御成敗式目(貞永式目)

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御成敗式目(貞永式目)

口語訳

貞永元年八月十日

 

一 神社を修理し、祭祀を専らすべき事
 右、神は人の敬いによって威を増し、人は神の徳によって運を添う。然ればすなわち恒例の祭祀陵夷(りょうい)を致さず、如在の礼典怠慢せしむることなかれ。これによって関東の御分の国々並びに荘園においては、地頭神主ら各々その趣を存じ、精誠(せいぜい)を致すべきなり。兼てまた有封(うふ)の社に至っては、代々の符に任せて、小破のときは且修理を加え、もし大破に及ばば子細を言上(こんしょう)し、その左右に従いてその沙汰あるべし。

 

一 寺塔を修造し、仏事等を勤業(ごんぎょう)すべき事
 右、寺社異なるといえども、祟敬これ同じ。よって修造の功、恒例の勤めよろしく先条に准ずべし。後勘をまねくなかれ。ただし、ほしいままに寺用を貪(むさぼ)り、その役を勤めざらるの輩(ともから)は、早くかの職を改易せしむべし。

 

一 諸国守護人奉行の事
 右、右大将家の御時定め置かるる所は、大番催促謀叛殺害人等の事なり。しかるに近年、代官を郡郷(ぐんごう)に分ち補し、公事(くじ)を庄保(しょうほ)に充て課(おお)せ。国司にあらずして国務を妨げ、地頭にあらずして地利を貪る。所行の企(くはだ)てはなはたもって無道なり。そもそも重代の御家人たりといえども、当時の所帯なくば駈(か)り催すにあたはず。兼てまた所々の下司(げす)庄官以下、その名を御家人仮り、国司領家の下知をたいかんすと云々。しかるがごとき輩、守護役を勤むべきの由、たとい望み申すといえども、一切催(もよおし)を加うべからず。早く右大将家御時の例に任せて、大番役並びに謀叛殺害のほか、守護の沙汰を停止せしむべし。もしこの式目を背き、自余の事に相交わらば、或は国司・領家の訴訟により、或は地頭・土民の愁欝(しゅううつ)によって、非法の至り顕然たらば、所帯の職を改められ、穏便の輩を補すべきなり。また代官に至っては一人を定むべきなり。

 

一 同じく守護人、事の由を申さず、罪科の跡を没収する事
 右、重犯の輩出来(しゅつたい)の時は、すべからく子細を申し、その左右に随ふべきの処、実否を決せず、軽重を糺さず、ほしいままに罪科の跡と称して私に没収せしむるの条、理不尽の沙汰はなはだ自由の姦謀(かんぼう)なり。早くその旨を註進し、よろしく裁断を蒙らしむべし。なおもって違反せば、罪科に処せらるべし。
 次に犯科人の田畠・在家ならびに妻子・資財の事、重科の輩においては守護所に召渡すといへども、田宅・妻子・雑具に至っては付け渡すに及ばず。兼ねてまた同類の事、たとひ白状に戴するといへども、贓物(ぞうもつ)なくばさらに沙汰の限りにあらず。

 

一 諸国の地頭、年貢所当を抑留せしむる事
 右、年貢を抑留するの由、本所の訴訟あらば、すなはち結解を遂げ勘定を請くべし。犯用の条もし遁るるところなくば、員数に任せてこれを弁償すべし。ただし、少分においては早速に沙汰を致すべし。過分に至っては三ヶ年中に弁済すべきなり。なをこの旨に背き難澁せしめば、所職を改易せらるべきなり。

 

一 国司・領家の成敗は関東御口入(くにゅう)に及ばざる事
 右、国衙(こくが)・庄園・神社・仏寺領、本所の進止(しんし)たり。沙汰出来においては、いまさら御口入に及ばず。もし申す旨ありといへども敢て叙用されず。
 次に本所の挙状を帯びず越訴致す事、諸国庄公ならびに神社・仏寺は本所の挙状をもって訴訟を経べき処、その状を帯びずばすでに道理に背くか。自今以後、成敗に及ばず。

 

一 右大将家以後、代々の将軍ならびに二位殿御時充て給はるところの所領等、本主訴訟によって改補せらるるや否やの事
 右、或は勲功の賞に募り、或は宮仕の労によって拝領の事、由緒なきにあらず。しかるに先祖の本領と称して御裁許を蒙るにおいては、一人たとひ喜悦の眉を開くといへども、傍輩(ほうはい)をさだめて安堵の思ひを成し難きか。濫訴(らんそ)の輩停止せらるべし。ただし、当給人(とうきゅうにん)罪科あるの時、本主その次を守りて訴訟を企つる事、禁制にあたはざるか。
 次に代々御成敗畢(おわ)りて後、申し乱さんと擬するの事、その理なきによって棄て置かるるの輩、歳月を歴(へ)る後、訴訟を企つる条、存知の旨、罪科軽からず。自今以後、代々の成敗を顧みず、猥(みだ)りに面々の濫訴を致さば、すべからく不実の子細をもって、帯ぶる所の証文に書き載せらるべし。

 

一 御下文を帯ぶるといへども知行せしめず、年序を経る所領の事
 右、当知行の後、廿ヶ年を過ぎば、大将家の例に任せて理非を論ぜず改替にあたはず。しかるに知行の由を申して御下文を掠(かす)め給はるの輩、かの状を帯ぶるといへども叙用に及ばず。

 

一 謀叛人の事
 右、式目の趣兼日(けんじつ)定め難きか。且は先例に任せ、且は時議によってこれを行はるべし。

 

一 殺害・刃傷罪科の事(付たり。父子の咎、相互に懸けらるるや否やの事)
 右、或は当座の諍論(じょうろん)により、或は遊宴(ゆうえん)の酔狂によって、不慮のほか、もし殺害を犯さばその身を死罪に行はれ、ならびに流刑に処せられ、所帯を没収せらるるといへども、その父その子相交はらずば、互ひにこれを懸くべからず。
 次に刃傷の科の事、同じくこれに准ずべし。
 次に或は子、或は孫、父租の敵を殺害するにおいては、父祖たとひ相知らずといへども、その罪に処せらるべし。父祖の憤りを散ぜんがため、たちまち宿意(しゅくい)を遂ぐるの故なり。
 次にもしくは人の所職を奮はんと欲し、もしくは人の財宝を取らんがため、殺害を企つるといへども、その父知らざるの由、在状分明(ざいじょうぶんみょう)ならば縁坐(えんざ)に処すべからず。

 

一 夫の罪科によって、妻女の所領没収せらるるや否やの事
 右、謀叛・殺害ならびに山賊・海賊・夜討・強盗等の重科においては、夫の咎を懸くべきなり。ただし、当座の口論により、もし刃傷・殺害に及ばばこれを懸くべからず。

 

一 悪口の咎の事
 右、闘殺の基、悪口より起る。その重きは流罪に処せられ、その軽きは召籠めらるべきなり。問註(もんちゅう)の時、悪口を吐かば、すなはち論所を敵人に付けらるべきなり。また論所の事その理なくば他の所領を没収せらるべし。もし所帯なくば流罪に処せらるべきなり。

 

一 殴人の咎の事
 右、打擲(ちょうちゃく)せらるるの輩はその恥を雪(そそ)がんがために定めて害心を露(あら)はすか。殴人の科、はなはだもって軽からず。よって侍においては所帯を没収せらるべし。所領なくば流罪に処すべし。郎従(ろうしょう)以下に至っては、その身を召禁(めしきん)ぜしむべし。

 

一 代官の罪科を主人に懸くるや否やの事
 右、代官たるの輩、殺害以下の重科有るの時、くだんの主人その身を召進めば、主人に科を懸くべからず。ただし、代官を扶(たす)けんがため、咎なきの由を主人陳じ申すの処、実犯露顕せば主人その罪を遁れ難し。よって所領を没収せらるべし。かの代官に至っては召禁ぜらるべきなり。兼ねてまた、代官或は本所の年貢を抑留し、或は先例の率法(りっぽう)を違背(いはい)せば、代官の所行たりといへども主人その過を懸けらるべきなり。しかのみならず、代官もしは本所の訴訟により、もしくは訴人の解状(げじょう)につきて、関東よりこれを召され、六波羅よりこれを催さるるの時、参決を遂げず、なほ張行(ちょうぎょう)せしめば、同じくまた主人の所帯を召さるべし。ただし、事の躰(てい)に随ひて軽重あるべきか。

 

一 謀書の罪科の事
 右、侍においては所領を没収せらるべし。所帯なくば遠流(おんる)に処すべきなり。凡下(ぼんげ)の輩は火印(かいん)をその面に擦さるべきなり。執筆の者また与同(よどう)罪。
 次に論人帯ぶるところの証文をもって、謀書たる由、多くもってこれを称す。披見(ひけん)の処、もし謀書たらばもっとも先条に任せてその科あるべし。また文書の紕謬(ひびゅう)なくば、謀略の輩に抑せて神社・仏寺の修理に付らるべし。ただし無力の輩に至っては、その身を追放せらるべきなり。

 

一 承久兵乱の時、没収の地の事
 右、京方の合戦を致すの由、間(きこ)し食(め)しおよぶによって、所帯を没収せらるるの輩、その過なきの旨、証拠分明ならば、その替を当給人に充て給ひ、本主に返し給ふべきなり。これすなはち、当給人においては勲功の奉公あるの故なり。
 次に関東御恩の輩の中、京方に交はりて合戦の事、罪科ことに重し。よってすなはちその身を誅せられ、所帯を没収せられ畢(おわ)んぬ。しかるに自然の運によって遁れ来るの族、近年間し食しおよばば、縡(こと)すでに違期(いご)のうへ、もっとも寛宥(かんゆう)の儀につきて所領の内を割き、五分一を没収せらるべし。ただし御家人の外、下司庄官(けししょうかん)たるの輩、京方の咎たとひ露顕すといへどもいまさら改め沙汰に能はざるの由、去年議定せられ畢んぬ。者(ていれ)ば異儀に及ばず。
 次に同じく没収の地をもって、本領主と称して訴へ申す事、当知行の人その過あるによってこれを没収し、勲功の輩に充て給ひ畢んぬ。かの時の知行は非分の領主なり。相伝の道理に任せて返し給はるべきの由訴へ申すの類、多くその聞こえあり。すでにかの時の知行につきて、普く没収せられ畢んぬ。なんぞ当時の領主を閣(さしお)きて、往代(おうだい)の由緒を尋ぬべきか。自今以後、濫望を停止すべし。

 

一 同じき時の合戦の罪過、父子各別の事
 右、父は京方に交はるといへども、その子関東に候じ、子は京方に交はるといへども、その父関東に候ずるの輩、賞罰すでに異なり、罪科なんぞ混ぜん。また西国の住人等、父たりといへども子たりといへども、一人京方に参ぜば、住国の父子、その過を遁るべからず。同道せずといへども、同心せしむるによってなり。ただし行程境はるかにいて音信(いんしん)通じ難く、共に子細を知らずば、互ひに罪科に処しがたきか。

 

一 所領を女子に譲り与ふるの後、不和の儀あるによってその親悔い還すや否やの事
 右、男女の号異なりといへども、父母の恩これ同じ。ここに法家の倫(ひと)申す旨ありといへども、女子はすなはち悔い返さざるの文を憑(たの)みて、不孝の罪業(ざいごう)を憚るべからず。父母また敵対の論に及ぶを察して、所領を女子に譲るべからざるか。親子義絶(ぎぜつ)の起りなり。教令違反の基なり。女子もし向背(きょうはい)の儀あらば、父母よろしく進退して意に任すべし。これによって、女子は譲状を全うせんがために忠孝の節を竭(つく)し、父母は撫育(ぶいく)を施さんがために慈愛の思ひを均(ひと)しうせんものか。

 

一 親疎を論ぜず眷養(けんよう)せらるる輩、本主の子孫を違背する事
 右、人を憑(たの)むの輩、親愛せられば子息の如く、しからずばまた郎従の如きか。ここにかの輩、忠勤をいたさしむるの時、本主その志を感歎するの余り、或は充文(あてぶみ)を渡し、或は譲状を与ふる処、和与の物と称して本主の子孫に対論するの条、結構の趣はなはだ然るべからず。媚を求むるの時は、且は子息の儀を存じ、且は郎従の礼を致す。向背の後は、或は他人の号を仮り、或は敵対の思ひをなす。たちまち先人の恩顧を忘れ、本主の子孫を違背せば、譲りを得る所領においては、本主の子孫に付けらるべし。

 

一 譲状を得るの後、その子父母に先だち死去せしむる跡の事
 右、その子見存(げんぞん)せしむるといへども、悔い還すに至っては何の妨げあらんや。いはんや子孫死去の後は、ただ父祖の意に任すべきなり。

 

一 妻妾(さいしょう)夫の譲を得、離別せらるるの後、かの所領するや否の事
 右、その妻重科あるによって棄損せらるるにおいては、たとひ往日の契状ありといへども前夫の所領を知行し難し。もしまたかの妻、功ありて過(とが)なく、新しきを賞(もてな)して旧(ふる)きを棄てば、譲るところの所領悔い還すにあたはず。

 

一 父母所領配分の時、義絶にあらずといへども成人の子息に譲り与へざる事
 右、その親、成人の子をもって吹挙せしむるの間、勤厚(きんこう)の思ひを励まし労功を積むの処、或は継母の讒言(ざんげん)に付き、或は庶子の鍾愛(しょうあい)により、その子義絶せられずといへどもたちまちかの処分に漏る。侘?(たてい)の条、非拠(ひきょ)の至りなり。よって今立つるところの嫡子の分を割き、五分一をもって無足(むそく)の兄に充て給うべきなり。ただし少分たりといへども、計ひ充つるにおいては、嫡庶を論ぜずよろしく証跡によるべし。そもそも嫡子たりといへども指したる奉公なく、また不孝の輩においては沙汰の限りにあらず。

 

一 女人養子の事
 右、法意の如くばこれを許さずといへども、大将家御時以来当世に至るまで、その子なき女人ら所領を養子に譲り与ふる事、不易の法勝計すべからず。しかのみならず都鄙(とひ)の例先蹤(せんしょう)これ多し。評議の処もっとも信用に足るか。

 

一 夫の所領を譲り得たる後家、改嫁(かいか)せしむる事
 右、後家たるの輩、夫の所領を譲り得ば、すべからく他事を抛(なげう)ちて亡夫の後世を訪ふべきの処、式目に背く事その咎なきにあらざるか。しかるにたちまち貞心を忘れ、改嫁せしめば、得るところの領知をもって亡夫の子息に充て給うべし。もしまた子息なくば別の御計(はか)らいあるべし。

 

一 関東御家人月卿雲客をもって壻君(むこぎみ)となし、所領を譲るによって、公事の足減少の事
 右、所領においてはかの女子に譲り各別せしむるといへども、公事に至ってはその分限に随ひて省(はぶ)き充てらるべきなり。親父存日(ぞんじつ)たとい優恕(ゆうじょ)の儀をなし、充て課せずといへども、逝去の後はもっとも催勤せしむべし。もし権威に募りて勤仕せずば、永く件の所領を辞退せらるべきか。おおよそ関東祇候(しこう)の女房たりといへども、敢て殿中平均の公事を泥(なず)むなかれ。このうえ難渋せしめるにおいては、所領を知行すべからざるなり。

 

一 所領を子息に譲り、安堵の御下文を給わるの後、その領を悔い還し、他の子息に譲り与うる事
 右、父母の意に任すべきの由、具(つぶさ)にもって先条に載せ畢んぬ。よって先判の譲につきき安堵の御下文を給わるといえども、その親これを悔い還し、他子に譲るにおいては、後判の譲に任せて御成敗あるべし。

 

一 未処分の跡の事
 右、且は奉公の浅深(せんしん)に随い、且は器量の勘否(かんぷ)を糺し、各々時宜に任せて分ち宛てらるべし。

 

一 虚言を構へ讒訴(ざんそ)を致す事
 右、面を和らげ言を巧み、君を掠め人を損ずる属(たぐい)、文籍(ぶんぜき)載するところ、その罪はなはだ重し。世のため人のため誡(いまし)めざるべからず。所領を望まんがために讒訴を企てば、讒者の所領をもって他人に充て給うべし。所帯なくば遠流に処すべし。官途(かんと)を塞(ふさ)がんがために讒言を構えば、永くかの讒人を召仕うべからず。

 

一 本奉行人を閣(さしお)きて、別人に付きて訴訟を企てる事
 右、本奉行人を閣きて、さらに別人に付きて内々訴訟を企てるの間、参差(しんし)の沙汰不慮にして出来(しゅったい)せんか。よって訴人にをおいてはしばらく裁許を抑えらるべし。執し申す人に至っては、御禁制あるべし。奉行人もし緩怠(かんたい)せしめ、むなしく二十ヶ日を経ば、庭中においてこれを申すべし。

 

一 問注を遂ぐるの輩、御成敗を相待たず、権門の書状を執り進むる事
 右、裁許に預かるの者は強縁(ごうえん)の力を悦び、棄て置かるるの者は権門の威を愁(うれ)う。ここに得理(とくり)の方人(かたうど)は頻(しき)りに扶持(ふち)の芳恩(ほうおん)と称し、無理の方人は竊(ひそ)かに憲法の裁断を猜(そね)む。政道を黷(けが)す事、職(もと)としてこれに由る。自今以後、慥(たしか)に停止すべきなり。或は奉行人に付き、或は庭中において申さしむべきなり。

 

一 道理なきによって御成敗を蒙らざる輩、奉行人の偏頗(へんぱ)たるの由訴へ申す事
 右、その理なきによって裁許に関(あずか)らざるの輩、奉行人の偏頗たるの由構(かま)え申すの条、はなはだもって濫吹(らんすい)なり。自今以後、不質を構え濫訴(らんそ)を企てば所領三分一を収公せらるべし。所帯なくば追却せらるべし。もしまた奉行人その誤りあらば、永く召仕うべからず。

 

一 盗賊・悪党を所領の内に隠し置く事
 右、件の輩、風聞ありといえども露顕せざるによって断罪に能わず。炳誡(へいかい)を加えず。しかるに国人等差し申すの処、召上(あ)ぐるの時はその国無為なり。在国の時はその国狼藉なりと云々。よって縁辺(えんぺん)の凶賊においては、証跡に付きて召禁ずべし。また地頭等賊徒を隠し置くに至っては、同罪たるべきなり。まず嫌疑の趣につきて地頭を鎌倉に召置き、かの国落居(らっきょ)せざるの間は身の暇(いとま)を給うべからず。
 次に守護使の入部を停止せらるる所々の事、同じく悪党ら出来の時は不日に守護所に召渡すべきなり。もし拘惜(こうじゃく)においては、且は守護使を入部せしめ、且は地頭代を改補すべきなり。もしまた代官を改めずば、地頭職を没収せられ、守護使を入らるべし。

 

一 強・竊(せつ)二盗の罪科の事(付たり。放火人の事)
 右、既に断罪の先例あり。何そ猶予の新議に及ばんや。
 次に放火人の事、盗賊に准拠してよろしく禁遏(きんあつ)せしむべし。

 

一 他人の妻を密懐(みっかい)する罪科の事
 右、強姦・和姦を論ぜず人の妻を懐抱するの輩、所領半分を召され、出仕を罷(や)めらるべし。所帯なくな遠流に処すべし。女の所領同じくこれを召さるべし。所領なくばまた配流せらるべきなり。
 次に道路の辻において女を捕うる事、御家人においては百箇日の間出仕を止むべし。郎従(ろうしょう)以下に至っては、大将家の御時の例に任せて、片方の鬢髪(ひんぱつ)を剃り除くべきなり。ただし、法師の罪科においては、その時に当たりて斟酌せらるべし。

 

一 度々の召文(めしぶみ)を給うといえども参上せざる科の事
 右、訴状につきて召文を遺わす事三ヶ度に及び、なお参決せずば、訴人理あらば直に裁許せらるべし。訴人埋なくばまた他人に給うべきなり。ただし、所従(しょしょう)・牛馬ならびに雑物等に至っては、員数に任せて糺し返され、寺社の修理に付けらるべき寺社の修理に付らるべきなり。

 

一 旧(ふる)き境を改て、相論を致す事
 右、或は往昔(おうじゃく)の境を越え、新儀の案を構へてこれを妨げ、或は近年の例を掠め、古き文書を捧げてこれを諭ず。裁許に預からずといえども指したる損なきの故、猛悪の輩ややもすれば謀訴(ぼうそ)を企つ。成敗の処その煩(わずらい)なきにあらず。自今以後、実検使を遣わして本跡を糺明し、非拠(ひきょ)の訴訟たらば、界(さかい)を越えて論をなす分限を相計らい、訴人の領知の内を割き分ちて論人の方へ付けらるべきなり。

 

一 関東御家人京都に申して、傍官(ぼうかん)の所領の上司を望み補する事
 右、大将家の御時一向に停止せられ畢んぬ。しかるに近年より以降、自由の望みを企つ。ただに禁制に背くのみならず、定めて喧嘩に覃(およ)ばしむるか。自今以後、濫望を致すの輩は所領一所を召さるべきなり。

 

一 惣地頭、所領の内の名主職を押妨(おうぼう)する事
 右、惣領を給わるの人、所領の内と称して各別の村を掠め領する事、所行の企て罪科遁れ難し。ここに別の御下文を給わり、名主職たりといえども、惣地頭もし?弱(おうじゃく)の隙を伺い、限りある沙汰の外、非法を巧みて濫妨(らんぼう)を致さば、別納の御下文を名主に給うべきなり。名主また事を左右に寄せ、先例を顧みず地頭を違背せば、名主職を改めらるべきなり。

 

一 官爵所望の輩、関東の御一行を申し請くる事
 右、成功を召さるるの時、所望の人を註し申さるるは既にこれ公平なり。よって沙汰の限りにあらず。昇進のため挙状を申すの事、貴賎を論ぜず一向にこれを停止すべし。ただし受領・検非違使を申すの輩、理運たるにおいては、御挙状にあらずといへどもただ御免の由。仰せ下さるべきか。兼ねてまた新敍(しんじょ)の輩、巡年廻り来り、朝恩(ちょうおん)に浴せば、制の限りにあらず。
一 鎌倉中の僧徒、ほしいままに官位を諍(あらそ)う事
 右、綱位によって搦氈iりっし)を乱すの故に、猥(みだ)りに自由の昇進を求め、いよいよ僧綱(そうごう)の員数を添う。宿老有智(うち)の高僧たりといえども、少年無才の後輩に越さる。すなわちこれ且は衣鉢の資(たすけ)を傾け、且は経教の義に乖(そむ)けるものなり。自今以後、免許を蒙らず昇進の輩、寺社の供僧(ぐぞう)たらばかの職を停廃せらるべし。御帰依の僧たりといえども同じくもって停止せらるべし。この外の禅侶(ぜんりょ)は、偏(ひとえ)に顧眄(こめん)の人に仰せて、てよろしく諷諫(ふうかん)の誡(いましめ)あるべし。

 

一 奴婢雑人の事
 右、大将家の例に任せてその沙汰なく十箇年を過ぎば、理非を論ぜず改め沙汰に及ばず。
 次に奴婢所生の男女の事、法意の如くば子細ありといえども、同じき御時の例に任せて、男は父に付け、女は母に付くべきなり。

 

一 百姓逃散の時、逃毀(にげこばち)と称して損亡せしむる事
 右、諸国の住民逃脱の時、その領主ら逃毀と称して、妻子を抑留し、資財を奪い取る。所行の企てはなはだ仁政に背く。もし召し決せらるるの処、年貢所当の未済あらば、その償いを致すべし。然らずば、早く損物を糺し返さるべし。ただし去留においてはよろしく民の意に任すべきなり。

 

一 当知行と称して他人の所領を掠め給わり、所出物を貪り取る事
 右、無実を構え掠領(りゃくりょう)の事、式条の推すところ罪科を脱れ難し。よって押領物においては早く糺し返さしむべし。所領に至っては没収せらるべきなり。所帯なくば遠流に処せらるべし。
 次に当知行の所領をもって、指したる次なく安堵の御下文を申し給わる事、もしその次をもって始めて私曲を致すか。自今以後停止せらるべきなり。

 

一 傍輩の罪過未断以前、かの所帯を競望(けいもう)する事
 右、労効を積むの輩、所望を企つるは常の習いなり。しかるに、所犯あるの由風聞せしむるの時、罪状いまだ定まらざるの処、件の所領を望まんがため、その人を申し沈めんと欲するの条、所為(しょい)の旨敢えて正義にあらず。かの申状につきてその沙汰あらば、虎口の讒言(ざんげん)蜂起して絶ゆべからざるか。たとひ理運の訴訟たりといえども、兼日の競望を敘用せられず。

 

一 罪過の由披露の時、糺決せられず所職を改替する事
 右、糺決の儀なく御成敗あらば、犯否を謂わず定めて鬱憤を貽(のこ)さんか。者(ていれ)ば早く淵底(えんでい)を究め裁断せらるべし。

 

一 所領得替の時、前司・新司の沙汰の事
 右、所当年貢においては新司の成敗たるべし。私物・雑具ならびに所従・馬牛等に至っては新司抑留に及ばず。況(いわ)んや恥辱を前司に与えしめば、別の過怠に処せらるべきなり。ただし重科によって没収せられば、沙汰の限りにあらず。

 

一 不知行の所領の文書をもって、他人に寄附する事(付たり。名主職をもって本所に相触れず、権門に寄進する事)
 右、自今以後寄附の輩においては、その身を追却せらるべきなり。請け取るの人に至っては、寺社の修理に付けらるべし。
 次に名主職をもって本所に知らしめず、権門に寄附するの事自然これあり。しかる如きの族は、名主職を召し、地頭に付けらるべし。地頭なきの所は、本所に付けらるべし。

 

一 売買所領の事
 右、相伝の私領をもって、要用の時沽却(こきゃく)せしむるは定まる法なり。しかるに或は勲功に募り、或は勤労によって別の御恩に預かるの輩、ほしいままに売買せしむるの条、所行の旨その科なきにあらず。自今以後、たしかに停止せらるべきなり。もし制符(せいふ)に背き沽却せしめば、売人といい買人といい、共にもって罪科に処すべし。

 

一 両方の証文理非(りひ)顕然(けんぜん)の時、対決を逐げんと擬する事
 右、かれこれの証文理非懸隔(けんかく)の時は、対決を遂げずといえども、直に成敗あるべきか。

 

一 狼藉の時、子細を知らずその庭に出で向う輩の事
 右、同意与力(よりき)の科においては子細に及ばず。その軽重に至っては、兼ねて式条に定め難し。もっとも時宜によるべきか。実否を聞かんがため、子細を知らずその庭に出で向うにおいては、罪科に及ばず。

 

一 問状の御教書を帯び、狼藉を致す事
 右、訴状につきて問状を下さるるは定例なり。しかるに問状をもって狼籍を致す事、姦濫(かんらん)の企て、罪科を遁れ難し。申すところもし顕然の僻事(ひがごと)たらば、問状を給う事一切に停止せらるべきなり。

 

起請
 御評定の間、理非決断の事。
右、愚暗(ぐあん)の身、了見の及ばざるによってもし旨趣(しいしゅ)相違の事、さらに心の曲がるところにあらず。その外、或は人の方人として道理の旨を知りながら、無理の由を称し申し、また非拠(ひきょ)の事を証拠ありと号し、人の短を明らかにせざらんがため、子細を知りながら善悪に付きてこれを申さずば、事と意と相違し、後日の紐謬(ひびゅう)出来せんか。およそ評定の間、理非においては親疎あるべからず、好悪あるべからず。ただ道理の推すところ、心中の存知、傍輩を憚らず、権門を恐れず、詞を出すべきなり。御成敗事切れの条々、たとい道理に違わずといえども一同の憲法なり。たとい非拠に行わるるといえども一同の越度(おつと)なり。自今以後、訴人ならびに縁者に相向い、自身は道理を存すといえども、傍輩の中その人の説をもって、いささか違乱を由を申し聞かさば、すでに一味の義にあらず。ほとんど諸人の嘲りをのこすものか。兼ねてまた道理なきによって、評定の庭に棄て置かるるの輩、越訴(おつそ)の時、評定衆の中、一行を書き与えられば、自余(じよ)の計らい皆無道の由、独りこれを存ぜらるるに似たるか。者(ていれ)ば条々の子細かく如し。この内もし一事といえども曲折を存じ違犯せしめば、梵天・帝釈・四大天王、惣じて日本国中六十余州の大小神祇、別して伊豆・箱根両所権現、三嶋大明神・八幡大菩薩・天満大自在天神の部類眷属の神罰・冥罰を各々罷り蒙るべきなり。よって起請、件の如し。
 貞永元年七月十日
沙彌(しゃみ)淨円
相模大掾(だいじょう) 藤原 業時
玄蕃允(げんばのじょう) 三善 康連
左衞門少尉 藤原朝臣基綱
沙彌行然
散位 三善朝臣倫重
加賀守 三善朝臣康俊
沙彌行西
前出羽守 藤原朝臣家長
前駿河守 平朝臣義村
摂津守 中原朝臣師貞
武蔵守 平朝臣泰時
相模守 平朝臣時房

 

問註奉行人の起請詞同前と云々

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