政権を揺るがす政局となった黒川検事長の定年延長問題、その問題点はどこか

 

検察庁

稲田検事総長の次の検事総長の候補として黒川東京高検検事長、そして林名古屋高検検事長の2人がいます。

 

そこへ、黒川検事長の任期を半年間延長する閣議決定を行い、安倍政権が検察人事の介入をしました。

 

ここでは、黒川検事長の定年延長問題、その問題点についてご紹介します。

 

 

 

検察人事とは

検察人事を見るポイント

法務省の外局に位置する検察庁ですが、他省と異なり、官僚のトップの位置は法務事務次官ではなく検事総長です。

 

大体の省庁であれば、省と外局である庁の力関係でいえば、省が上です。
しかし法務検察については例外で、法務事務次官は、他省でいうところのナンバー3に位置する官房長ぐらいの地位となります。

 

そのため、法務検察のトップまでの道のりとしては、

 

法務事務次官 → 名古屋・大阪・札幌等の高等検察庁検事または次長検事総長 → 東京高等検察庁検事長 → 検事総長

 

です。

 

入省年次ではなく司法研修所の期数が大切

通常の省庁の人事では、入省年次に重きを置いています。

 

つまり○年入省の同期をライバルとして出世レースに臨み、最終ゴールが事務次官というポストです。
もちろん単純な話ではありません。

 

しかし、年次が逆転、例えば昭和57年入省よりも先に昭和58年入省が事務次官になって、あとに昭和57年入省が事務次官をやるというのはほとんどありません。

 

最近の例であれば、警視総監人事で、

 

吉田尚正(よしだなおまさ)氏が第94代警視総監で昭和58年警察庁入庁で、
次の三浦正充(みうらまさみつ)氏が第95代警視総監で昭和57年警察庁入庁です。

 

つまり、年次が逆転しています。
このように例外もあるため、人事は単純ではありません。

 

法務検察人事については、司法研修所の期数が出世レースのカギとなります。

 

多くの人は、司法試験を数回の受験で合格することになりますが、出世は他省庁と同じく年功序列です。
そのため司法研修所の期数がポイントですが、入省年次と年齢も概ね比例します。

 

出世において誕生日が重要になる

司法研修所の期数が出世レースのカギですが、法務検察の上りポストである検事総長には誕生日が重要となります。

 

それは、検察庁法で定年が65歳、その他の検事が63歳と規定されているためです。

 

そのため誕生日によって人事操作することが出来てしまいます。

 

検事総長が次の検事総長に気に入らいな人物がいた場合に検事総長の地位に居座って定年に追い込むというやり方です。
つまり、誕生日が人事の争点になるということです。

 

 

黒川検事長の定年延長はどうして起きたのか

2人の検事長

今回の定年延長問題の渦中にいる人物としては2名です。

 

1人は林真琴(はやしまこと)氏、もう1人が黒川弘務(くろかわひろむ)氏です。

 

どちらも昭和32(1957)年生まれ、司法研修所35期生で、検事任官も同期です。

 

安倍政権としては、林氏ではなく黒川氏を重宝してきました。
それは今回に限らず、過去に官邸が3度人事介入し林氏を阻止したといわれます。

 

そのポストは法務事務次官への昇進です。
1回目は、平成28(2016)年8月の人事で、林氏が昇進する予定だったところを黒川氏に代わりました。

 

そして林氏は、法務省刑事局長に就任しました。

 

2回目は、平成29(2017)年8月の人事で、黒川氏から林氏に交代することになると思われましたが、黒川氏が留任します。

 

3回目は、平成30(2018)年1月の人事で、林氏が法務省刑事局長から名古屋高等検察庁検事長に異動することになりました。

 

そして黒川氏は、出世レースを1つ飛ばして法務事務次官から東京高等検察庁検事長に昇進しました。

 

定年延長の閣議

法務検察人事において、誕生日が重要になることはお伝えしました。

 

検事総長は、稲田伸夫氏で生年月日は昭和31(1956)年8月14日生まれです。

 

黒川氏は、昭和57(1957)年2月8日生まれ、林氏は、昭和57(1957)年7月30日生まれです。

 

稲田検事総長の定年は、65歳であるため、最大令和3(2021)年8月14日までが任期となります。
しかし、検事総長の任期は2年が慣例になっているため、平成30(2018)年7月に就任しているので、今年が交代時期といえます。

 

それに対して黒川氏と林氏の定年は63歳なので、それぞれ令和2(2020)年2月8日までと令和2(2020)年8月14日までの任期です。

 

つまり、それぞれの誕生日の前までに検事総長にならなければ、退官するしかありません。
そして2月8日に誕生日を迎えて退官になることから、2月5日に黒川氏の送別会が予定されていました。

 

そこへ、令和2(2020)年1月31日に突如黒川検事長の定年延長が閣議決定されました。

 

定年延長の根拠は国家公務員法

安倍内閣は、黒川氏の定年延長の根拠を国家公務員法から引っ張ってきました。

 

国家公務員法では1年まで定年の延長が出来ます。

 

しかし検事総長や検事の定年を定めている検察庁法は、国家公務員法の特別法となります。

 

特別法優先原理という原理があります。
これは、まず一般的な法律が存在し、その中の特別なケースを特別法として適用される法律があり、この場合一般法よりも特別法が優先されます。

 

民法にとって特別法は商法です。
商法にとって会社法が特別法になります。

 

そのため一般法である国家公務員法よりも特別法である検察庁法が根拠法です。

 

そしてそもそも昭和56(1981)年に改正された国家公務員法改正の政府の想定問答集に、検察官の勤務延長の制度は適用除外とあるため、定年延長を想定してないことになります。

 

定年延長の理由に「重大事案を継続中」

検察には、「検察官同一体の原則」というものがあります。

 

検察官は、検事総長を頂点として全国の組織そして担当検事まで一体として統一的な活動が要求され、この組織原理を「検察官同一体の原則」といいます。
これは、担当検事によって事件の扱いが違うのでは、司法制度が揺らぐことになります。

 

だから、検察に属人性を排して組織が一体として活動することを要求しています。

 

令和2(2020)年1月31日の黒川検事長の定年延長の閣議決定は、重大事案を継続中という理由です。

 

しかし黒川検事長でしか出来ない「重大事案」というのは、「検察官同一体の原則」から乖離しています。

 

そのため、理由としては不適当と言えてしまいます。

 

すでに安倍政権と法務検察の戦いとなった

黒川氏は、事実かどうかは置いて噂があり、こういうあだ名があります。

 

曰く、官邸の「守護神」です。

 

真相はわかりませんが、安倍内閣が起こした事件で黒川氏がもみ消したのではないかと批判する人がいます。

 

甘利明氏の都市再生機構(UR)に対する口利き疑惑や小渕優子氏の政治資金規正法違反疑惑がありました。
それらのいわば論功行賞によって法務事務次官に就任したのではないかということです。

 

そして令和元(2019)年の参議院選挙後、異変が起こります。
第4次安倍内閣の第2次改造内閣が令和元(2019)年9月11日に成立しました。

 

その後、経済産業大臣の菅原一秀氏と法務大臣の河井克行氏が、公職選挙法違反の疑惑によって、更迭に追い込まれます。
そして12月の臨時国会が閉会すると、東京地検特捜部は秋元司氏の家宅捜査を開始しました。

 

IR(カジノを含む統合型リゾート)汚職事件が始まります。
また同時に広島地検は、河井克行氏を、妻で参議院議員の河井案里氏とともに捜査を開始しました。

 

第4次安倍内閣の第2次改造内閣が始まって以降は、次々と大臣の更迭や国会議員の捜査となり、あたかも検察側の報復ともいえる行動です。

 

しかし検察側も令和2(2020)年1月にカルロス・ゴーン国外逃亡事件や新型コロナウイルス感染症の「水際作戦」の失敗がありました。
これは、出入国管理をしている法務省の出入国在留管理庁の責任でもあります。

 

このこともあり、法務省側が黒川氏の定年延長の対応をすることになったのではないかと推察出来ます。

 

また定年延長した直後の2月3日にはIR事件に関係する議員の立件を見送り、2月10日には秋元氏の保釈も決定されました。

 

これによって安倍政権と法務検察によるお互いの報復合戦の様相になっているようにみえてしまいます。

 

 

黒川検事長定年延長問題

時系列

日付 要旨
令和2(2020)年

01月17〜21日

 

法務省が内閣法制局と協議

01月22〜24日 法務省が人事院と協議
01月31日 黒川検事長の定年延長の閣議決定
02月03日 森法相 延長は国家公務員法の規定を適用。重大かつ複雑、困難な事件に対応するため

IR事件、秋元司容疑者以外の国会議員の立件を見送り

02月10日 山尾衆議院議員 昭和56(1981)年4月28日の衆議院内閣委員会でのやりとりとして、当時の人事院幹部が、検察官は国家公務員の定年制は適用されないとの見解を国会で示していたことを指摘

IR事件、秋元司容疑者を保釈

02月12日 松尾人事院給与局長 人事院としては、(上の81年答弁について)現在までも同じ解釈を続けている
02月13日 安倍首相 衆議院本会議で、国家公務員法の解釈変更を正式表明
02月17日 近藤内閣法制局長官 1月に現行の検察庁法を「こう」解釈しますという説明に対して「了」とした

検察官の定年延長の趣旨を適用するべきと考えたいということで、それについては、今の条文からみて十分可能な解釈であるとして、「了」とした

02月19日 松尾人事院給与局長 12日の自身の答弁で、現在という言葉の使い方が不正確だったとして答弁を変更

近藤内閣法制局長官 各法律の解釈は、一義的には法令を所管している主務官庁が運用している
法務省において今回の解釈変更が至当であるという判断をされたという説明があったので、了とした

02月20日 日付なしの検察官の定年延長を可能とした法解釈変更に関する人事院との協議文書が衆議院予算委員会理事会に提出された

森法相 必要な決済はとっていると答弁

02月21日 日付入りの検察官の定年延長を可能とした法解釈変更に関する人事院との協議文書が衆議院予算委員会理事会に提出された

法務省の担当者は競技文書について「正式な決裁は取っていない」と述べた上で、口頭での決裁だったと釈明

03月09日 小西参議院議員 昭和56(1981)年の国家公務員法改正の政府の想定問答集を提示、検察官は国家公務員法の勤務延長の制度の適用除外と記載されている

 

どこが問題なのか

問題は、2つあります。

 

1つは、法手続きの問題です。
定年延長の根拠を国家公務員法にもってきていましたが、昭和56(1981)年の解釈以来検察官の定年延長は適用出来ないことになっていました。
そこへ、安倍首相が解釈の変更をしたと表明しました。

 

それであれば、解釈変更に至った意思決定のプロセスの文書がなければいけないところを口頭決済で行ったと担当者が言っています。

 

およそ文明国であれば、公文書によって意思決定のプロセスを示す必要があり、そもそも現用官庁が勝手に廃棄することをしてはいけません

 

しかし、実際には法務省が協議したメモが残っていないかったり、口頭決済に至った文書がありません。

 

公文書によらないものなので、いわば口頭決済が無効といえます。

 

つまり法手続きの問題があります。

 

2つ目は、道徳の問題です。

 

IR事件の捜査が終結し、河井前法相夫妻の公職選挙法違反の問題もある中、露骨に官邸の「守護神」とあだ名されている人物を定年延長したことで、「人事介入によって汚職隠し」をしたいのではないかと思う人も少なくないと思います。

 

本来、検察は独立した位置づけでいるべきです。
時の政権の意思に左右されてしまえば、そこに正義はなくなります。

 

指揮権発動という言葉があります。
これは、首相は検事総長を通じて、捜査を止める権限があり、疑惑のある国会議員などの逮捕や操作自体を止めることが出来てしまいます。

 

いわば検察の人事介入を行ったというのは、指揮権発動の一歩手前にして突き付けているようなものです。

 

こういった意思が政権にないのであれば、強硬すべきではありません。
だからこそこれは道徳の問題であり、口頭決済自体は法手続き上の問題から無効といえますが、それに該当するか否かではそもそもないということです。

 

近藤内閣法制局長官の答弁

まず内閣法制局は、政府における解釈を一手に握っている組織であり、あらゆる官庁に対して「その解釈には疑義がある」と言われてしまえば、政策も中断せざるを得なくなります。

 

いわば政府の中で唯一の拒否権をもつ組織といえます。

 

率直に言って、内閣法制局の行動が消極的にみえます。

 

確かに法律が出来れば、解釈の権限と責任は現用官庁にあります。
そのため、今回の経緯としては、検事長の定年延長を「十分可能な解釈」として「了」としました。

 

しかし、そこまでしか言わず、その解釈は法務省の責任で処理することを言っています。

 

自衛権や自衛隊に関する解釈、令和元(2019)年の平成から令和に代わる際の元号法の解釈をみても、積極的に「法律に疑義がある」あるいは「解釈に疑義がある」、「違法ではないが適当ではない」といって影響力を発揮していました。

 

こと、検事長の定年延長に際しては、法務省の責任として突き放しているようにみえます。

 

検察内部での批判

全国の法務検察幹部が集まる「検察長官会同」の際に、黒川検事長定年延長問題の非を鳴らしました。
それは、静岡地検の神村昌通検事正です。

 

神村氏は黒川氏の定年延長を念頭に法務大臣が発することが出来る検察庁法で定められた「指揮権発動」についての条文を読み上げたといいます。

 

今回の定年延長のことで安倍政権と検察に対して疑いの目がもたれていることや、国民から検察に対する信頼が損なわれていることを発言しています。

 

ここに黒川検事長を推す安倍政権と検察本流による対立が公になりました。

 

検察庁法改正案について

不要不急の改正案

新型コロナウィルス感染症の只中で、緊急事態宣言も終わらない状態で突如として出てきたのが、「検察庁法等改正案」です。

 

これにはTwitterに「#検察庁法改正案に抗議します」がシェアされて、多くの芸能人も反対することになりました。

 

元々法案自体が公務員制度改革の流れとして出来ているため一見するとそうともいえます。
であれば、新型コロナウィルスの対応がある中、優先度としては低いものです。

 

そんな「不要不急」の法律案をごり押しで通そうとしているため、反発を招いています。

 

本当に黒川検事長とは関係ないのか

施行日を見ると黒川検事長に適用することは出来ないとみえますが、ただし書きに「必要な施行期日を定めるものとする」とあります。

 

東京高検検事長の間は、閣議決定されたままで進むとして、稲田検事総長の定年に合わせて、「必要な施行期日を定めるものとする」かもしれません。
つまり稲田検事総長の定年が、令和3(2021)年8月14日となるため、その時期です。

 

また第2の官邸の「守護神」が出てきた場合に、検察庁法改正案でもって同様の人事介入をすることが出来るようになります。

 

検察庁法改正案の衆議院の審議においては、黒川検事長の事例を後付けで認めるものではないかと追及しました。
それに対しての森法相の答弁は、今回の立法事実は黒川氏の事例以外に「特段見当たらない」と答えました。

 

つまり関係があることを森法相自ら答弁してしまっています。

 

仮に黒川検事長と関係ないとしても

そもそも本来検事の定年延長が出来ないという解釈だったものを解釈変更しました。

 

仮にこの定年延長の解釈が正しいのであれば、法律改正の必要はありません。

 

解釈で乗り切ろうとすれば批判されるが、同時に法律を通すことで、「後付け」で肯定するものとみえてしまいます。

 

本来定年延長された公務員はその他の役職に就くことは出来ませんが、それに関しては、前例を作っています。

 

それは現在の近藤内閣法制局長官が内閣法制局次長だったときに1年半の延長の末に今の役職に就いています。

 

内閣法制局次長の定年は62歳でしたが、そのときの内閣法制局長官は横畠長官で、まだ続投をさせたいという意思がありました。
しかし内閣法制局次長経験者が長官になれないという前例はありませんので、それに適う方法として当初1年の定年延長をしました。

 

実際に就任したのが、第4次安倍内閣第2次内閣なので、約1年半後の内閣法制局長官就任となりました。

 

「検察官同一体の原則」はどうなるか

検察には、「検察官同一体の原則」があることはお伝えしましたが、定年延長の判断が内閣で出来てしまうということは、「重大事案の対応中」のため定年延長が出来ることになります。

 

そうなった場合に「属人性」を排する検察としては、組織が損なわれてしまいます。

 

仮に年金等の問題で定年延長をするのであれば、一律の定年延長でなければ、「検察官同一体の原則」を守ることは出来ません。

 

 

この記事で学べること

いかがだったでしょうか。

 

黒川検事長の定年延長の問題点は2つです。
それは法手続きと道徳です。

 

事実関係だけを並べていけば、どうしても政権の恣意性を排除することが出来ません。

 

また検察庁法改正案でいえることも、疑われるようなことをするならやらなければいいし、やるということはそういうことなのかとなってしまいます。

 

この記事のおすすめ本

検証 検察庁の近現代史 光文社新書(倉山 満)


 
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