実在性に乏しいといわれる懿徳天皇、どこまでわかっているのか

 

懿徳天皇

懿徳天皇は、欠史八代の1人で実在性に乏しいといわれています。
それは、『古事記』や『日本書紀』にも事績らしい記述がされていないことが原因です。

 

ここでは、懿徳天皇のわかっている範囲の人物像についてご紹介します。

 

 

 

懿徳天皇という人物

懿徳天皇の「懿徳」は、漢風諡号として後に贈られた諡(おくりな)です。

 

そのため、
『日本書紀』では、大日本彦耜友天皇(おおやまとひこすきとものすめらみこと)
『古事記』では、大倭日子?友命(おおやまとひこすきとものみこと)
といいます。
これを和風諡号として漢風諡号と区別されます。

 

誕生

懿徳天皇の誕生について、『日本書紀』と『古事記』で異なっています。

 

『日本書紀』では、安寧天皇と渟名底仲媛命(ぬなそこなかつひめのみこと)との間に綏靖天皇29年の年に誕生しました。
 渟名底仲媛命は、事代主神の孫である鴨王(かものきみ)の娘です。

 

『古事記』では、安寧天皇と阿久斗比売(あくとひめ)との間に誕生しています。
 阿久斗比売は、師木県主波延(しきのあがたぬしはえ)の娘です。

 

皇太子

懿徳天皇は、安寧天皇11年の年に皇太子となりました。

 

即位

懿徳天皇は、安寧天皇38年の年に、父である安寧天皇の崩御に伴って翌懿徳天皇元年に即位します。
そして懿徳天皇2年に都を、片塩浮孔宮(かたしおうきあなのみや)から軽曲峡宮(かるのまがりおのみや)に移しました。

 

 

治世

皇后

懿徳天皇2年に、皇后を迎えます。
これも「『日本書紀』と『古事記』で異なっています。

 

『日本書紀』では、懿徳天皇の兄の息石耳命(おきそみみのみこと)の娘である天豊津媛命(あまとよつひめのみこと)を皇后に迎えます。
 ただし、『日本書紀』の異説として磯城縣主葉江(しきのあがたぬしのはえ)の弟の猪手(いて)の娘の泉媛(いずみひめ)、また別の異説として磯城縣主太眞稚彦(しきのあがたぬしふとまわかひこ)の娘の飯日媛(いいひひめ)があります。

 

『古事記』では、師木県主が祖の賦登麻和訶比売命(ふとまわかひめのみこと)を皇后に迎えています。

 

皇子

懿徳天皇の皇子が『日本書紀』と『古事記』で異なります。

 

第1皇子は、『日本書紀』では観松彦香殖稲尊(みまつひこかえしねのみこと)ですが、『古事記』では御真津日子訶恵志泥命(みまつひこかえしねのみこと)に代わっています。
これが後の孝昭天皇です。

 

第2皇子は、多芸志比古命(たぎしひこのみこと)が『古事記』に出てきますが、『日本書紀』の異説として武石彦奇友背命(たけしひこくしともせのみこと)が出てくるため、これが対応していると考えられます。
 『古事記』の多芸志比古命は、血沼之別(ちぬのわけ)、多遅麻竹別(たじまのたけのわけ)、葦井稲置(あしいのいなき)の祖です。

 

崩御

懿徳天皇34年に崩御し、陵墓は現在、奈良県橿原市西池尻町にある畝傍山南纖沙溪上陵(うねびやまのみなみのまなごのたにのえのみささぎ)に擬されています。

 

 

懿徳天皇の略歴

大日本彦耜友天皇(おおやまとひこすきとものすめらみこと)(『日本書紀』)
大倭日子?友命(おおやまとひこすきとものみこと)(『古事記』)

 

安寧天皇

 

五十鈴依媛命(いすずよりひめのみこと)(『日本書紀』)
河俣毘売(かわまたびめ)(『古事記』)

 

略歴

誕生:綏靖天皇29年
立太子:安徳天皇11年1月
即位:懿徳天皇元年2月
崩御:懿徳天皇34年9月

 

后妃・皇子女

皇后:
天豊津媛命(あまとよつひめのみこと)(『日本書紀』)
賦登麻和訶比売命(ふとまわかひめのみこと)(『古事記』)
 観松彦香殖稲尊(みまつひこかえしねのみこと)(『日本書紀』)、御真津日子訶恵志泥命(みまつひこかえしねのみこと)(『古事記』)
 多芸志比古命(たぎしひこのみこと)(『日本書紀』)、武石彦奇友背命(たけしひこくしともせのみこと)(『古事記』)

 

畝傍山南纖沙溪上陵(うねびやまのみなみのまなごのたにのえのみささぎ)

 

年譜

綏靖天皇29年 誕生
安徳天皇11年 立太子
懿徳天皇元年 即位
懿徳天皇2年 軽曲峡宮に遷都

天豊津媛命を立后

懿徳天皇22年 観松彦香殖稲尊を立太子
懿徳天皇34年 崩御

 

 

この記事で学べること

いかがだったでしょうか。

 

事績らしきものはまったくなく、ただ略歴を並べたものしかありません。

 

この記事のおすすめ本

令和新修 歴代天皇・年号事典(米田 雄介)

歴代天皇総覧 皇位はどう継承されたか(中公新書)(笠原 英彦)


 
この記事はお役に立ちましたでしょうか。
この記事が誰かの役に立ちそうだと感じて頂けましたら、下のボタンから共有をお願い致します。

    このエントリーをはてなブックマークに追加  

昭和12年学会


ページの先頭へ戻る