日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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国民主権とは実は危険な言葉

 国民主権とは言わずと知れた日本国憲法三大原則の一つになります。国民主権とは最終的な決定権が国民に帰するということになります。現行憲法第1条に以下のように記載されています。

 

日本国憲法
(天皇の地位・国民主権)
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

 

 この条文を見て、また日本国憲法下での国民主権原理で考えた場合、日本国民の総意に基づかなければ、この場合国民の代表者たる国会あるいは憲法第96条の国民投票によって廃位させることが出来るという意味にも解釈することが出来るかと思います。

 

 ここでさらに考えてほしいことがあります。保守主義の父として名高いエドマンド・バークという人がいます。
フランス革命の時代、革命によってそれまでの伝統を破壊されたその惨状を見て、これがイギリスで行われてはいけないということ、バーク哲学の基本となる伝統や慣習それらは相続されていくという原理があります。

 

 つまり大英帝国の現在を作っているのは今そこに住む人達ではないこと、先祖が築いてきたものを相続していることになります。例えば老舗のお店があり、先祖代々続いてきたもの、それを相続した人が好き勝手やっていいわけではなく、やはりそれを継ぐ人はその意志を継ぐことになります。

 

 国家も同様で現在の日本国民も連綿と続く歴史、伝統、文化があり、私達はそれを受け継いでいます。もちろんその歴史の流れから、廃位させることは出来ないという憲法改正限界説というものもあります。しかし法理論上、改正手続に従って行われた場合にはどうなるのでしょうか。誰が阻止するのでしょうか。そうならないためにも国民自身が日本の歴史、伝統、文化を育み皇室を守っていく必要があります。最後に帝国議会貴族院で日本国憲法を審議していたときの佐々木惣一氏の議事録の一部を記載しますので、読んでみて下さい。

 

昭和21年10月5日
貴族院本会議 佐々木惣一
次に改正案第一條には「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であつて、この地位は、主權の存する日本國民の總意に基く。」とあります、今天皇が象徴であると云ふやうなことも、法の規定の上に用ひることは私は贊成致しませぬが、併し此處では其の問題は暫く止めて置きます、改正案に依りますれば、天皇の地位が今述べましたる條項に示して居りまするが如く「主權の存する日本國民の總意に基く。」とせられて居るのであります、是は天皇が其の地位にあらせられると云ふのは、國民の意思に依つて認めるからであるとせられて居るのであります、今日特に定まれる所の萬世一系の血統に出でさせられること、其のことの故に其の地位にあらせられるとするのとは雲泥の差異があるのであります、でありまするから、帝國憲法改正案が、天皇の統治權總攬者たるの地位を廢止し、又天皇の地位を國民の意思に基くとすることは、即ち我が國の政治的基本性格を變更するものであるのであります、抑抑或御一人が天皇であると申すのは、其の御一人が前述の如く、萬世一系の出であるの故に統治權を總攬せられると云ふ性質を有せられることを指して言ふのであります、其の性質の如何に拘らず、唯天皇と云ふ名稱を有せられたらそれで宜いと云ふのでは斷じてありませぬ、改正案の如くでありますれば、依然として天皇と申しましても、其の實は失はれて居るのであります、正確なる意味での天皇制は茲に廢止に歸せむとするのであります。

 

 佐々木惣一氏といえば京都帝国大学の憲法学の教授で、東大憲法学派と対比させられる京都学派を作った人です。今日の憲法学の基本となっている東大憲法学とは異なりますが、権威もありますす。これらを踏まえて国民主権について考えてみて下さい。

 

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