日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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内閣法制局の憲法解釈は本当に変わらなかったのか〜鳩山内閣時代

内閣法制局の憲法解釈は本当に変わらなかったのか〜鳩山内閣時代

 

 内閣法制局の憲法解釈は本当に変わらなかったのか〜鳩山内閣時代
自衛隊が設立し、サンフランシスコ講和条約が成立したあと、吉田内閣から鳩山内閣に変わります。
鳩山内閣の時の答弁は以下のようになります。

 

衆 - 予算委員会 - 1号
昭和29年12月21日
○林政府委員
 憲法第九条は御承知のように第一項におきまして国際紛争を解決する手段として武力の行使というものをはつきり放棄いたしております。この第一項の解釈につきましては大体において説は一致しておりますが、これにつきましては、日本は固有の自衛権というものを独立国である以上放棄したものではない、従いまして他国から急迫不正の侵害を受けた場合に、その自衛権を行使するという形において武力抗争をすることも第一項は放棄したものではないということも、これも大体通説と考えてよろしいと思います。ただ問題は第二項に参りまして、第二項に前項の目的を達するために陸海空軍その他の戦力は保持しないという規定がございます。この意味につきましてこれはいろいろ説もあるわけでございますが、第一項におきまして、国は自衛権、あるいは自衛のための武力行使ということを当然独立国家として固有のものとして認められておるわけでありますから、第二項はやはりその観点と関連いたしまして解釈すべきものだ、かように考えるわけでございます。それでこれにつきましては、大体においてただいままでの解釈といたしまして、この陸海空軍その他の戦力を保持しないという言葉の意味につきましては、戦力という言葉をごく素朴な意味で戦い得る力と解釈すれば、これは治安維持のための警察力あるいは商船とか、そういうものもみな入ることに相なるわけでありますが、憲法の趣旨から考えて、そういう意味の国内治安のための警察力というものの保持を禁止したものとはとうてい考えられないわけであります。戦力という言葉にはおのずから幅がある、陸海空軍その他の戦力を保持しないという意味においては幅があるというふうに考えられます。従いまして国家が自衛権を持つておる以上、国土が外部から侵害される場合に国の安全を守るためにその国土を保全する、そういうための実力を国家が持つということは当然のことでありまして、憲法がそういう意味の、今の自衛隊のごとき、国土保全を任務とし、しかもそのために必要な限度において持つところの自衛力というものを禁止しておるということは当然これは考えられない、すなわち第二項におきます陸海空軍その他の戦力は保持しないという意味の戦力にはこれは当らない、さように考えます。

 

 国際紛争を解決する手段としての武力行使は放棄しています。
しかし独立国である以上ため、日本の自衛権は放棄したものではない。
そのため国家が自衛権を持っている以上、国土が外部から侵害される場合に国の安全を守るための国土保全を行うための実力を持つことは当然のことになります。
今の自衛隊は、国土保全を任務とし、必要な限度においての自衛力を持つことを禁止してはいない。
これは第二項における陸海空軍その他の戦力に該当しない。

 

衆 - 内閣委員会 - 23号
昭和30年06月16日
○林(修)政府委員 お答えいたします。その点につきましては、先ほど総理大臣からお答えいたしました点の中にも含まれておったと思いますが、実は結局戦力という言葉の使い方の問題になるであろうと思います。いわゆる近代戦争遂行能力という限度をこえるものが戦力であるという解釈が、吉田内閣当時の御解釈であります。従いまして、それ以下のものは戦力ではない、そういう考え方であった。先ほど内閣総理大臣からお答えいたしましたのは、戦力という言葉は、むしろ文字通りもっと素朴に言いまして、いわゆる戦い得る力というような言葉で、もし読めば、一切の――警察力も戦力であり、あるいは今の自衛隊も戦力であるということになるかもしれない。しかし憲法九条一項、二項をあわせて読めば、自国を守るために必要な最低限度の自衛のための実力、そういうものを持つことを禁止するものとは考えられない。この点は大体前の、当時の解釈と同じことと思います。そういう意味でお答え申し上げたのでございまして、その限度の内容につきましてはそう大した差はないのではないか、結局戦力という言葉の使い方の問題である、そういうふうに先ほど総理大臣はお答えしたものとかように考えております。

 

 吉田内閣時代では、「近代戦遂行能力という限度」を越えるものが戦力、
鳩山内閣時代では、「自国を守るために必要な最低限度の自衛のための実力」、
それを越えるものが戦力になりますので、
時代によって技術力も上がりますので、その時によって「必要な最低限度の自衛のための実力」も
変わっって来るという事を述べていることになります。

 

衆 - 内閣委員会 - 16号
昭和31年03月01日
○鳩山国務大臣 昨日参議院予算委員会における戸叶君の質問に対する私の答弁中、侵略という、葉がありましたことは、私の言葉の言い違いでありますが、私は直ちにその席で右の言葉を取り消した次第であります。すなわちわが国に対して急迫不正の侵略が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し誘導弾等による攻撃が行われた場合座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨であるということは、私どもは考えられないと思うのでありまして、そういう場合にはそのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思うのであります。どうしてもほかに方法のない場合に、この誘導弾等の基地をたたくという意味をとっさのことであったので、侵略と言い違えをいたしましたので、趣旨は以上申し述べた通りであることをここに明言いたしておきます。御了承願いたいと思います。

 

 鳩山首相が言われた有名な言葉でもありますが、
「座して死を待つべきではなく」、そのためなら、敵基地を攻撃することも自衛のうちに含まれるという内容になります。


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