日考塾〜憲法とは即ち歴史である

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政府の憲法解釈の強さ

日本国憲法は戦後変わらなかった、憲法が変わらなければそれを解釈する者が相対的に強くなります。そして解釈する者とは内閣法制局になります。

 

伊藤英成議員が、平成15年7月8日提出質問第119号「内閣法制局の権限と自衛権についての解釈に関する質問主意書」提出したもので、内閣法制局の権限や役割についての質問に対して、内閣法制局の見解は以下になります。

 

 行政府としての憲法解釈は最終的に内閣の責任において行うものであるが、内閣法制局は、内閣法制局設置法(昭和二十七年法律第二百五十二号)に基づき、「閣議に附される法律案、政令案及び条約案を審査し、これに意見を附し、及び所要の修正を加えて、内閣に上申すること」、「法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べること」等を所掌事務として内閣に置かれた機関であり、行政府による行政権の行使について、憲法を始めとする法令の解釈の一貫性や論理的整合性を保つとともに、法律による行政を確保する観点から、内閣等に対し意見を述べるなどしてきたものである。

 

 日本国憲法を頂点として、「法令の解釈の一貫性や論理的整合性」を保たせるために、意見を行うわけです。日本国憲法が法理的に正しいかは別にして、その一貫性を守る機関であり、その知識があります。

 

衆-法務委員会-2号
昭和54年12月11日
○味村政府委員 先ほども申し上げましたように、政治は憲法に従ってしなければならない。政治でもって憲法を改める、憲法に反する政治を行うということは許されないことは当然でございます。
 したがいまして、仮に内閣において何らかのことを決するという場合におきましては、私ども内閣法制局といたしましては、法律上の意見を内閣に申し上げるという立場から、違憲なことが行われることが絶対にないように、細心の注意を払って御意見を申し上げておる次第でございまして、決して内閣は憲法に違反いたしました行為をしていいということではないわけでございます。たとえ最高裁判所が統治行為論をおとりになりまして、統治に関する基本的な行為については裁判権は及ばない、こういうふうにおっしゃったからといって、内閣といたしまして、では違憲なことをやってもいいのだというようなことで、そんなことを考えて内閣の決定を行っている、内閣の行為をしているということは決してございません。
 最高裁判所のお立場としては、先ほどの大法廷の判決にもございましたように、三権分立の原則に由来するということで、やはり国民の直接の選挙を受けていらっしゃらない裁判所としては、ある程度の自制をもって行うということでございましょうし、それがアメリカあたりの考え、ポリティカル・クェスチョンの考え方とも一致するわけでございまして、それは三権分立の原則を規定したこの憲法に忠実な考えであると最高裁判所が御判断になって、そのような統治行為の理論を御採用になったものだというふうに理解しております。

 

 行政府の解釈を変更することはあり得ないと吉國元長官は述べています。

 

衆 - 予算委員会 - 9号
昭和50年02月07日
○吉國政府委員 法律の解釈は、客観的に一義的に正しく確定せらるべきものでありまして、行政府がこれをみだりに変更することなどはあり得ないものでございます。

 

 それに対して、小松元長官は、行政府の憲法解釈を変えた例もあることを述べています。

 

衆 - 国家安全保障に関する特別委員会 - 5号
平成25年11月01日
○小松政府特別補佐人 憲法の解釈を、行政府の解釈でございますけれども、変えたことがあるか、できるのかという御質問かと思うわけでございますが、一般的に、行政府の憲法解釈を変えたと言われている例としてよく挙げられますのは、これは憲法何条でございましたか、文民の解釈でございます。
 当初、自衛官は文民であるという解釈でありましたけれども、昭和何年かはちょっと失念いたしましたけれども、シビリアンコントロールの観点から、現職の自衛官は文民ではない、そういう、政府の解釈が変わった、ある意味では変わったという例があるように記憶してございます。


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