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内閣法制局の憲法解釈は本当に変わらなかったのか〜岸内閣時代

内閣法制局の憲法解釈は本当に変わらなかったのか〜岸内閣時代

 

 内閣法制局の憲法解釈は本当に変わらなかったのか〜岸内閣時代
鳩山内閣のあとに石橋内閣になりますが、3ヶ月の任期でしたので、
とくに変わった内容もありませんので、次の岸内閣の時の答弁になります。
岸内閣は多くの方もご存知の安保改定の時代になります。

 

参 - 予算委員会 - 23号
昭和35年03月31日
○国務大臣(岸信介君) 日本の自衛、いわゆる他から侵略された場合にこれを排除する、憲法において持っている自衛権ということ、及びその自衛の裏づけに必要な実力を持つという憲法九条の関係は、これは日本の個別的自衛権について言うていると思います。しかし、集団的自衛権という内容が最も典型的なものは、他国に行ってこれを守るということでございますけれども、それに尽きるものではないとわれわれは考えておるのであります。そういう意味において一切の集団的自衛権を持たない、こう憲法上持たないということは私は言い過ぎだと、かように考えております。しかしながら、その問題になる他国に行って日本が防衛するということは、これは持てない。しかし、他国に基地を貸して、そして自国のそれと協同して自国を守るというようなことは、当然従来集団的自衛権として解釈されている点でございまして、そういうものはもちろん日本として持っている、こう思っております。

 

 岸首相の答弁で、他国に行って守るということについては、
集団的自衛権の対応は出来ませんが、
その下の林修三長官の答弁もありますが、それ以外の基地提供や、
経済的援助そして自国内でおいて協同して時刻を守るという集団的自衛権の行使については、
解釈として行うことが出来るという内容になります。

 

参 - 予算委員会 - 9号
昭和34年03月12日
○国務大臣(岸信介君) 核兵器の問題に関しましては、この憲法上の解釈の問題と、実際上の、政治上の問題と、二つあると思います。私が従来国会においてしばしは言明をいたしました通り、岸内閣におきましては絶対に核武装はしない、また核兵器は持ち込ませないという、この方針は厳としてこれを貫いてきております。将来もそれを貫いていく考えでございます。ただ、憲法上の解釈として核兵器と名がつけばいかなる兵器もこれは憲法違反として、核兵器は用いることができないんだという解釈は、憲法の解釈としては適当でない。もちろん、今日あるところの、原水爆のごときものが憲法上持てないことについては、これは何人も異論を差しはさまないけれども、現在の核兵器は発達の途上にあり、また、今後どういう発達をするかもわからないが、いかなるものであっても核兵器と名がつけば憲法上持てないんだ、憲法違反だということは、憲法の解釈としては私どもはとらない。これも従来から私がお答えをしておる通りであります。具体的にオネスト・ジョンがどうであるかという問題に関しましては、世間の誤解を防ぐために、はっきり申し上げておきますが、現在、日本ではオネスト・ジョンを持ってもおりませんし、これを国内に持ち込ましてもおりません。また、かつてオネスト・ジョンか日本に持ち込まれたことがありますけれども、核弾頭はこれは厳に用いさしておらなかったという事実も、これも間違いないのであります。ただ、今私は、オネスト・ジョンの具体的の性能やその性質等に関しましては、これは専門の方面からお答えしたが適当であると思いますが、以上の通りに考えております。

 

 核兵器についての憲法解釈ですが、核兵器イコール憲法違反という解釈は取らないということで、
攻撃的というよりは防衛的要素があるのであれば、持てないことはないという解釈になります。

 

参 - 予算委員会 - 23号
昭和35年03月31日
○政府委員(林修三君) これはいろいろの内容として考えられるわけでございますが、たとえば現在の安保条約におきまして、米国に対して施設区域を提供いたしております。あるいは米国と他の国、米国が他の国の侵略を受けた場合に、これに対してあるいは経済的な援助を与えるというようなこと、こういうことを集団的自衛権というような言葉で理解すれば、こういうものを私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません

 

○政府委員(林修三君) 先ほどから申し上げております通りに、集団的自衛権という言葉についてはいろいろ幅のある解釈があるわけでありまして、いわゆる、たとえば、日本が、アメリカが攻撃された場合に、それを援助する意味においてあるいは基地を提供する、あるいは経済的援助をする、こういうようなことは、いわゆる武力を行使して米国を守る、米国の本土を守るというようなことを除きまして、それ以外の面において、たとえばアメリカが他国の武力侵略を受けた場合に、これに対して一定の基地等を提供する、あるいは経済的援助をするというようなことは、これを集団的自衛権という言葉で理解すれば、これは集団的自衛権の問題じゃないかと思うわけでございます。それから、いわゆる、日本を守るために日本が日本の独力で守れない、そういう場合に、アメリカ軍の駐在を求めて、日本が共同で守る。これはわれわれは実は個別的自衛権というもので説明できることと思っております。個別的自衛権の範囲と思います。こういうことも集団的自衛権の発動なりというふうに言う方もあるわけでございます。これは両方の面で説明がされておるわけでございます。私どもは個別的自衛権の範囲で説明できる。日本は日本を守ることで、それはアメリカと協同して守る、あるいは日本が単独で守る、これはいずれにしても日本の個別的自衛権の発動と実は考えておるわけでございますが、こういうことをさして集団的自衛権だという人もあるわけでございまして、こういう点において集団的自衛権という言葉の使い方はいろいろそこに、人によって使い方の違いがあるということを申し上げておるわけでございます。

 

 こちらは、林修三長官の答弁になります。
この内容から言えば、日本はアメリカに基地提供を行っていますので、
毎日集団的自衛権を行使しているということになります。
また湾岸戦争時の資金提供についても、
“持っているが行使出来ない”という現在の解釈は、
この時代の解釈でいう所の集団的自衛権の行使になりますので、
すでに内閣法制局が言っている所の
“一貫性がある憲法解釈”についても、
破綻していると言えます。

 

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