暮化百事渙散の弊を免かれず。
若し一旦暴君汚吏其権力を壇ままにするの日に当りては、生殺与奪唯意惟(こ)れ行う。
故に衆怒国怨君主一人の身に帰し、動もすれば廃立簒奪の変あり。
其法政概むね人為に出て天理に任せず、此れ人情時勢において久しく持守す可からざるものにして、
即ち英国「コロンウェル」及び仏国千七百年代の革命其覆轍また以て徴すべし。
抑政の体たる、君主民主の異なるありといえども、
大凡土地風俗人情時勢に随(したが)って自然に之れを成立する者にして、

敢て今より之れを構成すべきものに非らず。
また敢て古に據(よ)りて之れを墨守すべきものに非らず。
魯国の政体以て英国に施こすべからずして、英国の政体以て亜国に用ゆべからず。
亜や英や魯や其政体以て我国に行うべからず。
故に我国の土地風俗人情時勢に随てまた我が政体を立てざるべからざるなり。
維新以来宇内を総覧し、洽ねく四海に通じ、我国をして万邦に卓越せしめんとす。
然れども其政は依然たる奮套に因襲し、君主擅制の体を存す。
此体や今日宜しく之れを適用すべし。
而して土地は万国通航の要衝を占め、風俗は進取競奔の気態を存し、
人情既に欧米の餘風を慕い、時勢半ば開化の地位に臨む。
将来以て之れを固守すべからざるなり。
然らば則はち政体以て民主に帰す可きか、曰く不可、辛末の秋廃藩の令下り、
天下漸やく郡県に帰し、政令一途に出ずるといえども、
人民久しく封建の壓制に慣れ、長く偏僻の陋習以て性を成す殆んど千年、
豈(あ)に風俗人情の以て之れに適用するの国ならんや。
民主固とより適用すべからず。

君主もまた固守すべからず。
我国の土地風俗人情時勢に随て我が政体を立つる、
宜しく定律国法以て之れが目的を定むべきなり。
英国は欧州の一島国なり、
幅員二万五百方里人口三千二百万餘「ノルマンディ、ウィリアム」
入国以来僅かに八百餘年にして、国威を海外に振い、万邦を膝下に制し、
今日の隆盛に至る者は蓋し三千二百餘万の民各己れの権利を達せんが為め、
其国の自主を謀り、其君長もまた人民の才力を通暢せしむるの良政あるを以てなり。
我日本帝国もまた亜細亜州の一島国幅員二万三千方里人口三千一百餘万、
天智帝中興以来千有餘年にして、其英国の隆盛に至らざる者は他なし、
三千一百餘万の民愛君憂国の志ある者万分有一にして、
其政体においても才力を束縛し権利を抑制するの弊あるを以てなり。
其国家を負担するの人力と、
其人力を愛養するの政体に従て国家の以て隆替する所ろのもの昭に此くの如し。
抑我が祖宗の国を建つる、豈に斯の民を外にして其政を為んや。
民の政を奉ずるまた豈に斯君を後にして其国を保たんや。

故に定律国法は即はち君民共治の制にして、上み君権を定め、下も民権を限り、
至公至正君民得て私すべからず。
夫れ児と美と相交わる時は人々相競う、君民相交わる時は上下また相競ひ、
相交わるの際において是非曲直善悪邪正の分之れを裁決せざる可からず。
其特権君に在るを君主と謂い、民に在るを民主と謂う。
其君民共に之れを執るを君民共治と謂う。
此れ上下各其公権通義を保全暢達せんが為め、君民共議以て確乎不抜の国憲を制定し、
万機決を之れに取る。
之れを根源律法と謂い、又之れを政規と謂う。即ち所謂政体にして全国無上の特権なり。
此体一たび確立する時は則はち百官有司檀ままに臆断を以て事務を処せず、
施行する所ろ一轍の準拠ありて変化換散の患なく、民力政権並馳して開化虚行せず、
此れ建国の驤エ為政の本源にして、
今日百般の務めに従事する着々茲々に注意せずんばある可からざるなり。
然りといえども今日此議を建つる乃ち
天皇陛下の大権を輜重するや、曰く否、夫れ天子の大権其の外貌益重もければ則はち
其実権愈輕(癒軽)し。何となれば則はち将門均を乗るの日、

天子九重の内に在りて威厳堂々下民仰いで以て神となす。
而して天子尺寸の権なし。
一旦親から万機を裁するに当たりて下民始めて天日を拝し、至尊もまた斯人たるを知る。
而して外貌の威半ば損す人情時勢の日に開明に赴く水の湿に就くが如く、
物理の自然人力の支うる所ろに非らず。
今にして此れ之れを察せず、其外貌の大権を強持せんと欲せば、
則はち天子坐ながら空器擁して昔時将門乗均の日に異ならざるのみならず、
天位もまた将さに危からんとす。
是を以て上み君権を定め、
下も民権を限るものは蓋し国家愛憂の至情に出で、人君をして万世不朽の天位に安んぜしめ、
生民をして自然固有の天爵を保もたしむる所以んなり。
然らば則はち今日の要務先づ我が国体を議するより大且つ急なるはなし。
苟しくも之れを議するに序あり。
妄りに欧州各国君民共治の制に擬す可からず、我が国自から皇統一系の法典あり、
また人民開明の程度あり、宜しく其得失利弊を審按酌慮して似て法憲典草を立定すべし。

 

治国の道たる其政府の体裁においては各其国古来の風習人情に従い、
或は立君独裁或は君民共治或は共和政治等の異なるありといえども、
国中百端の事務を議定施行するに至ては必ず独立不羈の権を有する処有て以て断然之を行うに非れば、
衆諭百出異説紛々終に定基なく、人々一己の私論を主張し、
着手方向を誤り、施行順次を失い、進まんと欲して退き、急ならんと欲して緩なるの弊を生じ、
国政不振基礎不立の憂を致す。
然而所謂三種の政体中立君独裁とは則国に従来の定法なく、只国君の意以て之れが国法と為り、
其君権定限なき者を云君民共治とは従来の定規に従い、君民の同各其権限を定め以て法を立つ、
君主之れに因て自ら国政を理むるものを云
共和政治(人民共治と云える方至当なるべし)に至つては人民相共に力を尽し、以て法憲を定め、
定むる所の法憲に従て国政を理むるの人を選び、之れをして国務を奉行せしむる是れなり。
雖然各其不羈独立の権勢を有する所在て百端の国政を裁決施行するの意に至ては則ち一なり。
故に立君独裁の国は君意を以て確然不可犯者とし、君民共治人民共治の国においては定憲定法を以て確乎不抜の者とす。
今我政体を察するに自ら此三者を斟酌折衷するものにして、能く国風に応じ時勢に適するに似たりといえども、
然れども実際に臨で尚お適切にして以て弊なしとせざる者あり。
其故何ぞや、命令の出る処実権なく、又随て一ならざるに因るなり。

之を人身に喩(例)うるに手足動もすれば次に其好む所を行い、其欲するところに趨るが如く、
既に其主宰を失て気脈相通ぜず首尾相応ぜざるが如し。
故に今深く此に注意し篤く時勢を量つて切に左の擬議を建つ。

 

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