王政復古の大号令

    このエントリーをはてなブックマークに追加  

王政復古の大号令

口語訳

慶應三年十二月九日

 

徳川内府(徳川慶喜内大臣)従前御委任大政返上(大政奉還)将軍職辞退之両条今般断然被聞食候(きこしめされそうろう)
抑(そもそも)癸丑(きちゅう、嘉永六年ペリー来航)以来未曾有之国難 先帝(孝明天皇)頻年(ひんねん)被悩宸襟候(しんきんをなやまされそうろう)御次第衆庶(しゅうしょ)之知所候
依之被決 叡慮(これによりえいりょをけっせられ) 王政復古国威挽回の御基被為立候(おんもといたてさせられそうろう)間自今摂関幕府等廃絶、即今先(まず)仮に総裁議定参与之三職被置(おかれ)万機可被為行(おこなわせらるべく)諸事 神武創業之始に原(もとづ)き、縉紳(しんしん)武弁堂(ぶべんとう)上地下之無別(しょうじげのべつなく)至当之公議を竭(つく)し天下と休戚(きゅうせき)を同く可被遊(あそばさるべき) 叡念(えいねん)に付各(おのおの)勉励旧来驕惰(きょうだ)之汚習(おしゅう)を洗い尽忠報国之誠を以て可致奉(ほうこういたすべく) 公候事(そうろうこと)
一 内覧 勅問御人数国事御用掛議奏武家伝奏守護職所司代総て被廃候事
一 三職人体
 総裁
  有栖川帥宮(熾仁親王)
 議定
  仁和寺宮(嘉彰親王)
  山階宮(晃親王)
  中山前大納言(忠能)
  正親町三条前大納言(実愛)
  中御門中納言(経之)
  尾張大納言(徳川慶勝)
  越前宰相(松平慶永(春嶽))
  安芸少将(浅野茂勲)
  土佐前少将(山内豊信(容堂))
  薩摩少将(島津忠義)
 参与
  大原宰相(重徳)
  万里小路右大弁宰相(博房)
  長谷三位(信篤)
  岩倉前中将(具視)
  橋本少将(実梁)
  尾張藩士 三人(丹羽賢、田中不二麿、荒川甚作)
  越前藩士 三人(中根雪江、酒井十之丞、毛受洪)
  芸州藩士 三人(辻将曹、桜井与四郎、久保田平司)
  土佐藩士 三人(後藤象二郎、神山左多衛、福岡孝弟)
  薩摩藩士 三人(西郷隆盛、大久保利通、岩下方平)
一 太政官始追々(はじめおいおい)可被為興候(おこさせらるべくそうろう)間其旨可心得居候事(こころえおるべくそうろうこと)
一 朝廷礼式追々御改正可被為在候得共先(あらせらるべくそうらえども)摂?門流(せつろくもんりゅう、摂関家)之(の)儀被止候事(やめられそうろうこと)
一 旧弊御一洗(ごいっせん)に付言語之道被洞開候(そうかいせられそうろう)間、見込之向(みこみここれあるむき)は不拘貴賎(きせんにかかわらず)無忌憚(きたんなく)可致献言(けんげんいたすべく)
且人材登庸第一之御急務に候故心当之仁有之候(これありそうらわば)早々可有言上候事(そうそうごんじょうあるべくそうろうこと)
一 近年物価格別騰貴如何共不可為(いかんともすべからざる)勢(いきおい)富者は益(ますます)富を累(かさ)ね貧者は益窘急(きんきゅう)に至り候趣畢竟(おもむきひっきょう)政令不正(たらしからざる)より所致(いたすところ)民は王者之大宝百事御一新之折柄旁被悩 宸衷候(かたがたしんちゅうをなやまされそうろう)智謀遠識救弊之(の)策有之候者無誰彼可申出候事(さくこれありそうらわばだれかれなくもうしいづべくそうろうこと)
一 和宮御方先年関東へ降嫁被為在候得共(あらせられそうらえども)其後将軍(徳川家茂)薨去且 先帝攘夷成功之 叡願より被為許候処(ゆるさせられそうろうところ)始終奸吏の詐謀に出御無詮之上は旁(かたがた)一日も早く御還京被為促度(うながせられたく)近日御迎公卿被差立候事(さしたてられそうろう)
右之通御確定以一紙被仰出候事(いつしをもっておおせいだされそうろうこと)

この記事はお役に立ちましたでしょうか。
この記事が誰かの役に立ちそうだと感じて頂けましたら、下のボタンから共有をお願い致します。

    このエントリーをはてなブックマークに追加  


ページの先頭へ戻る