日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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主権国家のあるべき姿とは

 よく日本は、「普通の国」ではないため憲法を改正し自衛隊を認めるようにすべきだという意見があります。
本来「普通の国」とは、そこに住む国民が拉致された場合、武力をもってしても取り返すことが出来なければなりません。

 

 物騒な話と言われる方もいるかもしれません。しかし、紛争状態にあるイスラエルとパレスチナにおいても自国民が拉致されたり都市が空爆された場合、必ず報復を行います。本来、それが普通の国つまり主権国家のあるべき姿になります。

 

 しかし、今の日本においては、憲法9条があるから北朝鮮から拉致被害者を取り返すことが出来ないと言われます。そんな国が仮に憲法改正した状態であれば、取り返すことは出来るのでしょうか。憲法の条文を変え、能力があった所でも、拉致被害者を取り返すという意志がなければ解決することは出来ません。

 

 古代ローマの政治家にマルクス・トゥッリウス・キケロという人物がいます。
この人はローマ共和政末期の政治家であり、また弁護士もしておりウェレスの弾劾演説というものがあります。その中で言われていたこととして、「私はローマ市民である(Civis Romanus sum)」という言葉です。

 

 「私はローマ市民である」と声をあげ、助けを求めれば、それは地上の最も遠い場所で野蛮人の中にいる時も、多くの人にしばしば援助と救助を与えてきたのである。(キケロ『ウェレスの弾劾』U・5-7-147)

 

 他の所でも述べていますが、
この言葉は19世紀の大英帝国で首相や外相を務めたパーマストン子爵という人物がいます。パーマストン子爵は、砲艦外交で有名な人物でアヘン戦争やクリミア戦争などを始め数々の戦争に関わっています。1850年にドン・パシフィコ事件というものが起きました。その時に、ギリシャ政府に権利を侵害されたユダヤ人商人であるドン・パシフィコがイギリス外務省に助けを求めたことがきっかけでした。そこでパーマストン子爵は歴史に残る名演説を以下のようにしました。

 

 「古のローマ市民が『私はローマ市民である』と言えば侮辱を受けずにすんだように、イギリス臣民も、彼がたとえどの地にいようとも、イギリスの全世界を見渡す目と強い腕によって不正と災厄から護られていると確信できるべきである。

 

出典:君塚直隆「パクス・ブリタニカのイギリス外交パーマストンと会議外交の時代」(有斐閣、2006年)

 

 一人の人を助けるために他国と戦争するわけにはいかないと批判の声がありましたが、世論の指示を受けました。パーマストン子爵が演説で述べたこと、これこそが主権国家のあるべき姿であり、自国民を救済出来ない状態で、「普通の国」も何もないというわけです。まずは私達の同胞である拉致被害者の方々を救出することが先決ではないのでしょうか。

 

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