実在性に乏しいといわれる孝昭天皇、どこまでわかっているのか

 

孝昭天皇

孝昭天皇は、欠史八代の1人で実在性に乏しいといわれています。
それは、『古事記』や『日本書紀』にも事績らしい記述がされていないことが原因です。

 

ここでは、孝昭天皇のわかっている範囲の人物像についてご紹介します。

 

 

 

孝昭天皇という人物

孝昭天皇の「孝昭」は、漢風諡号として後に贈られた諡(おくりな)です。

 

そのため、
『日本書紀』では、観松彦香殖稲天皇(みまつひこかえしねのすめらみこと)
『古事記』では、御真津日子訶恵志泥命(みまつひこかえしねのみこと)
といいます。
これを和風諡号として漢風諡号と区別されます。

 

誕生

孝昭天皇の誕生について、『日本書紀』と『古事記』で異なっています。

 

『日本書紀』では、懿徳天皇と天豊津媛命(あまとよつひめのみこと)との間に綏靖天皇29年の年に誕生しました。
 天豊津媛命は、懿徳天皇の兄の息石耳命(おきそみみのみこと)の娘です。

 

『古事記』では、懿徳天皇と賦登麻和訶比売命(ふとまわかひめのみこと)との間に誕生しています。
 賦登麻和訶比売命は、師木県主が祖の娘です。

 

皇太子

孝昭天皇は、懿徳天皇22年の年に皇太子となりました。

 

即位

孝昭天皇は、懿徳天皇34年の年に、父である懿徳天皇の崩御に伴って翌孝昭天皇元年に即位します。
そして都を、軽曲峡宮(かるのまがりおのみや)から掖上池心宮(わきのかみけごころのみや)に移しました。

 

 

治世

皇后

孝昭天皇29年に、皇后を迎えます。
これも「『日本書紀』と『古事記』で異なっています。

 

『日本書紀』では、尾張連の遠祖の瀛津世襲(おきつよそ)の妹である世襲足媛(よそたらしひめ)を皇后に迎えます。
 ただし、『日本書紀』の異説として磯城県主葉江(しきのあがたぬしはえ)の娘の渟名城津媛(ぬなきつひめ)、また別の異説として倭国豊秋狹太媛(やまとのくにのとよあきさだひめ)の娘の大井媛(おおいひめ)があります。

 

『古事記』では、尾張連の遠祖の奥津余曾(おきつよそ)の妹である余曾多本毘売命(よそたほびめのみこと)を皇后に迎えています。

 

皇子

孝昭天皇の皇子が『日本書紀』と『古事記』で異なります。

 

第1皇子は、『日本書紀』では天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)ですが、『古事記』では天押帯日子命(あめおしたらしひこのみこと)に代わっています。
 『日本書紀』の天足彦国押人命は、和珥臣(わにのいみ)らの祖です。
 『古事記』の天押帯日子命は、春日臣(かすがのおみ)、大宅臣(おおやけのおみ)、粟田臣(あわたのおみ)、小野臣(おののおみ)、柿本臣(かきのもとのおみ)、壱比韋臣(いちいいのおみ)、大坂臣(おおさかのおみ)、阿那臣(あなのおみ)、多紀臣(たきのおみ)、羽栗臣(はぐりのおみ)、知多臣(ちたのおみ)、牟耶臣(むざのおみ)、都怒山臣(つのやまのおみ)、伊勢飯高君(いせのいいたかのきみ)、壱師君(いちしのきみ)、近淡海国造(ちかつあふみのくにのみやつこ)の祖です。

 

第2皇子は、『日本書紀』では日本足彦国押人尊(やまとたらしひこくにおしひとのみこと)ですが、『古事記』では大倭帯日子国押人命(おおやまとたらしひこくにおしひとのみこと)に代わっています。これが後の孝安天皇です。

 

崩御

孝昭天皇83年に崩御し、陵墓は現在、奈良県御所市大字三室にある掖上博多山上陵(わきのかみのはかたのやまのえのみささぎ)に擬されています。

 

 

孝昭天皇の略歴

観松彦香殖稲天皇(みまつひこかえしねのすめらみこと)(『日本書紀』)
御真津日子訶恵志泥命(みまつひこかえしねのみこと)(『古事記』)

 

懿徳天皇

 

天豊津媛命(あまとよつひめのみこと)(『日本書紀』)
賦登麻和訶比売命(ふとまわかひめのみこと)(『古事記』)

 

略歴

誕生:懿徳天皇5年
立太子:懿徳天皇22年2月
即位:孝昭天皇元年1月
崩御:孝昭天皇83年8月

 

后妃・皇子女

皇后:
世襲足媛(よそたらしひめ)(『日本書紀』)
余曾多本毘売命(よそたほびめのみこと)(『古事記』)
 天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)(『日本書紀』)、天押帯日子命(あめおしたらしひこのみこと)(『古事記』)
 日本足彦国押人尊(やまとたらしひこくにおしひとのみこと)(『日本書紀』)、大倭帯日子国押人命(おおやまとたらしひこくにおしひとのみこと)(『古事記』)

 

掖上博多山上陵(わきのかみのはかたのやまのえのみささぎ)

 

年譜

懿徳天皇5年 誕生
懿徳天皇22年年 立太子
孝昭天皇元年 即位

掖上池心宮に遷都

孝昭天皇29年 世襲足媛を立后
孝昭天皇68年 日本足彦国押人尊を立太子
孝昭天皇83年 崩御

 

 

この記事で学べること

いかがだったでしょうか。

 

事績らしきものはまったくなく、ただ略歴を並べたものしかありません。

 

この記事のおすすめ本

令和新修 歴代天皇・年号事典(米田 雄介)

歴代天皇総覧 皇位はどう継承されたか(中公新書)(笠原 英彦)


 
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