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内閣法制局長官OBは何を言っていたか

内閣法制局長官OBは何を言っていたか

 

 内閣法制局長官OBは何を言っていたか
6月4日の一件以降、内閣法制局長官のOBである阪田雅裕元内閣法制局長官や
宮崎礼壱元内閣法制局長官も同様に「従来の政府見解の逸脱」や「法案は9条に違反し速やかに撤回すべきだ」
というようなことを述べています。

 

元法制局2長官、安保法案を批判 衆院特別委
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS22H23_S5A620C1EAF000/

 

 そもそも元内閣法制局長官の言う「従来の政府見解」とは何か、
何をもって逸脱し、何をもって撤回すべきなのか。

 

 まず内閣法制局長官の見解は戦後になって一貫したものだったのかといえば、
同じ元内閣法制局長官小松一郎氏は以下のように述べています。

 

衆 - 国家安全保障に関する特別委員会 - 5号
平成25年11月01日
○小松政府特別補佐人 憲法の解釈を、行政府の解釈でございますけれども、変えたことがあるか、できるのかという御質問かと思うわけでございますが、一般的に、行政府の憲法解釈を変えたと言われている例としてよく挙げられますのは、これは憲法何条でございましたか、文民の解釈でございます。
 当初、自衛官は文民であるという解釈でありましたけれども、昭和何年かはちょっと失念いたしましたけれども、シビリアンコントロールの観点から、現職の自衛官は文民ではない、そういう、政府の解釈が変わった、ある意味では変わったという例があるように記憶してございます。

 

 この答弁は、質問通告なしに答弁を求められていたため、
答えられていない部分については、「憲法第六十六条第二項」や、
解釈を変更した年については、昭和三十六年(1961年)になります。

 

 つまり政府見解と言われる統一的なものを決める内閣法制局について、
戦後一貫したものがあるわけではなく、これまでも変わってきた経緯はあります。
しかも小松一郎元内閣法制局長官の言葉を待つまでもなく、
憲法第九条に関する政府見解は、時の政権によって変わってきたものであり、
今さら「従来の政府見解の逸脱」や「法案は9条に違反し速やかに撤回すべきだ」
と述べるほど、一貫したものではありません。

 

 とくに、安保に関する内容については、その時代の兵力や軍備状況によって、
変わるものであることは、元内閣法制局長官である林修三氏が述べていることです。
これをもってしても、一貫しているものではないことがわかると思います。


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