古代に制定された十七条憲法、これは現在と同じ憲法なのかそれとも違うのか

 

聖徳太子

はじめに

 

推古天皇12(604)年に聖徳太子が作成した十七条憲法という法文書があります。
これは、現在の憲法と同じ憲法なのか、それとも違うのか。

 

ここでは、十七条憲法についてご紹介します。

 

 


 

十七条憲法とは

 

成立背景

十七条憲法とは、推古天皇12(604)年に聖徳太子が作成し、推古天皇が承認した十七条からなる法文書です。

 

十七条憲法にある憲法の意味

十七条憲法には、「憲法」という名がついていますが、現在のような近代憲法ではありません
しかし、国家の根本規範という部分でいえば、当てはまるといえます。

 

では「憲法」という名にどのような意味があるのかといえば、「憲」はノリといい、ノリは「宣」ともいいます。
これは天皇が公に発する意思表明を意味し、それを「命(みこと)を宣(の)る」、文書化によって「詔(みことのり)」となります。

 

つまり「詔」は民の従うべき掟という意味で、それが「法」です。

 

十七条憲法は5種類あるという説

偽書として扱われている『先代旧事本紀大成経』というものがあります。

 

これによると、一般的な十七条憲法は、官吏に向けて作られた「通蒙憲法」というものに当たります。

 

その他に、政治家向けの「政家憲法」、神主向けの「神職憲法」、僧侶向けの「釈氏憲法」、儒学者向けの「儒士憲法」があります。
それぞれに対して十七条の条文があり、全部で八十五条になります。

 

これは、演歌歌手だった三波春夫さんが研究しており、その著書が『聖徳太子憲法は生きている』(小学館文庫、一九九八)です。

 

各条文について

 

条文の抜粋

各条文を抜粋すると次のようになります。

 

第一条 和を以て貴しと為す。
第二条 篤く三宝(仏法僧)を敬いなさい。
第三条 詔を承けては必ず謹みなさい。
第四条 群卿百寮(ぐんけいひゃくりょう)とは、政府高官や官吏のことを指し、礼を基本としなさい。
第五条 むさぼることなく欲を棄てなさい。
第六条 悪を懲らしめて善を勧めなさい。
第七条 人には各々任が有ります。
第八条 群卿百寮は、早く朝(まい)りて晏(おそ)く退きなさい。
第九条 信は、義の基本です。すべてに信があるようにしなさい。
第十条 心の怒りを絶ち、表の怒りを棄てなさい。人との違いを怒ることのないようにしなさい。
第十一条 功過(こうか)を明らかに察して、賞罰を必ず当てるようにしなさい。
第十二条 国司(こくし)国造(こくぞう)、百姓(ひゃくせい)に斂(おさ)めとることのないようにしなさい。
第十三条 諸々の官に任ずる者は、同じく職掌を知りなさい。
第十四条 官吏達は、嫉妬することのないようにしなさい。
第十五条 私に背き、公に向う、これが臣の道です。
第十六条 民を使うに時を以てするは、古の良き典(のり)です。
第十七条 事は独断に行うことをしてはなりません。必ず多くの人とともに話し合いをしなさい。

 

和の精神

条文の意味

十七条憲法第1条と第17条は、「和の精神」を表しています。

 

第1条は、上の者も下の者も親睦の気持ちを持って論議することで、道理が叶い成就する
それが和を以て貴しとなすということであり、それが和の精神です。

 

口語訳
 第一条 一に曰わく、和を以って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗とせよ。人みな党あり、また達(さと)れるもの少なし。ここをもって、あるいは君父(くんぷ)に順(したが)わず、また隣里(りんり)に違(たが)う。しかれども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

 

現代語訳
 第一条 一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就するものだ。

 

第17条は、物事は1人で判断してはいけないこと、必ず多くの人達と論議することとあります。
とくに重大な事柄については、判断に誤りがある事を疑うこと、多くの人達と検討すれば道理に適う結論が得られるようになります。

 

口語訳
 第十七条 十七に曰わく、それ事は独り断(さだ)むべからず。必ず衆とともによろしく論(あげつら)うべし。少事はこれ軽(かろ)し。必ずしも衆とすべからず。ただ大事を論うに逮(およ)びては、もしは失(あやまち)あらんことを疑う。故に、衆とともに相弁(あいわきま)うるときは、辞(ことば)すなわち理を得ん。

 

現代語訳
 第十七条 十七にいう。ものごとはひとりで判断してはいけない。かならずみんなで論議して判断しなさい。ささいなことは、かならずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ重大な事柄を論議するときは、判断をあやまることもあるかもしれない。そのときみんなで検討すれば、道理にかなう結論がえられよう。

 

「和の精神」とは、多くの人達と議論することを推奨しています。
この十七条憲法が出来る以前から、各氏族を代表する氏の上が集まった大夫(まえつぎみ)による合議政治によって、皇位継承を始めとして重大な事項を決定してきました。
これは、後の太政官制の前身でもあります。

 

この条文が示す原則としては、天皇といえども国家の大事を独断してはならない、国家の大事な時にはよく話し合って決めることです。
つまり、近代の民主政治とまではいきませんが、民主政治の概念は、少なくともこの時代から存在していたことになります。

 

倭国と和国の違い

古代の日本は、中華の歴史書を見ると「倭国」と表現されています。

 

中華の華夷秩序であれば、中華皇帝を中心に、
東は、東夷(とうい)、西は、西戎(せいじゅう)、南は、南蛮(なんばん)、北は、北狄(ほくてき)としています。

 

つまり周辺はすべて野蛮人という意味です。

 

そのことから「倭」という表現は蔑称という説があります。

 

そのため国内としては、「倭国」ではなく、「和国」に変えました。
古事記や日本書紀に「言趣(ことむけ)け和(やわ)す」という言葉が出てきます。

 

これは、和の精神を表す言葉で、「言葉で説いて人の心を和らげる」ことです。

 

実際には、神武東征などにも出てくる「まつろわぬもの」達に対して、武力をもって服従させ、帰順させています。
しかし、それは搾取するという意味とは異なっているのが特徴です。

 

国に二君なし

条文の意味

十七条憲法第12条は、「国に二君なし」と定められています。

 

国内的には、十七条憲法が制定されたときが、蘇我氏の専横が行われています。
つまり、原点に立ち返ることをこの条文に盛り込んだといえます。

 

日本の統治者は、天皇です。
それを蘇我氏がさも君主であるかのように振る舞います。

 

口語訳
 第十二条 十二に曰わく、国司(こくし)国造(こくぞう)、百姓(ひゃくせい)に斂(おさ)めとることなかれ。国に二君なく、民に両主なし。率土(そつど)の兆民(ちょうみん)は、王をもって主となす。任ずる所の官司(かんじ)はみなこれ王の臣なり。何ぞ公とともに百姓に賦斂(ふれん)せんや。

 

現代語訳
 第十二条 十二にいう。国司・国造は勝手に人民から税をとってはならない。国に二人の君主はなく、人民にとって二人の主人などいない。国内のすべての人民にとって、王(天皇)だけが主人である。役所の官吏は任命されて政務にあたっているのであって、みな王の臣下である。どうして公的な徴税といっしょに、人民から私的な徴税をしてよいものか。

 

この条文が示すのは、天皇のための官吏であり、官吏が私的に徴税するのは別の主人がいて行っていることと同じ意味です。

 

イギリスには、「陛下の文官」という言葉があり、すべては王や女王の奉仕者ということです。

 

主権としての意味

「国に二君なし」の条文を深めていくと、近代でいうところの主権を表しているといえます。

 

主権はそれぞれの意味があります。

 

国家において、他国などから強制を受けないこと。(対外としての国家主権)
国内において、すべての所属者に強制する力。(対内としての国家主権)
国家の統治権が及ぶ範囲。(統治権)
国政の最終決定する力。(国民主権あるいは君主主権)

 

蘇我氏の専横から改めて原点に立ち返ることによって「対内としての国家主権」を持つことになります。

 

この条文は対内だけではなく対外的にも同様です。
それを表すのが、以下の国書です。

 

つまり推古15(607)年に第2回遣隋使において小野妹子が、国書を持って派遣されます。
その隋の皇帝煬帝に宛てた国書が次の内容です。

 

 日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無しや

 

この国書を受け取った煬帝は、読み出した途端に怒りました。
それは、中華の華夷秩序にとって天子は、中華皇帝1人しかいません。
つまり隋の皇帝煬帝です。

 

それにもかかわらず東夷の蛮族であるはずの倭国が「天子」と名乗るのはふざけていると捉えられてしまいました。

 

この国書をもって、和国と隋が対等であることを宣言したようなものです。
つまり「国に二君なし」を国内だけではなく国外で体現したことになります。

 

これは近代でいうところの「対外としての国家主権」も表しているといえます。

 

この十七条憲法第12条は、見方によって近代の主権国家を現したものにもなりました。

 

十七条憲法の全文

 

十七条憲法の条文

口語訳
第一条 一に曰わく、和を以て貴(たっと)しと為し、忤(さから)うこと無きを宗とす。人皆党有りて、亦達者少し。是を以て或は君父(くんぷ)に順(したが)わず、乍(また)隣里(りんり)に違(たが)う。しかれども上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)えば、即ち事理自ずから通ず、何事か成らざらむ。

 

現代語訳
第一条 一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいを起こさぬことを根本とする。人は集団を作りたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親の言うことに従わなかったり、近隣の人達とも上手くいかない。しかし上の者も下の者も協調や親睦の気持ちをもって論議するなら、自ずから物事の道理に叶い、どんなことも成就するものである。

 

口語訳
第二条 二に曰わく、篤く三宝(さんぽう)を敬え。三宝とは仏と法と僧となり、則ち四生(ししょう)の終帰、万国の極宗(きょくそう)なり。何(いず)れの世、何れの人かこの法を貴ばざる。人尤(はなは)だ悪しきもの鮮(すく)なし、能く教うれば従う。それ三宝に帰せずんば、何をもってか枉(まが)れるを直(だ)さむ。

 

現代語訳
第二条 二にいう。あつく三宝(仏教)を信奉しなさい。三つの宝とは仏・法理・僧侶のことである。それは生命ある者の最後のよりどころであり、すべての国の究極の規範である。どんな世の中でも、いかなる人でも、この法理を貴ばないことがあろうか。人で甚だしく悪い者は少ない。よく教えるならば正道に従うものだ。ただ、それには仏の教えに依拠しなければ、何によって曲がった心を正せるだろうか。

 

口語訳
第三条 三に曰わく、詔を承けては必ず謹(つつし)め。君をば則ち天とし、臣をば則ち地とす。天覆い地載す。四時(しじ)順(よ)り行き、万気(ばんき)通うを得(え)。地、天を覆(くつがえ)さんと欲するときは、則ち壊(やぶ)るるを致さむのみ。是をもって君言(のたま)うときは臣承る。上行なえば下靡く。故に、詔を承けては必ず慎め。謹まずんば自ずから敗れむ。

 

現代語訳
第三条 三にいう。天皇の命令を承けたならば、必ず謹んでそれに従いなさい。君主はいわば天であり、臣下は地にあたる。天が地を覆い、地が天を載せている。かくして四季がただしくめぐりゆき、万物の気が通う。それが逆に地が天を覆うとすれば、こうした調った秩序は破壊されてしまう。そういうわけで、君主が言うことに臣下は承りなさい。上の者が行うところ、下の者はそれに靡くものだ。故に天皇の命令を承けたならば、必ず謹んでそれに従いなさい。謹んで従わなければ、やがて自滅しておくことになる。

 

口語訳
第四条 四に曰わく、群卿百寮(ぐんけいひゃくりょう)、礼をもって本(もと)と為(せ)よ。其れ民を治むるの本は、要は礼に在り。上礼無きときは下(しも)齊(ととのほ)らず、下礼無きときは以て必ず罪有り。是をを以て群臣礼有るときは、位次(いじ)乱れず、百姓(ひゃくせい)礼有るときは、国家(あめのした)自(おのずか)ら治まる。

 

現代語訳
第四条 四にいう。政府高官や一般官吏たちは、礼の精神を根本にもちなさい。人民をおさめる基本は、かならず礼にある。上が礼法にかなっていないときは下の秩序はみだれ、下の者が礼法にかなわなければ、かならず罪をおかす者が出てくる。それだから、群臣たちに礼法がたもたれているときは社会の秩序もみだれず、庶民たちに礼があれば国全体として自然におさまるものだ。

 

口語訳
第五条 五に曰わく、餮(あじわいのむさぼり)を絶ち欲(たからのほしみ)を棄て、明に訴訟(うったえ)を辨(わきま)へよ。其れ百姓の訟(うったえ)は一日に千事あり。一日すら尚爾(しか)り。況(いわ)んや歳を累(かさ)ぬるをや。須らく訟を治むべき者、利を得て常と為し、賄(まいない)を見て「ことわり」を聴(ゆる)さば、便(すなわち)財(たから)有るものの訟は、石をもて水に投ぐるが如し。乏しき者の訟は、水をもて石に投ぐるに似たり。是を以て貧しき民、則ち所由(よるところ)を知らず。臣道亦焉(ここ)に於て闕(か)けむ。

 

現代語訳
第五条 五にいう。官吏たちは饗応や財物への欲望をすて、訴訟を厳正に審査しなさい。庶民の訴えは、一日に千件もある。一日でもそうなら、年を重ねたらどうなろうか。このごろの訴訟にたずさわる者たちは、賄賂をえることが常識となり、賄賂をみてからその申し立てを聞いている。すなわち裕福な者の訴えは石を水中になげこむようにたやすくうけいれられるのに、貧乏な者の訴えは水を石になげこむようなもので容易に聞きいれてもらえない。このため貧乏な者たちはどうしたらよいかわからずにいる。そうしたことは官吏としての道にそむくことである。

 

口語訳
第六条 六に曰わく、悪を懲(こら)し善を勧むるは、古の良き典(のり)なり。是を以て人の善を匿(かく)すこと無く、悪を見ては必ず匡(ただ)せ。若し諂(へつら)い詐(いつは)る者は、則ち国家を覆(くつがえ)す利器たり、人民を絶つ鋒剣(ほうけん)たり。亦佞(かたましく)媚(こぶる)者は上に対しては則ち好みて下の過(あやまち)を説き、下に逢いては則ち上の失(あやまち)を誹謗(そし)る。其れ如此(これら)の人は、皆君に忠无(いさをしきことな)く民に仁(めぐみ)無し。是れ大きなる乱の本なり。

 

現代語訳
第六条 六にいう。悪をこらしめて善をすすめるのは、古くからのよいしきたりである。そこで人の善行はかくすことなく、悪行をみたらかならずただしなさい。へつらいあざむく者は、国家をくつがえす効果ある武器であり、人民をほろぼすするどい剣である。またこびへつらう者は、上にはこのんで下の者の過失をいいつけ、下にむかうと上の者の過失を誹謗するものだ。これらの人たちは君主に忠義心がなく、人民に対する仁徳ももっていない。これは国家の大きな乱れのもととなる。

 

口語訳
第七条 七に曰わく、人各任(よさし)掌(つかさど)ること有り。宜(よろ)しく濫(みだ)れざるべし。其れ賢哲(けんてつ)官に任すときは、頌音則ち起り、奸者官を有(たも)つときは、禍乱(からん)則ち繁(しげ)し。世に生れながら知ること少けれども、剋(よ)く念(おも)ひて聖(ひじり)を作(な)せ。事大少と無く、人を得て必ず治む。時急緩と無く、賢に遇(あ)ひて自ら寛(ゆたか)なり。此に因(よ)て、国家永久、社稷(しゃしょく)危(あや)きこと無し。故れ古の聖王、官の為に以て人を求む、人の為に官を求めたまはず。

 

現代語訳
第七条 七にいう。人にはそれぞれの任務がある。それにあたっては職務内容を忠実に履行し、権限を乱用してはならない。賢明な人物が任にあるときはほめる声がおこる。よこしまな者がその任につけば、災いや戦乱が充満する。世の中には、生まれながらにすべてを知りつくしている人はまれで、よくよく心がけて聖人になっていくものだ。事柄の大小にかかわらず、適任の人を得られればかならずおさまる。時代の動きの緩急に関係なく、賢者が出れば豊かにのびやかな世の中になる。これによって国家は長く命脈をたもち、あやうくならない。だから、いにしえの聖王は官職に適した人をもとめるが、人のために官職をもうけたりはしなかった。

 

口語訳
第八条 八に曰わく、群卿百寮、早く朝(まい)り晏(おそ)く退でよ。公事監靡(いとまな)く、終日にも尽し難し。是を以て遅く朝れば急に逮(およ)ばず。早く退けば必ず事尽さず。

 

現代語訳
第八条 八にいう。官吏たちは、早くから出仕し、夕方おそくなってから退出しなさい。公務はうかうかできないものだ。一日じゅうかけてもすべて終えてしまうことがむずかしい。したがって、おそく出仕したのでは緊急の用に間にあわないし、はやく退出したのではかならず仕事をしのこしてしまう。

 

口語訳
第九条 九に曰わく、信は是れ義の本(もと)なり。事毎(ことごと)に信(まこと)有れ。其れ善きも悪しきも成るも敗るるも要ずは信に在り。群臣共に信あるときは何事か成らざらん、群臣信無ければ万事ことごとくに敗る。

 

現代語訳
第九条 九にいう。真心は人の道の根本である。何事にも真心がなければいけない。事の善し悪しや成否は、すべて真心のあるなしにかかっている。官吏たちに真心があるならば、何事も達成できるだろう。群臣に真心がないなら、どんなこともみな失敗するだろう。

 

口語訳
第十条 十に曰わく、忿(こころのいかり)を絶ち瞋(おもてのいかり)を棄て、人の違(たが)うを怒らざれ。人皆心有り、心各(おのおの)執有り。彼是むずれば則ち我は非みず。我是むずれば則ち彼は非みす。我必ずしも聖に非ず。彼必ずしも愚に非ず。共に是れ凡夫のみ。是(よし)みし非(あし)みするのの理なんぞ能く定む可き。相共に賢く愚かなること鐶(みみがね)の端無きが如し。是を以て彼の人は瞋(いか)ると雖(いえど)も、還って我が失(あやまち)を恐る。。我独り得たりと雖も、衆(もろもろ)に従いて同じく挙(おこな)え。

 

現代語訳
第十条 十にいう。心の中の憤りをなくし、憤りを表情にださぬようにし、ほかの人が自分とことなったことをしても怒ってはならない。人それぞれに考えがあり、それぞれに自分がこれだと思うことがある。相手がこれこそといっても自分はよくないと思うし、自分がこれこそと思っても相手はよくないとする。自分はかならず聖人で、相手がかならず愚かだというわけではない。皆ともに凡人なのだ。そもそもこれがよいとかよくないとか、だれがさだめうるのだろう。おたがいだれも賢くもあり愚かでもある。それは耳輪には端がないようなものだ。こういうわけで、相手がいきどおっていたら、むしろ自分に間違いがあるのではないかとおそれなさい。自分ではこれだと思っても、みんなの意見にしたがって行動しなさい。

 

口語訳
第十一条 十一に曰わく、功(いさおし)と過(あやまち)を明察(あきらか)にして賞(たまもの)は功に在(おき)きてせず、罰(つみなへ)は罪に在きてせず。事を執れる群卿宜しく賞・罰を明にすべし。

 

現代語訳
第十一条 十一にいう。官吏たちの功績・過失をよくみて、それにみあう賞罰をかならずおこないなさい。近頃の褒賞はかならずしも功績によらず、懲罰は罪によらない。指導的な立場で政務にあたっている官吏たちは、賞罰を適正かつ明確におこなうべきである。

 

口語訳
第十二条 十二に曰わく、国司(こくし)国造(こくぞう)、百姓(ひゃくせい)に斂(おさ)めとること勿れ。国に二の君非し、民に両の主無し。率土(くにのうち)の兆民(ちょうみん)は王を以て主となす。任(よさ)せる官司は皆是れ王の臣なり。何ぞ敢て公為に百姓に賦(おさ)め斂(と)らん。

 

現代語訳
第十二条 十二にいう。国司・国造は勝手に人民から税をとってはならない。国に二人の君主はなく、人民にとって二人の主人などいない。国内のすべての人民にとって、王(天皇)だけが主人である。役所の官吏は任命されて政務にあたっているのであって、みな王の臣下である。どうして公的な徴税といっしょに、人民から私的な徴税をしてよいものか。

 

口語訳
第十三条 十三に曰わく、諸(もろもろ)の官任せる者同じく職掌を知れ。或は病し、或は使して、事に闕(か)くる有らん。然れども、知ることを得(う)るの日には和(やはら)ぐこと、會(いむさき)より識(し)れるが如くせよ。其れ預り聞くこと非しというを以て公務を勿妨(なさまた)げそ。

 

現代語訳
第十三条 十三にいう。いろいろな官職に任じられた者たちは、前任者と同じように職掌を熟知するようにしなさい。病気や出張などで職務にいない場合もあろう。しかし政務をとれるときにはなじんで、前々より熟知していたかのようにしなさい。前のことなどは自分は知らないといって、公務を停滞させてはならない。

 

口語訳
第十四条 十四に曰わく、群臣百寮、嫉み妬(そね)むこと有ること無かれ。我既に人を嫉めば人また我を嫉む。嫉、妬の患其の極を知らず、所以(ゆえ)に、智己に勝れば則ち悦ばず、才己に優れば則ち嫉妬む。是を以て五百歳(いおとせ)にして後乃今(いま)し、賢に遇(あ)うとも、千載(ちとせ)にして以て一の聖を待つこと難し。其れ聖、賢を得ざれば、何を以てか国を治めん。

 

現代語訳
第十四条 十四にいう。官吏たちは、嫉妬の気持ちをもってはならない。自分がまず相手を嫉妬すれば、相手もまた自分を嫉妬する。嫉妬の憂いははてしない。それゆえに、自分より英知がすぐれている人がいるとよろこばず、才能がまさっていると思えば嫉妬する。それでは五百年経っても賢者にあうことはできず、千年の間に一人の聖人の出現を期待することすら困難である。聖人・賢者といわれるすぐれた人材がなくては国をおさめることはできない。

 

口語訳
第十五条 十五に曰わく、私に背きて公に向うは是れ臣の道なり。凡そ人に私有れば必ず恨あり、憾(うらみ)有れば必ず同(ととの)はず。同はざれば則ち私を以て公を妨ぐ、憾起これば則ち制(ことわり)に違(たが)い法を害(やぶ)る。故に初めの章に云へらく、上、下和ぎ諧(かな)へと、其れまた是の情(こころ)なる斯。

 

現代語訳
第十五条 十五にいう。私心をすてて公務にむかうのは、臣たるものの道である。およそ人に私心があるとき、恨みの心がおきる。恨みがあれば、かならず不和が生じる。不和になれば私心で公務をとることとなり、結果としては公務の妨げをなす。恨みの心がおこってくれば、制度や法律をやぶる人も出てくる。第一条で「上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議しなさい」といっているのは、こういう心情からである。

 

口語訳
第十六条 十六に曰わく、民を使うに時を以てするは古の良き典なり。故、冬の月には間(いとま)有り、以て民を使うべし。春より秋に至りては、農(たつくり)、桑(こがい)の節(とき)なり。民を使う可(べ)からず。それ農らずば何をか食(くら)はん。桑せずば何をか服(き)ん。

 

現代語訳
第十六条 十六にいう。人民を使役するにはその時期をよく考えてする、とは昔の人のよい教えである。だから冬(旧暦の十月〜十二月)に暇があるときに、人民を動員すればよい。春から秋までは、農耕・養蚕などに力をつくすべきときである。人民を使役してはいけない。人民が農耕をしなければ何を食べていけばよいのか。養蚕がなされなければ、何を着たらよいというのか。

 

口語訳
第十七条 十七に曰わく、夫(それ)事は独り断(さだ)む可(べ)からず。必ず衆と與(とも)に宜しく論(あげつら)うべし。少けき事は是れ軽(かろ)し。必ずしも衆とす可からず。唯(ただ)大なる事を論(あげつら)はんに逮(およ)びては、若しは失(あやまち)有らんことを疑う。故に、衆とともに相弁(あいわきま)うるときは、辞(こと)則ち理を得ん。

 

現代語訳
第十七条 十七にいう。ものごとはひとりで判断してはいけない。かならずみんなで論議して判断しなさい。ささいなことは、かならずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ重大な事柄を論議するときは、判断をあやまることもあるかもしれない。そのときみんなで検討すれば、道理にかなう結論がえられよう。

 

この記事で学べること

 

いかがだったでしょうか。

 

十七条憲法の全体と一部の内容についてご紹介しました。

 

十七条憲法の内容を細かく見ていくことで、日本の国柄が表れており、見方によっては近代的な内容もそこには含まれています。

 

この記事のおすすめ本

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