日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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公式令(こうしきれい)について

律令時代には公式令(くしきりょう)という、公文書の様式を定めた令がありました。
その律令以来の公式令を改めたものとして、公式令(こうしきれい)があります。

 

公式令には、帝国憲法や皇室典範の改正に上諭を附すことや御璽が必要であるなども定められています。その中で第1条には、詔書と勅旨の記載があります。

 

第一条 皇室の大事を宣誥し及大権の施行に関する勅旨を宣誥するは別段の形式に依るものを除くの外詔書を以てす
2 詔書には親署の後御璽をツし其の皇室の大事に関するもには宮内大臣年月日を記入し内閣総理大臣を倶に之に副署す其の大権の施行に関するものには内閣総理大臣年月日を記入し之に副署し又は他の国務各大臣と倶に之に副署す

 

 要するに詔書とは、皇室の大事と天皇大権の行使に関して発せられることになります。
律令時代の詔は、臨時の大事に際して発せられる様式として、事柄の性質によって五種に分けられていました。
1 大事を外国の使臣に宣する場合
2 次事を外国の使臣に宣する場合
3 朝廷の大事を宣する場合(例)立后、立太子等
4 中事を宣する場合(例)左右大臣以上の任命
5 小事を宣する場合(例)五位以上を授ける
公式令には、天皇大権の行使も対象となり、「貴族院議員の補欠選挙」も詔書になります。律令時代から考えると、その意味が変化しているのがわかります。

 

 戦後になると、公式令は廃止され、それに代わる法律も制定されていません。しかし公文書において、御名御璽を入れることは変わっていません。
戦争が終わった翌年の1月つまり1946年1月1日に、俗に言う「天皇の人間宣言」が出されたと言われますが、実際は「年頭、国運振興の詔書」になります。その内容を見ると五箇条の御誓文の全文を引用し、その精神に従って、復興していくという内容です。発信した側の意図しない解釈あるいは宣伝をされ、受け手側が認識しています。律令時代の詔については、事柄の性質で分けられていたことと、書き出し文も異なります。受け手側の認識に解釈を入れさせないように律令時代のような新しい公式令を制定する必要がありそうです。

 

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