実在性に乏しいといわれる安寧天皇、どこまでわかっているのか

 

安寧天皇

安寧天皇は、欠史八代の1人で実在性に乏しいといわれています。
それは、『古事記』や『日本書紀』にも事績らしい記述がされていないことが原因です。

 

ここでは、安寧天皇のわかっている範囲の人物像についてご紹介します。

 

 

 

安寧天皇という人物

安寧天皇の「安寧」は、漢風諡号として後に贈られた諡(おくりな)です。

 

そのため、
『日本書紀』では、磯城津彦玉手看天皇(しきつひこたまてみのすめらみこと)
『古事記』では、師木津日子玉手見命(しきつひこたまてみのみこと)
といいます。
これを和風諡号として漢風諡号と区別されます。

 

誕生

安寧天皇の誕生について、『日本書紀』と『古事記』で異なっています。

 

『日本書紀』では、綏靖天皇と五十鈴依媛命(いすずよりひめのみこと)との間に綏靖天皇五年の年に誕生しました。
 五十鈴依媛命は、事代主神(ことしろぬしのかみ)の娘です。

 

『古事記』では、綏靖天皇と河俣毘売(かわまたびめ)との間に誕生しています。
 河俣毘売は、師木県主(しきのあがたぬし)の祖です。

 

皇太子

安寧天皇は、綏靖天皇二十五年の年に皇太子となりました。

 

即位

安寧天皇は、綏靖天皇三十三年の年に、父である綏靖天皇の崩御に伴って即位します。
そして都を、葛城高丘宮(かずらきたかおかのみや)から片塩浮孔宮(かたしおうきあなのみや)に移しました。

 

 

治世

皇后

安寧天皇三年に、皇后を迎えます。
これも「『日本書紀』と『古事記』で異なっています。

 

『日本書紀』では、事代主神の孫である鴨王(かものきみ)の娘である渟名底仲媛命(ぬなそこなかつひめのみこと)を皇后に迎えます。

 

『古事記』では、師木県主波延(しきのあがたぬしはえ)の娘である阿久斗比売(あくとひめ)を皇后に迎えています。

 

皇子

安寧天皇の皇子が『日本書紀』と『古事記』で異なります。

 

第1皇子は、『日本書紀』では息石耳命(おきそみみのみこと)ですが、『古事記』では常根津日子伊呂泥命(とこねつひこいろねのみこと)に代わっています。

 

第2皇子は、大日本彦耜友尊(おおやまとひこすきとものみこと)で、後の懿徳天皇です。
 『古事記』では、大倭日子?友命(おおやまとひこすきとものみこと)という字です。

 

第3皇子として、『日本書紀』では磯城津彦命(しきつひこのみこと)、『古事記』では師木津日子命(しきつひこのみこと)が生まれています。

 

『日本書紀』の磯城津彦命は、猪使連(いつかいのむらじ)の祖です。

 

『古事記』の師木津日子命は、2人の子がいて、その1人は、伊賀の須知(すち)の稲置(いなき)、那婆理(なばり)の稲置、三野の稲置の祖として名前が出てきていません。
もう1人は、和知都美命(わちつみのみこと)で、淡道(あわじ)の御井宮(みいのみや)にいました。
娘が2人いて、姉を蠅伊呂泥(はへいろね)またの名を意富夜麻登久邇阿札比売(おほやまとくにあれひめのみこと)といい、妹を蠅伊呂杼(はへいろど)といいます。

 

崩御

安寧天皇三十八年に崩御し、陵墓は現在、橿原市吉田町にある畝傍山西南御陰井上陵(うねびやまのひつじさるのみほどのいのえのみささぎ)に擬されています。

 

 

安寧天皇の略歴

磯城津彦玉手看天皇(しきつひこたまてみのすめらみこと)(『日本書紀』)
師木津日子玉手見命(しきつひこたまてみのみこと)(『古事記』)

 

綏靖天皇

 

五十鈴依媛命(いすずよりひめのみこと)(『日本書紀』)
河俣毘売(かわまたびめ)(『古事記』)

 

略歴

誕生:綏靖天皇5年
立太子:綏靖天皇25年1月7日
即位:綏靖天皇33年7月3日
崩御:安寧天皇38年12月6日

 

后妃・皇子女

皇后:
渟名底仲媛命(ぬなそこなかつひめのみこと)(『日本書紀』)
阿久斗比売(あくとひめ)(『古事記』)
 息石耳命(おきそみみのみこと)(『日本書紀』)、常根津日子伊呂泥命(とこねつひこいろねのみこと)(『古事記』)
 大日本彦耜友尊(おおやまとひこすきとものみこと)
 磯城津彦命(しきつひこのみこと)(『日本書紀』)、師木津日子命(しきつひこのみこと)(『古事記』)

 

畝傍山西南御陰井上陵(うねびやまのひつじさるのみほどのいのえのみささぎ)

 

年譜

綏靖天皇5年 誕生
綏靖天皇25年 立太子
綏靖天皇33年 即位
安寧天皇2年 片塩浮孔宮に遷都
安寧天皇3年 渟名底仲媛命を立后
安寧天皇11年 大日本彦耜友尊を立太子
安寧天皇38年 崩御

 

 

この記事で学べること

いかがだったでしょうか。

 

事績らしきものはまったくなく、ただ略歴を並べたものしかありません。

 

これも「安寧」という諡号が示すように倭国は安寧だったのかもしれません。

 

この記事のおすすめ本

令和新修 歴代天皇・年号事典(米田 雄介)

歴代天皇総覧 皇位はどう継承されたか(中公新書)(笠原 英彦)


 
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