憲法的法規

 

天照大神の命令を神勅という、どのような内容なのかを紹介

古事記や日本書紀には、天照大神の神勅が出てきます。神話はその国の国柄が表現されているものであり、神勅にもその国柄を表現するものが含まれています。ここでは、神勅についてご紹介します。

 

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神武天皇が出した建国の詔には何が書かれているのか

初代天皇である神武天皇は、神武天皇元年に奈良県の橿原宮にて即位をしました。そこで日本が建国され、その際に建国の詔が出されます。ここでは、神武天皇が出した建国の詔をご紹介します。

 

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古代に制定された十七条憲法、これは現在と同じ憲法なのかそれとも違うのか

推古天皇12(604)年に聖徳太子が作成した十七条憲法という法文書があります。これは、現在の憲法と同じ憲法なのか、それとも違うのか。ここでは、十七条憲法についてご紹介します。

 

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改新の詔

改新の詔です。

 

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養老律令

養老律令です。

 

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朝廷の最高法である律令と運用のための格式の制定、どのように制定されどのような内容なのか

大化の改新という政治改革を経て、唐の法制度が継受されます。これを律令といい、朝廷の最高法となり、運用規定である格式も定められます。ここでは、律令と格式についてご紹介します。

 

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幕府によって制定された武家法、どのように制定されどのような内容なのか

鎌倉時代を経て武家法が成立することになります。この時期の法体系として三系統ありました。ここでは、三系統ある法体系のうち、武家法についてご紹介します。

 

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御成敗式目(貞永式目)

御成敗式目(貞永式目)です。

 

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建武式目

建武式目です。

 

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禁中並公家諸法度

禁中並公家諸法度です。

 

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武家諸法度

武家諸法度です。

 

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公武法制応勅十八箇条

公武法制応勅十八箇条です。

 

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大政奉還上表文

大政奉還上表文です。

 

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憲法的法規記事一覧

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改新の詔

一 罷昔在天皇等所立子代之民処々屯倉及臣連伴造国造村首所有部曲之民処々田荘。 其の一に曰く、昔在(むかし)の天皇等の立て給へる子代(こしろ)の民・処々の屯倉(みやけ)及び別に臣連、伴造、国造、村首(むらのおびと)の有(たも)てる部曲(かきべ)の民、処々の田庄(たところ)を罷めよ。仍(よ)りて食封(じきふ)を大夫以上に賜ふこと、各差有り、降りては布帛(ぬのきぬ)を以て官人(つかさびと)、百姓(おおみ...

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御成敗式目(貞永式目)

一 神社を修理し、祭祀を専らすべき事 右、神は人の敬いによって威を増し、人は神の徳によって運を添う。然ればすなわち恒例の祭祀陵夷(りょうい)を致さず、如在の礼典怠慢せしむることなかれ。これによって関東の御分の国々並びに荘園においては、地頭神主ら各々その趣を存じ、精誠(せいぜい)を致すべきなり。兼てまた有封(うふ)の社に至っては、代々の符に任せて、小破のときは且修理を加え、もし大破に及ばば子細を言上...

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建武式目

鎌倉元のごとく柳営たるべきか、他所たるべきや否やの事 右、漢家本朝、上古の儀遷移これ多く、羅縷(らる)に遑(いとま)あらず。希世に迄(いた)り、煩擾(はんじょう)あるによって、移徙(いし)容易ならざるか。なかんづく鎌倉郡は、文治に右幕下はじめて武館を構え、承久に義時朝臣天下を併呑す。武家においては、もっとも吉土というべきか。ここに禄多く権重く、驕を極め欲をほしいままにし、悪を積みて改めず。果たして...

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禁中並公家諸法度

一 天子諸芸能の事、第一に御学問なり。学ばずんば則ち古道に明らかならず。而して能く政太平を致す者未だ之有らざるなりとは、貞観政要(じょうがんせいよう)の明文なり。寛平の遺誡(かんぴょうのゆいかい)には経史を窮(きわ)めずといえども、群書治要(ぐんしょちよう)を誦習すべしと云々。和歌は光孝天皇より未だ絶えず、綺語(きご)たりといえども、我が国の習俗なり。棄て置くべからずと云々、「禁秘抄」(きんぴしょ...

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武家諸法度

一 文武弓馬の道、専ら相嗜むべき事一 大名小名在江戸交替相定むる所なり。毎歳夏四月中、参勤致すべし。従者の員数近来甚だ多し、且国郡の費、且人民の労なり。向後その相応を以れこれを減少すべし。但し上洛の節者は、教令に任せ、公役者は分限に随うべき事一 新規の城郭構営は堅くこれを禁止す。居城の隍塁石壁以下敗壊の時は、奉行所に達し、其の旨を受くべきなり。櫓塀門等の分は、先規のごとく修補すべき事一 江戸ならび...

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公武法制応勅十八箇条

 倭朝、天神地神十二代、天照大神宮国政明白、而神代より伝玉ふ処三種神器、天子四海万民撫育之為め也、神国の例とする処は天魂なり、皇帝は地魂也、天塊地魂は日月也、日月行道之心は、天子叡心を守玉ふ根本なり、故に宮中は九天之意にして、九重の内裏、十二門方十殿は天にならひ、皇居し玉ふか故に、皇帝は十善万乗也、然れは仁孝聡明、至剛研学、如顕可為標準事を日毎に天拝し玉ふへき也、学問手習御勤行不可有御懈怠、万民無...

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大政奉還上表文

慶応三年十月十四日コ川慶喜奏聞臣慶喜、謹みて皇国時運の沿革を考へ候に、昔、王綱紐を解き、相家権を執リ保平(保元・平時)の乱、政権武門に移てより祖宗に至り更に寵眷(ちょうけん)を蒙り、二百余年子孫相承、臣其職を奉すと雖も、政刑(せいけい)当を失ふこと少なからず、今日の形勢に至候も、畢竟、薄徳(はくとく)の致す所、慚懼(ざんく)に堪へず候、況(いわん)や当今、外国の交際日に盛により、愈(いよいよ)朝権...

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