第三インターナショナルの基盤に立つすべての人々へ(無電)

 

ソビエト社会主義共和国連邦国旗

千九百十八年十二月二十四日

 

第三インターナショナルの基盤に立つすべての人々へ(無電)

 一月六日ロザンヌに国際社会主義者会議を招集するという、アーサー・へンダーソンを通じてプランティングに伝達されたイギリス労働党の提案は、第二インターナショナルを復活させる試みですらない。第二インターナショナルは、ほとんどすべての社会主義党の多数派の代表者達が各自の国の帝国主義政府の味方となった一九一四年八月初め、事実上存在をやめた。世界大戦が続いていた間中、ほとんどすべての国で、第二インターナショナルを復活させる試みを巡って絶えず扇動が行われたが、そうした試みは、運動内の中途半端な分子に由来するものであった。これらの分子は、公然と社会帝国主義の道に立つことこそしなかったが、その一方で、労働者階級への帝国主義的寡頭制の影響の伝え手に変わってしまった公式の党多数派に対抗して、革命的な第三インターナショナルを創立する必要があることは、認識していなかったのである。戦前の労働運動の状態に帰ろうとする彼らの試みは、その当時、政府の戦争政策への労働者大衆の従属を弱めるおそれがあるとして、インターナショナルの再建らしい外見をもつ事柄さえ拒否していた公式の多数派のあからさまな帝国主義的政策に反するものであった。この試みをぶち壊すために、露骨な社会帝国主義者達は、かつてのインターナショナルの各国支部の国際代表の構成そのものに変更を加えた。先頃の協商国諸支部のいわゆる協商国諸党会議は、すでにこのような変更に基づいて招集されたものであった。イギリスを代表したのは、「労働党」と呼ばれる雑多な混合体であって、社会主義諸党からの直接の代表は排除された。イタリアを代表したのは、以前にはインターナショナルに所属していなかった改良主義者であって、イタリア社会党の代表は参加しなかった。アメリカから出席したのは、概ね社会主義とはなんの関わりもない様々な労働組合を代表したゴンパーズであった。露骨な社会帝国主義者達は、このような変更された代表制度に基づいて国際会議の招集を嘩備しているのであるが、しかもドイツのエセ社会主義的反革命派の機関紙『フォールヴェルツ』は、黄色インターナショナルを設立しようというこの提案を喜んで歓迎しているのだ。
 今設立されようとしている裏切者と反革命派のインターナショナルは、急速に発展しつつある世界プロレタリア革命を防ぐ砦を作り出すことをあからさまに目的としたものであって、万国の共産主義者は、これに対抗して、すでに事実上創立されている革命的第三インターナショナル―露骨な社会帝国主義者とも、事実上彼らを援助し、社会裏切者達の諸会議に参加することをも憚らない中間派分子とも何の関わりももたないインターナショナル―の周囲に結集しなければならない。社会主義の名の陰に隠れた労働者階級の敵共の諸会議への参加を自らも拒否しているロシア共産党(ボリシェヴィキ)は、万国のプロレタリアートに権力奪取の任務を提起している革命的第三インターナショナルの基盤に立つすべての人々に向かって、同様に参加を拒否するよう呼びかける。ロシア共産党に同調しているのは、フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニアとベロルシア、ウクライナ、ポーランド、オランダの共産諸党である。ロシア共産党はまた、ドイツのスパルタクス派、ドイツ系オーストリア共産党を始めとするかつてのオーストリア=ハンガリーの諸国家のプロレタリアート中の革命的分子、スウェーデンの左派社会民主党、ノルウェーの社会民主主義者、スイスとイタリアの革命的社会民主主義者、イギリスのマクリーン、アメリカのデブス、フランスのロリオの同志達を、自己の同志とみている。第三インターナショナルは、この人々の形ですでに存在し、世界革命の先頭に立っている。戦争中いつもリープクネヒトを褒めそやし、シャイデマン一派に厳しい非難を浴びせていた協商諸国の社会帝国主義者が、今や後者と連合し、リープクネヒトとは絶縁しているこのとき、万国の共産主義者は、世界的な革命的任務を基盤として自分達がしっかりと団結することこそ、革命を首尾よく発展させるための必要条件だと考えている。現在、この革命にとって最も危険な敵は、社会裏切者の黄色インターナショナルである。資本主義は、この黄色インタナショナルの仲立ちによって、労働者階級の大きな部分を今なお自己の影響下に引き留めておくことに成功している。プロレタリアートにとって、権力への道は、語り者、社会裏切者との非妥協的な闘争を通じて続いているのである。

 

一九一八年一二月二四日
ロシア共産党(ボリシェヴィキ)中央委員会


 
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