伊藤博文が書いた憲法の解釈書、憲法義解の口語訳を読んでみよう

 

憲法義解表紙

伊藤博文を中心に大日本帝国憲法が策定され、枢密院での審議を経たのち、明治22(1889)年2月11日に明治天皇より、公布されることになりました。
その帝国憲法が策定された際に、帝国憲法の条文の根拠や解釈書として憲法義解(けんぽうぎげ)が作られています。

 

また伊藤博文が帝国憲法を作る際に、日本の歴史、伝統、文化を踏まえてその中の大切なものを成文化したものです。
その解釈には、日本の歴史、伝統、文化の要素が多く入っていることから憲法そして憲法典を知る上では読んでおいた方が良い本となります。

 

ここでは、憲法義解の全文を口語訳にしてご紹介します。

 

目次

 

 

憲法義解

憲法義解

密(ひそか)に思うに、皇室典範は
歴聖の遺訓(歴代天皇が遺した教訓)を祖述(受け継ぎ)し、後昆(こうこん、後の世の人)の常軌を垂貽(すいい、推しおくるもの)し、帝国憲法は国家の大経を綱挙し、君民の分義を明確す。意義精確、炳(明らか)としての日星の如く、文理深奥、辞の賛すべきなし。これ皆宏謀遠献、一に聖裁によるものなり。博文密かに僚属を供に研磨考究するの途、録して筆記と為し、稿を易(判り易く)へ、繕写(ぜんしゃ)し、名けて義解(ぎげ)という。敢えて大典の註疏(註釈書)と為すにあらず。いささか備考の一に充てむことを冀(こ)うのみ。もしそれ貫穿(かんせん、貫き通す)疏通して、類を推し、義を衍(えん)ずるに至っては、これを後人に望むことあり。而して博文の敢えて企つるところに非ざるなり。
明治二十二年四月 伯爵 伊藤博文謹誌

 

大日本帝国憲法義解

恭(つつしみ)て按ずるに、我が国君民の分義は既に肇造の時に定まる。
中世屡々(しばしば)変乱を経、政綱其の統一を弛(ゆる)べしに、大命維新皇運隆興し、聖詔を渙発(かんぱつ、公布)して立憲の洪献(こういう)を宣べたまい、上元首の大権を統べ、下股肱(ここう)の力を展べ、大臣の輔弼と議会の翼賛とにより、機関各々その所を得て、而して臣民の権利及義務を明にし、益々その幸福を進むることを期せむとす。
これ皆祖宗の遺業に依り、その源を疏(そ、解き明かす)してその流を通ずる者なり。

 

 

第一章 天皇

恭(つつしみ)て按ずるに、天皇の宝祚(ほうそ)は之を祖宗に承け、之を子孫に伝ふ。国家統治権の存する所なり。
而して憲法に殊(とく)に大権を掲げて之を条章に明記するは、憲法に依て新設の義を表するに非ずして、固有の国体は憲法に由って益々強固なることを示すなり。

 

第一条 大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す

(大日本帝国は、万世一系の天皇が統治する)

恭て按ずるに、神祖開国以来、時に盛衰ありといえども、世に治乱ありといえども、皇統一系宝祚の隆は天地と興に窮なし。本条初めに立国の大義を掲げ、我が日本帝国は一系の皇統と相よって終始し、古今永遠にわたり、一ありて二なく、常ありて変なきことを示し、もって君民の関係を万世にあきらかにす。
統治は大位におり、大権を統べて国土及び臣民を治むるなり。古典に天祖の勅を挙げて「瑞穗國是吾子孫可王之地也。宜爾皇孫就而治焉」(瑞穂の国は、是れ、吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるへき地(くに)なり。宣(よろ)しく爾(いまし)皇孫(すめみま)就(ゆ)きて治(しら)せ」と云えり。また神祖を称(とな)えたてまつりて「始御国(はつくにしらす)天皇(すめらみこと)」と言えり。日本武尊の言に「吾者纏向(まきむく)の日代宮(ひしろのみや)の坐(ざし)て大八島国知ろしめす大帯日子淤斯呂和気天皇(おおたらしひこおしろわけのすめらみこと、第12代景行天皇)の御子」とあり。文武天皇即位の詔に、「天皇か御子のあれまさむ彌(や)継継(つぎつぎ)に大八島国知らさむ次」とのたまい、また「天下を調へたまひ公民(おおみたから)を恵みたまひ撫(な)てたまはむ」とのたまえり。
世々の天皇皆この義を経て伝国の大訓としたまはざるはなく、その後「御(しろしめす)大八洲天皇」というをもって詔書の例式とはなされたり。いわゆる『シラス』とは即ち統治の義にほかならず。けだし祖宗その天職を重んじ、君主の徳は八洲臣民を統治するにあって一人一家に享奉するの私事に非ざることを示されたり。これ即ち憲法の拡てもってその基礎となす所なり。
我が帝国の版図、古に大八島といえるは淡路島(即ち今の淡路)・秋津島(即ち本島)・伊予の二名(ふたな)島(即ち四国)・筑紫島(即ち九州)・壱岐島・津島(津島即ち対馬)・隠岐・佐渡島をいえること古典にのせたり。景行天皇東蝦夷を征し、西熊襲(くまそ)を平らげ、疆土(国土)大に定まる。推古天皇のとき、百八十余の国造(くにのみやつこ)あり。延喜式に至り六十六国及び二島の区画をのせたり。明治元年陸奥出羽の二国を分かち七国とす。二年北海道に十一国を置く。これにおいて全国合わせて八十四国とす。現在の疆土は実に古のいわゆる大八島・延喜式六十六国及び各島・並びに北海道・沖縄諸島及び小笠原諸島とす。けだし土地と人民とは国のもって成立するところの元質(根本)にして、一定の疆土はもって一定の邦国をなし、而して一定の憲章その間に行わる。故に一国は一個人の如く、一国の疆土は一個人の体躯の如く、もって統一完全の版図をなす。

 

第二条 皇位は皇室典範の定むる所に依り皇男子孫之を継承す

(皇位は皇室典範の定めに従い、皇統の男系男子が継承する)

恭(つつしみ)て按ずるに、皇位の継承は祖宗以来既に明訓あり。もって皇子孫に伝え、万世易(やす)ふることなし。もしそれ継承の順序に至っては、新に勅定するところの皇位継承においてこれを鮮明にし、もって皇室の家法とし、さらに憲法の条章にこれを掲ぐることを用いざるは、将来に臣民の干渉を容れざることを示すなり。
皇男子孫とは祖宗の皇統における男系の男子をいう。この文皇室典範第1条と詳略相形(あら)はす。

 

第三条 天皇は神聖にして侵すへからす

(天皇は神聖であり侵してはならない)

恭て按ずるに、天地剖叛(ほんはん、分かれて)して神聖位を正す(神代紀)。
けだし天皇は天縦惟神(てんしょうういしん)至聖にして臣民群類の表にあり、欽仰(きんぎょう)すべくして干犯すべからず。
故に君主は固(もと)より法律を敬重せざるべからず。
而して法律は君主を責問するの力を有せず。
独り不敬をもってその身体を干涜(かんどく)すべからざるのみならず、併せて指斥(しせき)言議の外(ほか)にある者とす。

 

第四条 天皇は国の元首にして統治権を総攬し此の憲法の条規に依り之を行ふ

(天皇は国の元首であり、統治権をすべて掌握し、この憲法の条文により統治を行う)

恭て按ずるに、統治の大権は天皇これを祖宗に承け、これを子孫に伝う。
立法・行政百揆のこと、およそもって国家に臨御し、臣民を綏撫(すいぶ、慰めいたわる)するところの者、一に皆これを至尊に総べてその綱領を攬(と)らざることなきは、譬(たと)へば、人身の四支百骸ありて、而して精神の経絡(けいらく)は総て皆その本源を首脳に取るが如きなり。
故に大政の統一ならざるべからざるは、宛も人心のニ三なるべからざるか如し。
ただし、憲法を親裁してもって君民共に守るの大典とし、その条規に遵由して愆(あやま)らず遺(わす)れざるの盛意を明かにしたまふは、即ち、自ら天職を重んじて世運と共に永遠の規模を大成する者なり。
けだし統治権を総攬するは主権の体なり。憲法の条規によりこれを行ふは主権の用なり。
体有りて用無けれはこれを専制に失う。用有りて体無けれはこれを散慢に失う。
(附記)欧州輓近(ばんきん、近頃)政理を論する者の説に曰く、国家の大権大別して二となす。曰く、立法権・行政権。
而して司法の権は実に行政権の支派たり。
三権各々その機関の補翼によりこれを行うこと一に皆元首に淵源す。
けだし国家の大権はこれを国家の覚性たる元首に総べざれば、もってその生機を有(たも)つこと能はざるなり。
憲法は即ち国家の各部機関に向て適当なる定分を与へ、その経絡機能を有たしむる者にして、君主は憲法の条規によりてその天職を行う者なり。
故に彼のローマに行はれたる無限権勢の説は固より立憲の主義に非ず。
而して西暦第十八世紀の末に行はれたる三権分立して君主はとくに行政権を執るの説の如きは、また国家の正当なる解義を謬る者なり、と。
この説は我が憲法の主義と相発揮するに足る者あるを以て、ここにこれを附記してもって参考に当つ。

 

第五条 天皇は帝国議会の協賛を以て立法権を行ふ

(天皇は帝国議会の協賛により立法権を行使する)

恭(つつしみ)て按ずるに、立法は天皇の大権に属し、而してこれを行うは必ず議会の協賛による。
天皇は内閣をして起草せしめ、或(あるい)は議会の提案により、両院の同意を経るの後これを裁可して始めて法律を成す。
故に至尊は独り行政の中枢たるのみならず、また立法の淵源たり。
(附記)これを欧州に参考するに、百年以来偏理の論一たび時変と投合し、立法のことをもって主として議会の権に帰し、或は法律をもって上下の約束とし、君民共同のこととするの重点に傾向したるは、要するに主権統一の大義を誤る者たることを免れず。
我が建国の体に在て国権の出(い)づるところ一にして二ならざるは、、譬(たと)へば主一の意思はもって能く百骸を指使すべきが如し。
而して議会の設はもって元首を助けてその機能を全くし、国家の意思をして精錬強健ならしむるの効用を見むとするに外ならず。
けだし立法の大権は固より天皇の総ぶるところにして、議会は即ち協翼参賛の任に居る。
本末の間儼然(げんぜん)として紊(みだ、乱)るべからざる者なり。

 

第六条 天皇は法律を裁可し其の公布及執行を命す

(天皇は法律を裁可して、その公布と執行を命じる)

恭て按ずるに、法律を裁可し、式により公布せしめ、及執行の処分を宣命す。
裁可はもって立法のことを完結し、公布はもって臣民遵行の効力を生ず。
これ皆至尊の大権なり。
裁可の権既に至尊に属するときは、その裁可せざるの権はこれに従ふこと言はずして知るべきなり。
裁可は天皇の立法における大権の発動する所なり。
故に議会の協賛を経といえども、裁可なければ法律を成さず。
けだし古言に法を訓(よ)みて宣(のり)とす。播磨風土記に云ふ。
「大法(おほのり)山(今名勝部岡)品太(ほむだ)の天皇(すめらみこと、応神天皇)この山於、大法(おほのり)を宣(のりたまふ)大法山故曰く」と。
言語は古伝遺俗を徴明するの一大資料たり。
而して法律は即ち王言なることは、古人既に一定の釈義ありて謬(あやま)らざりしなり。
(附記)これを欧州に参考するに、君主法案の成議を拒むの権を論ずる者その説一に非ず。
英国においてはこれをもって君主の立法権に属し、三体(君主及上院下院を云ふ)平衡の兆証とし、仏国の学者はこれをもって行政の立法に対する節制の権とす。
抑々(そもそも)彼のいわゆる拒否の権は消極をもって主義とし、法を立つる者は議会にしてこれを拒否する者は君主たり。
これ或は君主の大権をもって行政の一偏に限局し、或は君主をして立法の一部分を占領せしむるの論理に出づる者なるに過ぎず。
我が憲法は法律は必ず王命によるの積極の主義を取る者なり。
故に裁可によって始めて法律を成す。夫(そ)れ唯王命による。故に従て裁可せざるの権あり。
これ彼の拒否の権とその跡相似てその実は霄壌(しょうじょう、天と地)の別ある者なり。

 

第七条 天皇は帝国議会を召集し其の開会閉会停会及衆議院の解散を命す

(天皇は帝国議会を召集し、その開会、閉会、停会及び衆議院の解散を命じる)

恭て按ずるに、議会を召集するは専ら至尊の大権に属す。
召集によらずして議院自ら集会するは憲法の認むるところに非ず。
而してその議する所のこと総(すべ)て効力なき者とす。
召集の後、議会を開閉し、両院の始終を制するは亦(また)均く至尊の大権による。
開会の初天皇親ら議会に臨み、または特命勅使を派して勅語を伝へしむるを式とし、而して議会の議事を開始するは必ずその後に於(おい)てす。
開会の前、閉会の後に於て議事をなす者は総て無効とす。
停会は議会の議事を中絶せしむるの謂なり。有期の停会はその期を経て再び会議を継続す。
衆議院を解散するは更に新選の議院に向て興論の属するところを問ふ所以(ゆえん)なり。
此(ここ)に貴族院を謂はざるは、貴族院は停会すべくして解散すべからざればなり。

 

第八条 天皇は公共の安全を保持し又は其の災厄を避くる為緊急の必要に由り帝国議会閉会の場合に於て法律に代るへき勅令を発す

 此の勅令は次の会期に於て帝国議会に提出すへし若議会に於て承諾せさるときは政府は将来に向て其の効力を失ふことを公布すへし

(天皇は、公共の安全を保持し、または災厄を避けるため緊急の必要によって、帝国議会が閉会中の場合に法律に代わる勅令を発する

 この勅令は、次の会期に帝国議会に提出しなければならない。もし、議会において承認されなければ、政府は将来に向かって効力を失うことを公布しなければならない)


恭(つつしみ)て按ずるに、国家一旦急迫のことあるに臨み、または国民凶荒癘疫(きょうこうれいえき)及その他の災害あるに当て、公共の安全を保ち、その災厄を予防救済する為に、力の及ぶところを極めて必要の虚分を施さざることを得ず。
此(こ)の時に於(おい)て議会偶々(たまたま)開会の期に在らざるに当ては、政府は進んでその責を執り、勅令を発して法律に代へ、遺計無(なか)らしむるは国家自衛及保護の道に於て固より己(や)むを得ざるに出る者なり。
故に前第五条に於て立法権の行用は議会の協賛を経と云へるはその常(じょう)を示すなり。
本条に勅令をもって法律に代ふることを許すは、緊急時機の為に除−外−例を示すなり。
これを緊急命令の権とす。
抑々(そもそも)緊急命令の権は憲法の許すところにしてまた憲法の尤(もっとも)濫用を戒むるところなり。
憲法は公共の安全を保持しまたは災厄を避くる為の緊急なる必要に限り、此の特権を用いることを許し、而して利益を保護し幸福を増進するの通常の理由に因(よ)りこれを濫用することを許さず。
故に緊急命令はそのこれを発するに当て本条に準拠することを宣告するを式とすべきなり。
若(もし)政府にして此の特権に託し、容易に議会の公議を回避するの方便となし、またもって容易に規定の法律を破壊するに至ることあらば、憲法の条規は亦(また)空文に帰し、一も臣民の為に保障を為すこと能はさらんとす。
故に本条は議会を以て此の特権の監督者たらしめ、緊急命令を事後に検査してこれを承認せしむへきことを定めたり。
本条は憲法中に於て疑問尤多き者とす。
今逐一問目(もんもく)を設けてもってこれを解釈せむとす。
第一。此の勅令はもって法律の曠缺(こうけつ、欠けている)を補充するに止まるか、または現行の法律を停止し、変更し、廃止することを得るか。
曰く。此の勅令は既に憲法により法律に代わるの力を有するときは、およそ法律の為すことを得るのことは皆此の勅令の為すことを得るところたり。
ただし、次の会期に於て議会若(もし)これを承諾せざるときは、政府は此の勅令の効力を失ふことを公布すると同時に、その廃止または変更したるところの法律は総てその舊(きゅう、旧)に復すべきなり。
第二。議会にして此の勅令を承諾するときはその効力は如何。
曰く。さらに公布を待たずして勅令は将来に法律の効力を継続すべきなり。
第三。議会にして此の勅令の承諾を拒むときは、政府はさらに将来に効力を失ふの旨を公布するの義務を負ふは何ぞ乎(かな)。
曰く。公布によって始めて人民遵由の義務を解けばなり。
第四。議会は何の理由によりその承諾を拒むことを得べきや。
曰く。此の勅令の憲法に矛盾しまたは本条に掲げたる要件を欠きたることを発見したるとき、またはその他の立法上の意見により承諾を拒むことを得べし。
第五。此の勅令にして政府若次の会期に於てこれを議会に提出せざるとき、或は議会その承諾を拒むの後、政府に於て仍(なお)廃止の令を発せざるときは如何。
曰く。政府は憲法違反の責を負ふべきなり。
第六。議会若承諾を拒むときは前日に泝(さかのぼ)り勅令の効力を取消すことを求むることを得るか。
曰く。憲法既に君主の緊急命令を発してもって法律に代ふることを許したるときは、その勅令の成存するの日はその効力を有すべきは固より当然たり。
故に議会これを承諾せざるときは、単に将来に法律として継続の効力を有することを拒むことを得。
而してこれを過去に及ぼすことを得ざるなり。
第七。議会は勅令を修正してもってこれを承諾することを得べきか。
曰く。本条の正文に依れば、議会はこれを承諾しまたは承諾せざるの二塗の一を取ることを得。
而してこれを修正することを得ざるなり。

 

第九条 天皇は法律を執行する為に又は公共の安寧秩序を保持し及臣民の幸福を増進する為に必要なる命令を発し又は発せしむ但し命令を以て法律を変更することを得す

(天皇は、法律を執行するため、または公共の安全や秩序を保持し、臣民の幸福を増進するために、必要な命令を発し、出させることができる。ただし、命令によって法律を変更することはできない)

恭て按ずるに、本条は行政命令の大権を掲ぐるなり。けだし法律は必ず議会の協賛を経、而して命令は専ら天皇の裁定に出づ。命令のよって発するところの目的ニあり。
一に曰く。法律を執行する為の処分並に詳節を規程す。
ニに曰く。公共の安定秩序を保持し及臣民の幸福を増進する為の必要に於てす。
此れ皆至尊行政の大権に依り、立法の軌轍(きてつ)に由らずして一般遵由の条規を設くることを得る者なり。
けだし法律と命令とは均く臣民に遵守し義務を負はしむる者なり。
但し、法律はもって命令を変更することを得べく、命令はもって法律を変更することを得ず。
若(もし)両々相矛盾するのことあるに至れば、法律は常に命令の上に効力を有すべきなり。
命令は均く至尊の大権に由る。而してその勅裁に出て親署を経る者これを勅命とす。
その他閣省の命令は皆天皇大権の委任に由る。
本条に命令を発し又は発せしむと謂へるは、此の両般の命令を兼ねてこれを指言するなり。
前条に掲げたる緊急命令はもって法律に代はることを得。
本条に掲ぐる行政命令はもって法律の範囲の内に処分し、または法律の曠闕(こうけつ)を補充することを得るも、法律を変更し、及憲法にとくに掲げて法律を要するところの事件を規定することを得ず。
行政命令は常に用いるところにして、緊急命令は変に処する所なり。
(附記)これを欧州に参考にするに、命令の区域を論ずる者その主義一ならず。
第一に、仏国・白国(ベルギー)の憲法は命令の区域をもって専ら法律を執行するに止め、而して普国(プロイセン)の憲法亦(また)これに模倣したるは、君主行政の大権を狭局の範囲の内に制限するの謬(ご)見たることを免れず。
けだしいわゆる行政は固より法律の条則を執行するに止まらず。
何となれば、法律は普通準縄(じゅんじょう)の為にその大則を定むるの能力ありて、而して萬殊(ばんしゅ、様々な)事物の活動に対し逐一に其の権宜(けんぎ)を指示すること能はざるは、宛ても一個人の予定せる心志はもって行動の方嚮(ほうこう、方向)を指導すべしといえども、変化窮(きわま)りなきの事諸(じしょ)に順応してその機宜を愆(あやま)らざるは、また必ず臨時の思慮を要するが如し。
若行政にして法律を執行するの限閾(げんよく)に止まらしめば、国家は法律の曠闕(こうけつ)なる地に於てはその当然の職を尽すに由なからむとす。
故に命令は独り執行の作用に止まらずして、また時宜の必要に応じ、その固有の意志を発動することあるものなり。
第二に、法理を論ずる者安寧秩序を保持するをもって行政命令の唯一の目的とする者あるは、此れ亦行政の区域を定むるに適当なる釈義を欠く者なり。
けだし、古欧陸各国政府は安定を保持するをもって最大職任とし、その内治に於けるは一に苟簡(こうかん)をもって主と為したりしに、人文漸く開け、政治益々進むに及て、始めて経済及教育の方法に依り、人民の生活及知識を発達せしめ、その幸福を増進するの必要を発見するに至れり。
故に行政命令の目的は独り警察の消極手段に止まらずして、さらに一歩進め、経済上国民の生活を富殖し、教育上その知識を開発するの積極手段を取ることを務めざるべからざるなり。
ただし、行政は固より各人の法律上の自由を干(おか)すべからず。
その適当なる範囲に於て勧導扶掖(かんどうふえき)してその発達を喚起すべきなり。
行政は固より法律の既に制定せる限界を離れずして、法律を保護し、もって国家の職を当然の区域の内に尽すべきなり。

 

第十条 天皇は行政各部の官制及文武官の俸給を定め及文武官を任免す但し此の憲法又は他の法律に特例を掲けたるものは各々其の条項に依る

(天皇は、行政の各組織の制度や文武官の給与を定め、文武官を任免する。ただし、この憲法、または他の法律で特例を既定した場合は、その条項に従う)

恭(つつしみ)て按ずるに、至尊は建国の必要により、行政各部の官局を設置し、その適当なる組織及職権を定め、文武の材能(さいのう)を任用し、及これを罷免するの大権を執る。
これを上古に考ふるに、神武天皇大業を定め、国造(くにのみやつこ)・県主(あがたぬし)を置く。
これを立官の始めて史乗に見ゆる者とす。孝徳天皇八省を置き、職官大に備はる。
維新の初、大宝の旧により増損する所あり。その後屡々(しばしば)更張を経、官制及俸給の制を定めらる。而して大臣は天皇の親く任免する所たり。
勅任以下高等官は大臣の上奏に由り裁可して之を任免す。
均く皆至尊の大命に出(いで)ざるはあらず。
ただし、裁判所及会計検査院の構成は勅令によらずして法律をもってこれを定め、裁判官の罷免は裁判によりこれを行ふは、これ憲法及法律の掲ぐる所の特例によるものなり。
官を分ち職を設くること既に王者の大権に属するときは俸禄を給与すること亦(また)従てこれに附属すべきなり。
(附記)これを独逸の史乗に考(ふ)るに、昔時、官吏の任免は専ら君主及長官の随意に任せたりしに、第十七世紀に及て帝国大裁判所の裁判官は裁判によらざればその官を免ずること能はずとなし、この原則を帝国参事官にも適用したり。
その後第十八世紀に至りて行政官吏の任職も亦その確定権利に属するの説行はれ、往々各国法律の採用する所となりたりしに、第十九世紀の初に及て、官吏は俸給に就き確定の権利を有すといえども、その職に就きこれを有することなし、故に俸給または恩給を与へてその職を免ずるは行政上の処分をもって足れりとすとの主義を論ずる者あり。
この論理は首に巴威倫(バイエルン)の官吏の職制法の掲ぐる所となり、政府は懲戒裁判によらずして行政上の便宜により、官吏の官階及官階俸を存してその職務及職務俸及職服を解くことを得せしめたり(千八百十八年法)。
独り英国は独逸各国と固よりその例を殊にし、或る一部の官吏を除く外は、君主は随意に文武官を任免するの特権あるものとすること今仍(なお)古の如きなり。

 

第十一条 天皇は陸海軍を統帥す

(天皇は、陸海軍の最高指揮権をもつ)

恭て按ずるに、太祖実に神武をもって帝国を肇造(ていぞう)し、物部(もののべ)・靱負部(ゆきえべ)・来目部(くるめべ)を統率し、嗣後(しご、その後)歴代の天子‐内外事あれば自ら元戎(けんじゅう、連弩のようなもの)を帥(ひき)い、征討の労を親らし、或は皇子・皇孫をして代り行かしめ、而して臣連(おみむらじ)二造はその褊裨(へんぴ、高位の将官)たり。
天武天皇兵政官長(つはもののつかさのかみ)を置き、文武天皇大に軍令を修め、三軍を総ぶるごとに大将軍一人あり。大将の出征には必ず節刀(せっとう)を授く。
兵馬の権は仍朝廷に在り。その後兵柄(へいへい)一たび部門に帰して政綱従て衰へたり。
今上(明治天皇)中興の初、親征の詔を発し、大権を総覧し、爾来(じらい)兵制を釐革(りかく、改革)し、積弊を洗除し、帷幕の本部を設け、自ら陸海軍を総へたまふ。
而して祖宗の耿光(こうこう)遺列再び其の旧に復することを得たり。
本条は兵馬の統一は至尊の大権にして、専ら帷幄(いあく)の大令に属することを示すなり。

 

第十二条 天皇は陸海軍の編制及常備兵額を定む

(天皇は、陸海軍の編成及び予算を定める)

恭て按ずるに、本条は陸海軍の編制及常備兵額もまた天皇の親裁する所なることを示す。
これ固より責任大臣の輔翼によるといえども、また帷幄の軍令と均く、至尊の大権に属すべくして、而して議会の干渉を須(ま)たざるべきなり。
いわゆる編制の大権は、これを細言すれば、軍隊艦隊の編制及管区方面より兵器の備用、給与、軍人の教育、検閲、紀律、礼式、服制、衛戍、城塞、及海防、守港並に出師準備の類、皆その中に在るなり。常備兵額を定むと謂ふときは毎年の微員を定むること亦その中に在るなり。

 

第十三条 天皇は戦を宣し和を講し及諸般の条約を締結す

(天皇は、宣戦を布告し、講和を結び、その他の条約を締結する)

恭て按ずるに、外国と交戦を宣告し、和親を講盟し、及条約を締結するのことは総て至尊の大権に属し、議会の参賛を仮(いつわ)らず。これ一は君主は外国に対し国家を代表する主権の統一を欲し、ニは和戦及条約のことは専ら時機に応じ籌謀(ちゅうぼう)迅速なるを尚(たっと)ぶによるなり。
諸般の条約とは和親・貿易及連盟の約を謂ふなり。
(附記)欧州の旧例によるに、中古各国の君主は往々外交のことを親らし、英国「ウィリアム」三世の如きは躬(みずから)外務長官の任に当り、当時の人その尤(もっとも)外交事務に長じたることを称賛したり。
近時立憲の主義漸くに進歩を加ふるに及て、各国外交の事務亦責任者宰相の管掌に属し、君主はその輔翼に倚(よ)りてこれを行ふこと他の行政事務と一般なるに至れり。
那破列翁(ナポレオン)仏国の執権たりし時、両国講和の文函(ぶんこ)を作り、直に英国の君主贈りしに、英国はその書を受けて而して外務執政の書をもってこれに答へたり。
今日国際法に於て、慶弔の親書を除く外、各国交際条約のこと総て皆執政大臣を経由するは列国の是認する所なり。
本条の掲ぐる所は専ら議会の関渉(かんしょう)によらずして天皇その大臣の輔翼により外交事務を行ふを謂うなり。

 

第十四条 天皇は戒厳を宣告す

 戒厳の要件及効力は法律を以て之を定む

(天皇は戒厳を宣告する

 戒厳の要件及び効力は法律によって定める)


恭(つつしみ)て按ずるに、戒厳は外敵内変の時機に臨み、常法を停止し、司法及び行政の一部を挙げてこれを軍法に委ぬる者なり。
本条は戒厳の要件及効力をもって法律の定むる所とし、その法律の条項に準拠して時に臨てこれを宣告しまたはその宣告を解くはこれを至尊の大権に帰したり。
要件とは戒厳を宣告するの時機及区域に於ける必要なる限局及宣告する為の必要なる規程を謂ふ。
効力とは戒厳を宣告するの結果により権力の及ぶ所の限界を謂う。
合囲(ごうい、戒厳令の戒厳地)の地に在て戦権を施行し臨時戒厳を宣告するはこれをその地の司令官に委ね、処分して後に上甲することを許す。これ法律に於て便宜に至尊の大権を将師に委任する者なり。(十五年三十六号布告)

 

第十五条 天皇は爵位勲章及其の他の栄典を授与す

(天皇は、爵位、勲章及びその他の栄典を授与する)

恭て按ずるに、至尊は栄誉の源泉なり。けだし功を賞し労を酬い、及卓行善挙を表彰し、顕栄の品位・記章及殊典を授興するは専ら至尊の大権に属す。
而して臣子の窃弄(せつろう)を容さざる所なり。我が国太古簡朴の世、加‐婆‐禰(かばね)を以て貴賤の別を為す。
推古天皇始めて冠位十二階を定め、諸臣に頒ち賜ふ。天武天皇定めて四十八階となす。
文武天皇賜冠を停めて易ふるに位記をもってす。大宝令戴する所およそ三十階。
これ今の位階の因(より)て起る所なり。また勲位十二等はもって武功を賞し、及孝弟力田(りょくでん)の人に賜へり。中古以降武門専権の時に当て、賞罰の柄(へい)既に幕府に移るといえども、叙授の儀典は猶(なお)朝廷に属することを失はざりし。
維新の後、明治二年制を定め、一位より九位に至る。
八年勲等賞牌の制を定め、十七年五等爵の制を定む。
これ皆もって賞奨を昭(あきらか)にし、顕栄の大典を示す者なり。

 

第十六条 天皇は大赦特赦減刑及復権を命す

(天皇は、大赦、特赦、減刑及び復権を命令する)

恭て按ずるに、国家既に法廷を設け、法司を置き、正理公道をもって平等に臣民の権利を保護せしむ。
而して猶法律の未だ各般の人事を曲悉(きょくしつ)するに足らずして時ありて犯人事情仍(なお)憫諒(びんりょう、憐れみ)すべき者あり、立法及司法の軌轍(きてつ)遂にもってその闕漏(けつろう、欠け落ちる)に周匝(しゅうそう)なること能(あた)はざらむことを恐る。
故に恩赦の権は至尊慈仁の特典をもって法律の及ばざる所を補済(ほせい)し、一民のその情を得ざる者無(なか)らしめむことを期するなり。
大赦は特別の場合に於て殊例の恩典を施行する者にして、一の種類の犯罪に対しこれを赦すなり。
特赦は一個犯人に対しその刑を赦すなり。
減刑は既に宣告せられたるの刑を減ずるなり。
復権は既に剥奪せられたるの公権を復するなり。

 

第四条(※)以下第十六条に至るまで元首の大権を列挙す。
抑々(そもそも)元首の大権は憲法の正条をもってこれを制限するの外及ばざる所なきこと宛(あたか)も太陽の光線の遮蔽の外に映射せざるところなきが如し。
これ固より遂節叙列するを待ちて始めて存立する者に非ず。
而して憲法の掲ぐる所は既にその大綱を挙げ、またその節目中の要領なる者を羅列してもって標準を示すに過ぎざるのみ。
故に鋳幣(ちゅうへい)の権、度量を定むるの権の如きは一々これを詳にするに及ばず。
そのこれを略するは即ちこれを包括する所なり。

 

※この項はいふまでもなく、第十六条だけの説明ではなくて、大権全般に関するものである。

 

第十七条 摂政を置くは皇室典範の定むる所に依る

 摂政は天皇の名に於て大権を行ふ

(摂政を置くのは、皇室典範の定めるところによる

 摂政は、天皇の名において大権を行使する)


恭て按ずるに、摂政は天皇のことを摂行す。故におよそ至尊の名分を除く外、一切の大政総て天皇の名に於てこれを行ひ、また大政に付きその責に任ぜざること一に天皇に同じ。
ただし、第七十五条の場合に於て制限する所あるのみ。
天皇の名に於てと謂へるは天皇に代てと謂へるの義の如し。
けだし摂政の政令は即ち天皇に代りこれを宣布するなり。
摂政を置くは皇室の家法による。摂政にして王者の大権を総攬するはこと国憲に係る。
故に、後者はこれを憲法に掲げ、前者は皇室典範の定むる所による。蓋し摂政を置くの当否を定るは専ら皇室に属すべくして、而して臣民の容議する所に非ず。
抑々天子違予(いよ)のことありて政治を親らすること能はざるは稀に見る所の変局にして、而して国家動乱の機亦往々この時に伏(ふく)す。
彼の或国に於て両院を召集し両院合会して摂政を設くるの必要を議決することを憲法に掲ぐるが如きは、皇室の大事をもって民議の多数に委ね、皇統の尊厳を干涜(かんとく)するの漸を啓(ひら)く者に近し。
本条摂政を置くの要件を皇室典範に譲りこれを憲法に載せざるは、けだし専ら国体を重んじ、微を防ぎ、漸を慎むなり。

 

 

第二章 臣民権利義務

第二章は第一章に次ぎ臣民の権利及義務を掲ぐ。
けだし祖宗の政は専ら臣民を愛重して名くるに大賓(オオミタカラ)の称をもってしたり。
非常赦の時検非違使佐(けびいしのすけ)、囚徒に仰するの詞に、「為公御財(おおみたからとなして)御調物(みつきもの)備進」といえり(江家次第)。
歴世の天子即位の日は皇親以下天下の人民を集め大詔を宣(のり)たまうの詞に「集侍(うこなわれる)皇子等(みこたち)、王(おおきみ)、臣(おみたち)、百官人等(もものつかさひとたち)天下(あめのしたの)公民(おおみたから)諸々聞食(きこしめさへ)と詔(の)る」とあり。
史臣用いるところの公民の字は即ち『おおみたから』の名称を訳したるなり。
その臣民にあってまた自ら称えて御民という。
天平六年海犬養宿禰岡麻呂(あまのいぬかいのすくねおかまろ)詔に応ずる歌に、「みたみわれ、いける、しるし、あり、あめつちの、さかゆるときに、あえらく、おもえば」といえるこれなり。
けだし上にあっては愛重の意を致し、待つに邦国の賓をもってし、下にあっては大君に服従し自ら視てもって幸福の臣民とす。
これ我が国の典故旧俗に存する者にして、本章に掲ぐるところの臣民の権利義務またこの義に源流するに外ならず。
抑々(そもそも)中古、武門の政、士人と平民との間に等級を分かち、甲者公権を専有して乙者預からざるのみならず、その私権を併せて乙者その享有をまったくすること能(あた)わず。
公民の義、これにおいて減絶して伸びざるに近し。
維新の後、屡々(しばしば)大令を発し、士族の特権を廃し、日本臣民たる者始めて平等にその権利を有しその義務を尽すことを得せしめたり。
本章の戴するところは実に中興の美果を培殖(ばいしょく)し、これを永久に保明する者なり。

 

第十八条 日本臣民たるの要件は法律の定むる所に依る

(日本臣民たる要件は、法律の定めるところによる)

日本臣民とは外国臣民とこれを区別するのいうなり。
日本臣民たる者は各々法律上の公権及私権を享有すべし。
これ臣民たるの要件は法律をもってこれを定むるを必要とする所以(ゆえん)なり。
日本臣民たるに二つの類あり。
第一は出生に因る者。第二は帰化又はその他法律の効力に依る者。
国民の身分は別法の定むるところに依る。
ただし、私権の完全なる享有と及公権は専ら国民の身分に伴随(はんずい)するをもって、特に別法をもってこれを定むるの旨を憲法に掲ぐることを怠らず。
故に別法の掲ぐるところは即ち憲法の指命するところたり。
又憲法における臣民権利義務の由て係属するところたり。
選挙被選の権・任官の権の類、これを公権とす。
公権は憲法又はその他の法律によってこれを認定し、専ら本国人の享有するところとしてこれを外国人に許さざるは各国普通の公法なり。
私権に至ては内外の間に懸絶の区別をなしたるは既に歴史上の往事に属し、今日は一二の例外を除く外、各国大抵外国人をして本国人と同様にこれを享受することを得せしむるの傾向を取りたり。

 

第十九条 日本臣民は法律命令の定むる所の資格に応し均く文武官に任せられ及其の他の公務に就くことを得

(日本臣民は、法律命令の定める資格に応じて、均しく文武官に任命及びその他の公務に就くことが出来る)

文武官に登任し及その他の公務に就くは門閥に拘らず。
これを維新改革の美果の一とす。
往昔門地をもって品流(ひんりゅう)を差別せし時に当ては、官をもって家に属し、族によって職を襲(つ)ぎ、賤類に出る者は才能ありといえども、顕要に登用せらるることを得ず。
維新の後陋習(ろうしゅう)を一洗して門閥の弊を除き、爵位の等級は一も就官の平等たるに妨ぐることなし。
これ乃(すなわち)憲法のこれを本条に保明するところなり。
ただし、法律命令をもって定むるところの相当資格、即ち年齢・納税及試験能力の諸般資格は仍(よって)官職及公務に就くの要件たるのみ。

 

日本臣民は均く文武官に任ぜられ及その他の公務に就くことを得といふときは、特別の規定あるによるの外、外国臣民にこの権利を及ぼさざること知るべきなり。

 

第二十条 日本臣民は法律の定むる所に従ひ兵役の義務を有す

(日本臣民は、法律の定めに従って、兵役に就く義務がある)

日本臣民は日本帝国成立の分子にして、倶(とも)に国の生存独立及光栄を護る者なり。
上古以来我が臣民は事あるに当てその身家の私を犠牲にし本国を防護するをもって丈夫の事とし、忠義の精神は栄誉の感情と倶に人々祖先以来の遺伝に根因し、心肝に浸漸(しんぜん、しだいにしみ込むこと)してもって一般の風気を結成したり。
聖武天皇の詔に曰く。
「大伴佐伯の宿禰は常も云ふごとく、天皇(すめら)が朝(みかど)守り仕へ奉る事顧みなき人等(ひとども)にあれば、汝等(いましたち)の祖(おや)どもの云ひ来らく、『海行かば、みづく屍(かばね)、山行かば草むす屍、王(おおきみ)のへにこそ死なめ、のどには死なじ』と云ひ来る人等(ひとども)となも聞しめす」と。
この歌即ち武臣の相伝へてもって忠武の教育をなせるところなり。
大宝以来軍団の設あり。
海内丁壮(ていそう、働き盛りの男性)兵役に堪ふる者を募る。
持統天皇の時毎国丁四分の一を取れるは即ち徴兵の制の由て始まるところなり。
武門執権の際に至て兵農職を分ち、兵武の事をもって一種族の専業とし、旧制久く失いたりしに、維新の後、明治四年武士の常識を解き、五年古制に基き徴兵の令を頒行(はんこう)し、全国男児二十歳に至る者は陸軍海軍の役に充たしめ、平時毎年の徴員は常備軍の編制に従い、而して十七歳より四十歳迄の人員は尽(ことごと)く国民軍とし、戦時に当り臨時召集するの制としたり。
これ徴兵法の現行するところなり。
本条は法律の定むる所により全国臣民をして兵役に服するの義務を執らしめ、類族門葉(るいぞくもんよう)に拘らず、又一般にその志気身体を併せて平生に教養せしめ、一国雄武の風を保持して将来に失墜せしめざらむことを期するなり。

 

第二十一条 日本臣民は法律の定むる所に従ひ納税の義務を有す

(日本臣民は、法律の定める所により、納税の義務がある)

納税は一国共同生存の必要に供応する者にして、兵役と均く、臣民の国家に対する義務の一たり。
租税は古言に『ちから』という。
民力を輸(いた)すの義なり。
税を課するを『おふす』という。
各人に負はしむるの義なり。
祖宗既に統治の義をもって国に臨みたまい、国庫の費はこれを全国の正供に取る。
租税の法由て来るところ久し。
孝徳天皇租・庸・調の制を行い、維新の後地租の改正を行う。
これを税法の二大変革とす。
その詳なるは志籍に備わるをもって?(ここ)にこれを註明せず。
けだし租税は臣民国家の公費を分担するものにして、徴求に供給する献饋(けんき)の類に非ざるなり。
又承諾に起因する徳澤(とくたく)の報酬に非ざるなり。

 

(附記)仏国の学者はその偏理の見をもって租税の義を論じたり。
千七百八十九年ミラボー氏が仏国人民に向て国費を募るの公文に曰く。
租税は享る所の利益に酬(むく)ゆる代価なり、公共安寧の保護を得むが為の前払なり、と。
エミル・ド・ジラルディン氏は又説を為して曰く。
租税は権利の享受、利益の保護を得るの目的の為に国と名けたる一会社の社員より納むるところの保険料なりと。
これ皆民約の主義に淵源し、納税をもって政府の職務と人民の義務と互相(たがいに)交換するの物とする者にして、その説巧なりといえども、実に千里の謬(あやまり)たることを免れず。
けだし租税は一国の公費にして、一国の分子たる者は均くその共同義務を負うべきなり。
故に臣民は独り現在の政府の為に納税すべきのみならず、又前世過去の負債の為にも納税せざることを得ず。
独り得るところの利益の為に供給すべきのみならず、その利益を享受せざるもまた、これを供給せざることを得ず。
抑々(そもそも)経費はところ及倹省ならむことを欲し、租税は所及薄からむことを欲す。これ固(もと)より政府の本務にして、而して議会の財政を監督し租税を議定するにおける、立憲の要義またこれに外ならず。
然るに若(もし)租税の義務をもってこれを上下相酬の市道なりとし、納税の諾否は専ら享くる所の利益と乗除相関(かかわ)る者とせば、人々自らその胸臆に断定してもって年租を拒むことを得む。
而して国家の成立危始ならざらむことを欲するも得べからざるべし。
近時の論者既に前説の非を弁じて余蘊(ようん、余った部分)なからしめ、而して租税の定義僅(わずか)に帰着するところを得たり。
今その一二を挙ぐるに、曰く。
租税は国家を保持する為に設くる者なり。
政府の職務に酬ゆるの代償に非ず。
何となれば政府と国民との間に契約ありて存せざればなり(仏国フォスタン・エリー氏)。
曰く。国家は租税を賦課するの権あり。
而して臣民はこれを納むるの義務あり。
租税の法律上の理由は臣民の純然たる義務に在り。
国家の本分とその目的とにおいて欠くべからざるの費用あるに従い、国の分子たる臣民はこれを供納せざるべからず。
国民は無形の一体として国家なる自個の職分の為に資需を給すべく、而して各人は従てこれを納めざるべからず。
何となれば、各人は国民の一個分子なればなり。
彼の国民及各個の臣民は国家の外に立ちその財産の保護を受くる為の報酬なりとして租税の義を解釈するは極めて不是なる謬説なりと(独国スタール氏)。これに記してもって参考に充つ。

 

第二十二条 日本臣民は法律の範囲内に於て居住及移転の自由を有す

(日本臣民は、法律の範囲内において居住及び移転の自由がある)

本条は居住及移転の自由を保明す。
封建の時、藩国境を画(かぎ)り、各々関柵を設け、人民互にその本籍の外に居住することを許さず。
並に許可なくして旅行及移転することを得ず。
その自然の運動及営業を束縛して植物とその類を同くせしめたりしに、維新の後廃藩の挙と倶(とも)に居住及移転の自由を認め、凡(およ)そ日本臣民たる者は帝国境内において何れの地を問わず、定住し、借住し、寄留し、及営業するの自由あらしめたり。
而して憲法にその自由を制限するは必ず法律に由り、行政処分の外に在ることを掲げたるは、これを貴重するの意を明にするなり。

 

以下各条は臣民各個の自由及財産の安全を保明す。
けだし法律上の自由は臣民の権利にしてその生活及智識の発達の本源たり。
自由の民は文明の良民としてもって国家の昌栄を翼賛することを得る者なり。
故に立憲の国は皆臣民各個の自由及財産の安全をもって貴重なる権利としてこれを確保せざるはなし。
ただし、自由は秩序ある社会の下に棲息する者なり(※)。
法律は各個人の自由を保護し、又国権の必要より生ずる制限に対してその範囲を分割し、もって両者の間に適当の調和を為す者なり。
而して各個臣民は法律の許す所の区域の中においてその自由を享受し綽然(しゃくぜん)として余裕あることを得べし。
これ乃(すなわ)ち憲法に確保するところの法律上の自由なる者なり。

 

※義解稿本はここで「彼の仏国の権利宣告(人権宣言)にいえるところの天賦の自由は他人の自由に妨げざる限、一の制限を受けざるの説は妄想の空論たるに過ぎず」として、天賦人権説を否定した。

 

第二十三条 日本臣民は法律に依るに非すして逮捕監禁審問処罰を受くることなし

(日本臣民は、法律によることなく、逮捕、監禁、審問及び処罰を受けることはない)

本条は人身の自由を保明す。
逮捕・監禁・審問は法律に載するところの場合に限り、その載するところの規定に従いこれを行うことを得べく、而して又法律の正条によるに非ずして何等の所為に対しても処罰することを得ず。
必ずこれの如くにして然る後に人身の自由、始めて安全なることを得べきなり。
けだし人身の自由は警察及治罪の処分と密接の関係を有し、その間分毫(ぶんごう、わずかな量)の余地を容るること能はず。
一方においては治安を保持し、罪悪を防制し、及検探糾治(けんたんきゅうち)するの必要なる処分をして敏捷強勁ならしむるに拘らず、他の一方においては各人の自由を尊重してその界限を峻厳にし、威権の蹂躙するところたらしめざるは、立憲の制において尤(もっとも)至重の要件とするところなり。
故に警察及司獄官吏法律によらずして人を逮捕し又は監禁し又は苛刻の所為を施したる者はその罰私人より重からしめ(刑法第二百七十八条・第二百七十九条・第二百八十条)、而して審問の方法に居てはまたこれを警察官に委ねずして必ずこれを司法官に訴へしめ、弁護及公開を行い、司法官又は警察官被告人に対し罪状を供述せしむる為に凌虐(りょうぎゃく)を加うる者は重を加えて処断す(刑法第二百八十二条)。
凡そ処罰の法律正条によらざる者は裁判の効なきものとす(治罪法第四百十条・刑法第二条)。
これ皆務めて周匝?密(しゅうそうしんみつ)の意を致してもって臣民を保護する所以(ゆえん)にして、而して拷問及その他中古の断獄は歴史上既住の事蹟として復(また)現時に再生することを得せしめず。
本条更にこれを確保しもって人身の自由をして安固の塗轍(とてつ)に入らしめたり。

 

第二十四条 日本臣民は法律に定めたる裁判官の裁判を受くるの権を奪はるることなし

(日本臣民は、法律に定められた裁判官の裁判を受ける権利を奪われることはない)

本条また各人の権利を保護する為の要件たり。
法律により構成設置するところの裁判官は威権の牽制を受けずして両造の間に衡平を持し、臣民はその孤弱貧賎に拘らず、勢家権門(せいかけんもん、権勢のある門閥や家柄)と曲直を訟廷に争い、検断の官吏に対し情状を弁護することを得べし。
故に憲法は法律に定めたる正当なる裁判官の外に特に臨時の裁判所又は委員を設けて、もって裁判の権限を侵犯し、各人の為にその権利を奪うことを許さず。
而して各人は独立の裁判所に依頼してもって司直の父とすることを得べし。

 

第二十五条 日本臣民は法律に定めたる場合を除く外其の許諾なくして住所に侵入せられ及捜索せらるることなし

(日本臣民は、法律に定められた場合を除き、その許諾なしに住居侵入及び捜索されることはない)

本条は住所の安全を保明す。
けだし家宅は臣民各個安棲の地たり。
故に私人にして家主の承諾なくして他人の住所に侵入することを得ざるのみならず、警察・司法及収税の官吏、民事又は刑事又は行政の処分を問わず、凡て法律に指定したる場合に非ずして、及法律の規程によらずして、臣民の家宅に侵入し又はこれを捜索することあれば、総て憲法の見てもって不法の所為と做(な)すところにして、刑法をもって論ぜらるることを免れざるべきなり(刑法第百七十一条・第百七十二条)。

 

第二十六条 日本臣民は法律に定めたる場合を除く外信書の秘密を侵さるることなし

(日本臣民は、法律で定められた場合を除き、親書の秘密を侵されない)

信書の秘密は近世文明の恵賜(けいし)の一たり。
本条は刑事の検探又は戦時及事変及その他法律の正条をもって指定したる必要の場合の外、信書を開披し又は破毀してもってその秘密を侵すを許さざることを保明す。

 

第二十七条 日本臣民は其の所有権を侵さるることなし

 公益の為必要なる処分は法律の定むる所に依る

(日本臣民は、所有権を侵されない

 公益のために必要な処分は、法律で定めるところによる)


本条は所有権の安全を保明す。
所有権は国家公権の下に存立する者なり。
故に所有権は国権に服属し法律の制限を受けざるべからず。
所有権は固(もと)より不可侵の権にして而して無限の権に非ざるなり。
故に城塁の周囲線一定の距離においてある建築を禁ずるは賠償を要せず。
鉱物は鉱法の管理に属し、山林は山林経済の標準により規定したる条則に由らしめ、鉄道線より一定の距離において樹を植(う)ることを禁じ、墓域より一定の距離において井を鑿(ほ)ることを禁ずるが如きの類、これ皆所有権に制限あるの証徴にして、而して各個人の所有は各個の身体と同く国権に対し服属の義務を負う者なることを認知するに足る者なり。
けだし所有権は私法上の権利にして全国統治の最高権の専ら公法に属する者と牴触するところあるに非ざるなり(欧州において和蘭の『グロティウス』氏その万国公法において君主はその国土に最高所有権を有するの説を唱えたり。近時の国法学者はその意を取り、而して国土主権の義をもって最高所有権の名に換えたり)。

 

上古臣民私地を献じ、罪ありて領地を没官せられ、私地を売り価を索(もと)むるの事史籍に見ゆ。
孝徳天皇大化二年処々の屯倉(みやけ)及田荘(たところ)を廃し、もって兼併の害を除き、而して隋唐の制に倣(なら)い班田の制を行いたりしも、その後所領荘園の幣仍(しきりに)盛に行はれ、従て封建の勢を成し、徳川氏の時に至て農民は概ね領主の佃戸(でんこ)たるに過ぎざりし。
維新の初元年十二月大令を発して村々の地面は総て百姓の持地たるべきことを定めたり。
四年に各藩版籍を奉還して私領の遺物始めて跡を絶ちたり。
五年二月地所永代売買の禁を解き、又地券を発行し、六年三月地所名称の達を発し、公有地私有地の称を設け、七年に私有地を改めて民有地とし、八年に地券に所有の名称を記載したり(地券離形に日本帝国の土地を所有する者は必この券状を有すべし)。
これ皆欧州に在てあるいは兵革を用いて領主の専権を廃棄し、あるいは巨大の金額を用いてもって佃戸の為に権利を償却したる者にして、而して我が国においては各藩の推譲(すいじょう、推薦し地位などを譲ること)によって容易に一般の統治に帰し、もってこれを小民に恵賜することを得たり。
これ実に史籍ありて以来各国にその例を見ざる所にして、中興新政の紀念たる者なり。

 

公共利益の為に必要なるときは各個人民の意向に反してその私産を收用しもって需要に応ぜしむ。
これ即ち全国統治の最高主権に根拠する者にして、而してその條則はこれを法律に属したり。
けだし公益收用処分の要件はその私産に対し相当の補償を付するに在り。
而して必ず法律をもって制定するを要し、命令の範囲の外に在るは、又憲法の証明するところなり。

 

第二十八条 日本臣民は安寧秩序を妨けす及臣民たるの義務に背かさる限に於て信教の自由を有す

(日本臣民は、安寧秩序を乱さず、臣民たる義務に背かない限り、信教の自由を有する)

中古西欧宗教の盛なる、これを内外の政事に混用し、もって流血の禍を致し、而して東方諸国は又厳法峻刑をもってこれを防禁せむと試みたりしに、四百年来信教自由の説始めて萌芽を発し、もって仏国の革命・北米の独立に至り公然の宣告を得、漸次に各国の是認するところとなり、現在各国政府は或(あるい)はその国教を存し或は社会の組織又は教育において仍一派の宗教に偏袒(へんたん)するに拘らず、法律上一般に各人に対し信教の自由を予(あた)えざるはあらず。
而して異宗の人を戮辱(りくじょく)し或は公権私権の享受に向て差別を設くるの陋習(ろうしゅう)は既に史乗過去のこととして(独逸各邦においては千八百四十八年まで仍(しきりに)猶太(ユダヤ)教徒に向て政権を予えざりし)復(また)その跡を留めざるに至れり。
これ乃(すなわ)ち信教の自由はこれを近世文明の一大美果として看ることを得べく、而して人類の尤(もっとも)至貴至重なる本心の自由と正理の伸長は、数百年間沈淪茫昧(ちんりんぼうまい)の境界を経過して、僅かに光輝を発揚するの今日に達したり。
けだし本心の自由は人の内部に存する者にして、固(もと)より国法の干渉する区域の外に在り。
而して国教をもって偏信を強うるは尤も人知自然の発達と学術競進の運歩を障害する者にして、何れの国も政治上の威権を用いてもって教門無形の信依(しんい)を制圧せむとするの権利と機能とを有せざるべし。
本条は実に維新以来取るところの針路に従い、各人無形の権利に向て濶大(かつだい、広く大きいこと)の進路を予えたるなり。

 

ただし、信仰帰依は専ら内部の心識に属すといえども、その更に外部に向いて礼拝・儀式・布教・演説及結社・集会を為すに至ては固より法律又は警察上安定秩序を維持する為の一般の制限に遵はざることを得ず。
而して何等の宗教も神明に奉事する為に法憲の外に立ち、国家に対する臣民の義務を逃るるの権利を有せず。
故に内部における信教の自由は完全にして一の制限を受けず。
而して外部における礼拝・布教の自由は法律規則に対し必要なる制限を受けざるべからず。
及臣民一般の義務に服従せざるべからず。
これ憲法の裁定するところにして政教互相関係するところの界域なり。

 

第二十九条 日本臣民は法律の範囲内に於て言論著作印行集会及結社の自由を有す

(日本臣民は、法律の範囲内において言論、著作、図書の刊行、集会及び結社の自由を有する)

言論・著作・印行・集会・結社は皆政治及社会の上に勢力を行う者にして、而して立憲の国はその変じて罪悪を成し又は治安を妨害する者を除く外総てその自由を予えてもって思想の交通を発達せしめ、且もって人文進化の為に有益なる資料たらしめざるはなし。
ただし、他の一方においてはこれ等の所為は容易に濫用すべき鋭利なる器械たるが故に、これに由て他人の栄誉・権利を傷害し、治安を妨げ、罪悪を教唆するに至ては、法律によりこれを処罰し又は法律をもって委任するところの警察処分によりこれを防制せざることを得ざるは、これまた公共の秩序を保持するの必要に出づる者なり。
ただし、この制限は必ず法律に由り而して命令の区域の外に在り。

 

第三十条 日本臣民は相当の敬礼を守り別に定むる所の規程に従ひ請願を為すことを得

(日本臣民は、敬意と礼節を守り、別に定めた規定に従って、請願することができる)

請願の権は至尊仁愛の至意に由り言路を開き民情を通ずる所以(ゆえん)なり。孝徳天皇の時に鐘を懸け匱(ひつ)を設け諫言憂訴の道を開きたまい、中古以後歴代の天皇朝殿において百姓の申文(もうしぶみ)を読ませ、大臣納言の輔佐(ふさ、補佐)により親くこれを聴断したまへり(嵯峨天皇以後このこと廃れたり。愚管抄)。
これを史乗に考うるに、古昔明良の君主は皆言路を洞通(どうつう)し寃屈(えんくつ)を伸疏することを力めざるはあらず。
けだし議会未だ設けず、裁判聴訟の法未だ備はらざるの時に当て、民言を容納し民情を疏通するは独り君主仁慈の懿徳(いとく)たるのみならず、又政事上衆思を集め鴻益(こうえき、多くの人にゆきわたる利益)を広むるの必要に出る者なり。
今は諸般の機関既に整備に就き公議の府また一定のところあり。
而してなお臣民請願の権を存し匹夫匹婦(ひっぷひっぷ)疾苦の訴と父老献芹(けんきん、物を贈ること)の微衷(びちゅう)とをして九重の上に洞達し阻障するところなきを得せしむ。
これ憲法の民権を尊重し民生を愛護し一の遺漏なきをもって終局の目的と為すに由る。
而して政事上の徳義これに至て至厚なりということを得べし。

 

ただし、請願者は正当の敬礼を守るべく、憲法上の権利を濫用してもって至尊を干?(かんとく)し、又は他人の隠私を摘発して徒に讒誣(ざんぷ)を長ずるが如きは、徳義上の尤も戒慎(かいしん)すべきところにして、而して法律・命令又は議院規則により規程を設くるは又已むを得ざるに出づる者なり。

 

請願の権は君主に進むるに始まり、而して推広(すいこう)して議院及官衛に呈出するに及ぶ。
その各個人の利益に係ると又は公益に係るとを問わず。
法律上彼此(あれこれ)の間に互に制限を設けざるなり。

 

第三十一条 本章に掲けたる条規は戦時又は国家事変の場合に於て天皇大権の施行を妨くることなし

(本章に掲げた条文は、戦時又は国家事変の場合において、天皇大権の行使を妨げるものではない)

本章掲ぐるところの条規は憲法において臣民の権利を保明する者なり。
けだし立憲の主義は独り臣民のみ法律に服従するに非ず、又臣民の上に勢力を有する国権の運用をして法律の検束を受けしむるに在り。
唯然り。故に臣民倚(より)てもってその権利財産の安全を享有して専横不法の疑懼(ぎく、疑って不安に思うこと)を免るることを得べし。
これを本章の大義とす。
ただし、憲法はなお非常の変局の為に非常の例外を掲ぐることを怠らず。
けだし国家の最大目的はその存立を保持するに在り。
練熟(れんじゅく、熟練)なる船長は覆没を避け航客の生命を救う為に必要なるときはその積荷を海中に投棄せざるべからず。
良将は全軍の敗を避くる為にやむを得ざるの時機に当りてその一部曲を棄てざることを得ず。
国権は危難の時機に際し国家及国民を救済してその存立を保全する為に唯一の必要方法ありと認むるときは、断じて法律及臣民権利の一部を犠牲にしてもってそのの最大目的を達せざるべからず。
これ乃(すなわ)ち元首の権利なるのみならず、またその最大義務たり。
国家にして若(もし)この非常権なかりせば国権は非常の時機に際(いた)りてその職を尽すに由なからむとす。

 

各国の憲法に或(あるい)はこの義を明示し、或は明示せざるとに拘らず、その実際において存立を保全する国権の権力を認許せざるはあらず。
何となれば、各国総て皆戦時の為に必要なる処分を施行するは誣(し、事実を曲げて言う)うべからざるの事実なればなり。
ただし、常変の際、間に髪を容るること能はず。
夫の時機の必要に非ずして妄(みだり)に非常権に推托(すいたく)しもって臣民の権利を蹂躪するが如きは、各国憲法の決して許さざるところなり。
けだし正条に非常権を掲げ及その要件を示す者は非常の時機の為に憲法上の空缺を遺すことを肯むぜざるなり。
或(あ)る国においてこれを不言に附する者は臨機の処分をもって憲法区域の外に置き、議院の判決に任せもってその違法の責を解かむとするなり。
而して近世の国法学を論ずる者甲の方法の尤完全なるを賛称す。

 

第三十二条 本章に掲けたる条規は陸海軍の法令又は紀律に牴触せさるものに限り軍人に準行す

(本章に掲げた条文で、陸海軍の法令又は規律に抵触しないものに限り、準用する)

軍人は軍旗の下に在て軍法・軍令を恪守し、専ら服従をもって第一義務とす。
故に本章に掲ぐる権利の条規にして軍法・軍令と相牴触する者は軍人に通行せず。
即ち、現役軍人は集会・結社して軍制又は政事を論ずることを得ず、政事上の言論・著述・印行及請願の自由を有せざるの類これなり。

 

 

第三章 帝国議会

第三章は帝国議会の成立及権利の大綱を挙ぐ。
けだし議会は立法に参する者にして主権を分つ者に非ず。
法を議するの権ありて法を定むるの権なし。
而して議会の参賛は憲法の正条において附与するところの範囲に止まり、無限の権あるに非ざるなり。(※)

 

議会の立法に参するは立憲の政における要素の機関たる所以(ゆえん)なり。
而して議会は独り立法に参するのみならず、併せて行政を監視するの任を間接に負担する者なり。
故に我が憲法及議院法は議会の為に左の権利を認めたり。
一に曰く、請願を受くるの権、二に曰く、上奏及建議の権、三に曰く、議員政府に質問し弁明を求むるの権、四に曰く、財政を監督するの権これなり。
若(もし)議会にして果して老熟着実の気象に基き、平和静穏の手段を用いてこの四条の権を適当に使用することを愆(あやま)らざるときは、もって権力の偏重を制し、立法・行政の際(あいだ)調和平衡して善良なる臣民の代議たるに負かざるべきなり。

 

※義解稿本は次のように職務を要約した。
「国家の目的は臣民を保全するに在り。・・・臣民を保全するの目的を達するはまた臣民の参預による。第一、臣民遵由の軌道を定むるは法律をもってす。・・・而して法律は人類の天性及必要より生ず。故に法律を制定するは衆謀を詢ふを要す。第二、国を立つるの給需は租税に取る。而して国家の財政と国民生計の進歩とは互に親密の関係を為す。故に租税を徴課するは衆言を聴くを要す。これ乃(すなわち)議会の役は立憲の政における要素の元則として、君徳の体美を翼け、国家の昌栄を永遠に扶持するの機関たる所以なり」。

 

第三十三条 帝国議会は貴族院衆議院の両院を以て成立す

(帝国議会は、貴族院及び衆議院の両院で成立する)

貴族院は貴神を集め衆議院は庶民に選ぶ。
両院合同して一の帝国議会を成立し、もって全国の公議を代表す。
故に両院は或る特例を除く外平等の権力を有ち、一院独り立法の事を参賛すること能はず。
もって謀議周匝(しゅうそう、周到)にして輿論の公平を得るを期せむとす。

 

二院の制は欧州各国の既に久しく因襲するところにして、その功績を史乗に徴験し、而してここに反するの一院制を取れる者は皆その流禍を免れざることを説明したり(仏国千七百九十一年及千八百四十八年・西班牙(スペイン)千八百十二年憲法)。
近来二院制の祖国において論者却てその社会発達の淹滞障碍(えんたいしょうがい、延滞障害)たるの説を為す者あり。
抑々(そもそも)二院の利を主持する者既に熟套(じゅくとう)の論ありて今ここに引挙するを必要とせざるべし。
ただし、貴族院の設はもって王室の屏翰(びょうかん)を為し、保守の分子を貯存するに止まるに非ず。
けだし立国の機関において固よりその必要を見る者なり。
何となれば、凡そ高尚なる有機物の組織は独り各種の元素を包合してもって成体を為すのみならず、又必ず各種の機器によってもって中心を輔翼せざるはあらず。
両目各々その位をとくにせざればもって視力の角点を得べからず。
両耳各々その方を異にせざればもって聴官の偏聾(へんろう)を免るべからず。
故に元首は一ならざるべからず。
而して衆庶の意思を集むるの機関は両個の一を欠くべからざること、宛も両輪のその一を失うべからざるが如し。
夫れ代議の制はもって公議の結果を収めむとするなり。
而して勢力を一院に集め、一時感情の反射と一方の偏向とに任じて互相(たがいに)牽制その平衡を持する者なからしめば、孰(た)れかその傾流奔注(けいりゅうほんちゅう)の勢容易に範防(はんぼう)を踰越(ゆえつ)し、一変して多数圧制となり、再変して横議奔逸(おうぎほんいつ)とならざることを保証する者あらむ乎(かな)。
これその弊は却て代議の制なきの日よりなお甚しきものあらむとす。
故に代議の制設けざればやむ。
これを設けて二院ならざれば必ず偏重を招くことを免れず。
これ乃ち物理の自然に原由する者にして、一時の情況をもってこれを掩蔽(えんぺい、おおい隠すこと)すべきに非ざるなり。
要するに、二院の制の代議法におけるは、これを学理に照し、これを事実に徴して、その不易の機関たることを結論することを得べきなり。
彼の或国における貴族院の懶庸(らんよう、ものぐさで平凡)にして議事延滞の弊あるを論ずるが如きは、これ一時の短を摘発するに過ぎず。
而して国家の長計に対してはその言の価値あるを見ざるなり。

 

第三十四条 貴族院は貴族院令の定むる所に依り皇族華族及勅任せられたる議員を以て組織す

(貴族院は、貴族院令の定める所により、皇族、華族及び勅任された議員をもって組織する)

貴族院議員はその或は世襲たり或選挙又は勅任たるに拘らず、均く上流の社会を代表する者たり。
貴族院にしてその職を得るときは、政権の平衡を保ち、政党の偏張を制し、横議の傾勢を支え、憲法の強固を扶(たす、助)け、上下調和の機関となり、国福民慶を永久に維持するにおいてその効果を収むること多きに居らむとす。
けだし貴族院はもって貴胄(きちゅう、貴族の子孫)をして立法の議に参預せしむるのみに非ず、又もって国の勤労・学識及富豪の士を集めて国民慎重練熟耐久の気風を代表せしめ、抱合親和して倶(とも)に上流の一団を成し、その効用を全くせしむる所以なり。
その構成制規は貴族院令に具わるをもって憲法にこれを列挙せざるなり。

 

第三十五条 衆議院は選挙法の定むる所に依り公選せられたる議員を以て組織す

(衆議院は、選挙法の定める所により、公選された議員により組織する)

衆議院の議員はその資格とその任期とを定めて広く全国人民の公選するところを取らむとす。
本条議員選挙の制規をもってこれを別法に譲る者は、けだし選挙の方法は時宜の必要を将来に見るに従い、これを補修するの便を取ることあらむとす。
故に憲法はその細節に渉ることを欲せざるなり。

 

衆議院の議員は総て皆全国の衆民を代表する者たり。
而して衆議院の選挙に選挙区を設くるは、代議士の選挙をして全国に普通ならしめ、及選挙の方法に便りするに外ならず。
故に代議士は各個の良心に従い自由に発言する者にして、その所属選挙区の人民の為に一地方の委任使となり委囑を代行する者に非ざるなり。
これを欧州の史乗に参考するに、往昔の議会はその議員たる者、往々委囑の主旨により一部の利益を主張して全局を達観するの公義を忘れ、従て多数をもって議決とするの代議の大則を抛棄するに至る者往々にしてこれあり。
これ代議士の本分を知らざるの過に由るなり。

 

第三十六条 何人も同時に両議院の議員たることを得す

(何人も、同時に両議院の議員になることは出来ない)

両院は一の議会にして分ちて両局とし、その成素を殊にし、平衡相持するの位置に居る。
故に一人にして同時に両院の議員を兼ぬるは両院分設の制の許さざる所なり。

 

第三十七条 凡て法律は帝国議会の協賛を経るを要す

(すべての法律は、帝国議会の協賛を経る必要がある)

法律は国家主権より出る軌範にして、而して、必ず議会の協賛を経るを要するは之を立憲の大別とする。
故に、議会の議を経ざる者は之を法律とすることを得ざるなり。
一院の可とする所にして、他の一院の否とする所は亦、之を法律とすることを得ざるなり。

 

(附記)何等の事物は法律を以て定めるを要する。
乎の問題に至っては、蓋し、一の例言を以て之を概括し難し。
普国の普通法を公布せる勅令に「本法は別段の法律に依って定めざる国民の権利義務を判明すべき條規を包指すと云えり。」又、巴威倫(バイエルン)千八百十八年五月二十六日憲法の第七章第二条に「人身の自由又は国民の財産に関わる普通の法を発し、或いは現行法を変更し解釈し廃止するには国会の協同を要す。」と一事えり。
然るに学者多くは法律の区域は権利義務、若しくは自由財産に止まるべからざることを駁(はく〉し、且つ事物を以て法律と命令との区域を分割せんとするは憲法上及び学問上の試験に於いて、一も其の結果を得ざることを論じたり。
蓋し、法律及び命令の区域は専ら各国政治発達の程度に従う。
而して、唯、憲法史を以て之を論断すべきのみ。
但し、憲法の明文に依り、特に法律を要する者は之を第一の限界とし既に法律を以て制定したる者は法律に非ざれは之を変更することを得ざるは之を第二の限界とする。
此れ乃ち立憲各国の同じ所なり。

 

第三十八条 両議院は政府の提出する法律案を議決し及各々法律案を提出することを得

(両議院は、政府の提出する法律案を議決及び法律案を提出することが出来る)

政府に於いて法律を起草し、天皇の命に由り之を議案となし両議院に付するときは両議院は之を可とし、之を否とし、又は之を修正することを得、若し両議院に於いて或る法律を発行するを必要なりとするときは各々其の案を提出することを得、而して、甲議員之を提出し、乙議員之に同意し、又は之を修正して可決したる後、天皇の裁可あるときは亦、法律となること政府の起案に異なることなし。

 

至尊の議会に於けるは召集開閉の勅命及び法律裁可の外、会期中総て国務大臣をして議案及び其の他の往復に当たらしめる。
故に、之を「政府の提出」と謂うなり。

 

第三十九条 両議院の一に於て否決したる法律案は同会期中に於て再ひ提出することを得す

(両議院の一つで否決された法律案は、同会期中に再提出することは出来ない)

再議の提出は議院の権利を毀損するのみならず、亦会期遷延して一事に拘滞するの弊あらんとする。
故に、本条に之を禁止せり。
既に否決を経たる同一の議案を以て其の名称文字を変更し、再び之を提出し、以て本条の規定を避けるは亦憲法の許さざる所なり。

 

君主の裁可を得ざるの法案は、同一会期の中に議院より提出することを得ざるは此れ固より元首の大権に対する事理の当然にして更に言明を假らず。
但し、建議の条に於いて、其の再び建議することを禁ずることを掲げるは、提出議案の裁可の有無は至尊の勅命に由り、而して、建議採納の有無は政府の取捨に存す。
其の間、固より軽重の差あり。
従って予め疑義を判明するの要用を見ればなり。

 

第四十条 両議院は法律又は其の他の事件に付各々其の意見を政府に建議することを得但し其の採納を得さるものは同会期中に於て再ひ建議することを得す

(両議院は、法律又はその他の事件について、各々その意見を政府に建議することが出来る。ただし、政府が採納しなかった建議は、同会期中に再建議することは出来ない)

本条は議院に建議の権あることを掲げるなり。
上条(第三十八条)既に両議院に各々法律案を提出するの権を与えたり。
而して、本条に又法律に付いて意見を建議することを得と請えるは何ぞや。
議院自ら法律を起案して之を提出すると、或いは、某の新法の制定すべく某の旧法の改正又は廃止すべきことを決議し、成案を具えず単に其の意見を以て政府に啓陳し、政府の採る所となるときは其の起草制定するに任すると両様の方法に就いて議院をして其の一を選わしむるなり。蓋し、之を欧州に参考するに議院自ら議案提出の権を有するは各国の同じ所なり(瑞西〈スイス)を除く外)ただし、議院自ら多数に倚頼(依頼)して法律の条項を制定するは往々議事遷延と成条の疎漏にして首尾完整ならざるとの弊を免れず。
寧ろ政府の委員の練熟なるに倚任するの愈(まさ)れるにしかず。
此れ各国学者の之を事実に徴験して、其の得失を論ずる所なり。
議会は立法の事に参預するのみならず、併せて間接に行政を監視するの任を負う者なり。
故に、両議院は又立法の外の事件に付いて意見を以て政府に建議し、利弊得失を論白することを得。

 

ただし、法律又は其の他の事件に拘らず議院の意見にして政府の採納を得ざる者は同一会期の間、再び建議することを得ざらしめるは、蓋し、紛議強迫に渉るの塗(みち)を防ぐ所以なり。

 

第四十一条 帝国議会は毎年之を召集す

(帝国議会は、毎年召集する)

議会を召集するは専ら天皇の大権たり。
然るに本条に毎年召集することを定めるは、憲法において議会の存立を保障する所以なり。
ただし、第七十条に掲げたる場合の如きは非常の例外あり。

 

第四十二条 帝国議会は三箇月を以て会期とす必要有る場合に於いては勅命を以て延長することあるへし

(帝国議会は、会期を三ヶ月とする。ただし、必要な場合は勅命によって延長することが出来る)

三ヶ月を以て会期とする者は議事遷延し窮期なきことあるを防ぐなり。
その己むを得ざるの必要あるに当たり、会期を延長し閉会を延期するはまた、勅命に由る。
議会自ら之を行うことを得ざるなり。
議会閉会したるときは会期の事務は終を告げる者とし、特別の規定ある者を除く外、議事の巳に議決したると、未だ議決せざるとを問わず次回の会期に継続することなし。

 

第四十三条 臨時緊急の必要有る場合において常会の外臨時会を召集すへし

 臨時会の会期を定むるは勅命に依る

(臨時緊急の必要がある場合は、常会のほかに臨時会を召集することが出来る

 臨時会の会期は、勅命によって定める)


議会は一年に一会を開く。
之を常会とする。
憲法に常会の時期を掲げずといえども、蓋し、常会は以て毎年の予算を議するの便を取る故に、冬季に開会するを例とする。
而して、常会の外、臨時緊急の必要あるときは特に勅命を発して臨時会を召集す。

 

臨時会の会期は憲法に之を限定せず。
而して、臨時召集する所の勅命の定める所に従う。
また、その必要如何に依らしめるなり。

 

第四十四条 帝国議会の開会閉会会期の延長及停会は両院同時に之を行うへし

 衆議院解散を命せられたるときは貴族院は同時に停会せらるへし

(帝国議会の開会、閉会、会期の延長及び停会は、両院同時に行わなければならない

 衆議院が解散を命じられたときは、貴族院は同時に停会しなければならない)


貴族院と衆議院は両局にして一揆の議会たり。
故に、一議院の議を経ずして他の議院の成議を以て法律と為すべからず。
文一議院の会期の外に他の議院の会議を有効ならしむべからず。
本条に両院は必ず同時に開閉始終するを定めるはこの義に依れるなり。

 

貴族院の一部は世襲議院を以て組織す。
故に、貴族院は停会すべくして解散すべからず。
衆議院の解散を命せられたるに当っては貴族院は同時に停会を命ぜられるに止まるなり。

 

第四十五条 衆議院解散を命せられたるときは勅命を以て新に議員を選挙せしめ解散の日より五箇月以内に之を招集すへし

(衆議院の解散を命じられたときは、勅命によって新たに議員を選挙させ、解散の日から五ヶ月以内に召集しなければならない)

本条は議会の為に永久の保障を与えるなり。
蓋し、解散は正に旧議員を解散して新議員を召集せんとする者なり。
而して、憲法若し議員解散の後、新たに召集するの時期を一定せざるときは議会の存立は政府の随意に廃止する所に任せるに至らんとする。

 

第四十六条 両議院は各々其の総議員三分の一以上出席するに非されは議事を開き議決を為すことを得す

(両議院は、総議院の三分の一以上出席しなければ、議事を開き議決することが出来ない)

出席議員三分の一に充たざるときは以て会議を成立するに足らず。
故に、議事を開くことを得ず。及び議決を為すことを得ざるなり。

 

総議員とは選挙法に定めたる議員の総数をいう。
三分の一以上出席するに非ざれは、議事を開くことを得ざるときは三分の一以上召集に応じるに非ざれは議院の成立を告げること能わざることまた知るべきなり。

 

第四十七条 両議院の議事は過半数を以て決す可否同数なるときは議長の決する所に依る

(両議院の議事は、過半数によって決する。ただし、可否同数となるときは、議長によって決する)

過半数を以て決を挙げるは議事の常則たり。
本条過半数とは出席議院に就いて之をいえるなり。
両議平分して各々同数を得るの場合に当って、議長の見る所に依り決を為すは事理宜しく然るべきなり。
ただし、第七十三条における憲法改正の議事は例外とする。
又、議院において議長及びその他の委員を選挙するに付き、特に定めるの多数及び委員会の規定は各々その規則に依るべくして本条に干渉なきなり。

 

第四十八条 両議院の会議は公開す但し政府の要求又は其の院の決議に依り秘密会と為すことを得

(両議院の会議は、公開とする。ただし、政府の要求又は、その議院の決議によって、秘密会とすることが出来る)

議院は衆庶を代表す故に、討論可否之を衆目の前に公にす。
ただし、議事の秘密を要する者、外交事件、人事及び職員、委員の選挙、又は或る財政、兵政、或る治安に係る行政法の如きはその変例とし、政府の要求に依り、又は各院の決議に依り秘密会と為し、公開を閉じることを得。

 

第四十九条 両議院は各々天皇に上奏することを得

(両議院は、天皇に上奏することが出来る)

上奏は文書を上呈して、天皇に奏聞するをいう。
或いは勅語に奉対し、或いは慶賀吊傷の表辞を上(たてまつ)り、或いは意見を建白し、請願を陳疏するの類、皆その中に在り。
而して、或いは文書を上呈するに止まり、或いは総代を以て観閲をいい、之を上呈するも皆相当の敬礼を用いるべく逼迫強行にして尊厳を干犯することあるを得ざるべきなり。

 

第五十条 両議院は臣民より呈出する請願書を受くることを得

(両議院は、臣民より提出された請願書を受理することが出来る)

臣民は至尊に請願し又は行政官宮衛に請願し議院に請願すること総てその意に随うことを得。
その議院に在りては各人の請願を受けて之を審査し、或いは単に之を政府に紹介し、或いは之に意見書を附して政府の報告を求めることを得。
ただし、議院は必ずしも請願を議定するの義務あることなく、政府は必ずしも請願を許可するの義務あることなし。
若し夫れ請願の立法に係る者は請願を以て直に提出法律案の動議と為すべからずと言えども、議院はその請願の主旨に依り通常動議の方法に従うことを得べし。

 

第五十一条 両議院は此の憲法及議院法に掲くるものの外内部の整理に必要なる諸規則を定むることを得

(両議院は、この憲法及び議院法に掲げられているもののほか、内部の整理に必要な諸規則を定めることが出来る)

内部の整理に必要なる諸規則とは、議長の推薦、議長及び事務局の職務各部の分設、委員の推選、委員の事務、議事規則、議事記録、請願取扱規則、議院請暇、規則、紀律及び議院会計の類を請う。
而して、憲法及び議院法の範囲内において議院の自ら之を制定するに任するなり。

 

第五十二条 両議院の議員は議院に於いて発言したる意見及び表決に付き院外に於いて責を負うことなし但し議員自ら其の言論を演説刊行筆記又は其の他の方法を以て公布したるときは一般の法律に依り処分せらるべし

(両議院の議員は、議院で発言した意見及び表決について、院外で責任を負うことはない。ただし、議員自らが言論を演説、刊行、筆記及びその他の方法で公布したときは、一般の法律によって処分される)

本条は議院の為に言論の自由を認める。
蓋し、議院の内部は議院の自治に属す。
故に、言論の規矩(きく、規則)を越え、徳義を紊(みだ)り、又は人の私事を讒毀(ざんき〉するが如きは、議院の紀律に拠り、議院自ら之を制止し、及び懲戒すべき所にして、而して、司法官は之に干渉せざるべきなり。
議決は以て法律の成案を為さんとする。
而して、議院の討論は異同相摩して、其の一に帰結するの資料を為す者なり。
故に、議院の議は以て刑事及び民事の責を問うべからざるなり。

 

此れ一は議院の権利を尊重し、二は議員の言論をして十分に価量あらしめんとなり。
ただし、議員自ら議院の言論を公布し、其の自由を冒用して之を外部に普及するに至っては動議と駁議とを問わず総て法律の責問を免れることを得ず。

 

第五十三条 両議院の議員は現行犯罪又は内乱外患に関する罪を除く外会期中其の院の許諾なくして逮捕せらるることなし

(両議院の議員は、現行犯又は内乱外患にかかわる罪を除くほか、会期中にその議院の許諾なく逮捕されることはない)

両議院は立法の大事を参賛す。
故に、会期の間、議院に与えるに例外特権を以てし、議院をして不覇の体面を有ち、其の重要の職務を尽すことを得せしめんとする。
若し夫れ、現行犯罪又は内乱外患に係るの罪に至っては議院の特典の庇護する所に非ざるなり。
会期中とは召集の後、弊会の前を謂う。
非現行犯及び普通の罪犯は議院に通牒し、其の許諾を得て後に之を逮捕し、其の現行犯及び内乱外患に係る罪犯は先ず逮捕して後に議院に通知すべきなり。

 

第五十四条 国務大臣及び政府委員は何時たりとも各議院に出席し及び発言することを得

(国務大臣及び政府委員は、いつでも各議院に出席して発言することが出来る)

議会の議事に当たり、議場に弁明するは大臣重任の在る所にして、万衆に対し心胸を開き正理を公議に訴え、嘉謀を時論に求め、其の底蘊(ていうん)を叩き、遺憾なからしめる。
蓋し、此の如くならざれば以て立憲の効用を収めるに足らざるなり。
ただし、出席及び発言の権は政府の自由に任せ、或いは大臣自ら討論し、又は弁明し、或いは外の委員をして討論弁明せしめ、或いは時宜の許さざるを以て討論弁明を為さざることを得、皆其の意に随うなり。

 

 

第四章 国務大臣及び枢密顧問

国務大臣は輔弼の任に居り、詔命を宣奉し政務を施行す。
而して、枢密顧問は重要の諮詢に應え、枢密の謀議を展(の〉ぶ。
皆天皇最高の輔翼たる者なり。

 

第五十五条 国務各大臣は天皇を輔弼し其の責に任す

 凡て法律勅令其の他国務に関る詔勅は国務大臣の副署を要す

(国務大臣は、天皇を輔弼し、その責任を負う

 すべての法律、勅令及びその他国務に関する詔勅は、国務大臣の副署を必要とする)


国務各大臣は入て内閣に参賢し、出て各部の事務に当たり大政の責に任ずる者なり。
凡そ大政の施行は必ず内閣及び各部に由り、其の門を二にせず。
蓋し、立憲の目的は主権の使用をして正当なる軌道に由らしめんとするに在り。
即ち公議の機関と宰相の輔弼に依るを謂うなり。
故に、大臣の君に於けるは務めて奨順匡救の力を致し、若し其の道を誤るときは君命を籍口して以て其の責を逃れることを得ざるなり。

 

我が国上古、大臣、大連、輔弼の任に居る。
孝徳天皇の詔に「夫君於天地間両宰萬民者 不可独制要須臣翼」と云えり。
天智天皇の時、始めて太政官を置き、而来、太政大臣、左右大臣は政務を統理し、大納言は参議し旨を宣べ、中務卿は詔勅を審署し、太政官は中務・式部・治部・民部・兵部・刑部・大蔵・宮内の八省を統べ、官制粗備る。
其の後重臣専ら太政を関白し、宮禁の中蔵人の小臣、亦、王命を出納し、院宣内旨或いは女官の文書を以て大事を下行するに至る。
而して、朝綱全く廃れたり。
維新の初、首めに摂関及び伝奏・議奏を廃し、又特に宮中に令し内議・請謁の禁を厳にし、尋ねて太政官制を復す。
明治二年七月、左右大臣参議及び六省を置く。
四年、太政大臣を置く。
六年十月、参議諸省卿に兼任す。
其の後、又更革を経、十八年十二月に至って太政大臣・参議・各省卿の職制を廃し、更に内閣総理大臣及び外務・内務・大蔵・陸軍・海軍・司法・文部・農商務・逓信の十大臣を以て内閣を組織したり。
蓋し、大宝の制に拠るときは太政官は諸省の上に冠首とし、諸省は其の下の分司たり。
諸省卿の職は太政官符を施行するに過ぎず、而して、事を天皇に受け、重責に任ずる者に非ず。
維新の後、歴次潤色を経、十八年の詔命に至り、大に内閣の組織を改め諸省大臣をして天皇に奉対し、各々其の責に当らしめ、統べるに内閣総理大臣を以てし、一は以て各大臣の職権を重くし、担任する所を知らしめ、二は以て内閣の統一を保ち多岐分裂の弊無からしめたり。

 

欧州の学者、大臣の責任を論ずる者、其の説一ならずして各国の制度亦、各々趣を異にす。
或るは政事の責の為に特に糾弾の法を設け、下院告訴して上院之を裁断するあり(英国〉。
或るは大審院又は特に設けたる政事法院に委ねるに裁断の権を以てするあり(白国は下院告訴し、大審院裁断す。〈墺国は両院告訴し特置政事法院主として政事罪を裁断し、併せて刑事罪を裁断す。普国は憲法に正条ありて、而して、糾弾罪の別法未だ設けざるを以て之を実行せず〉。
或るは政事の責を以て刑事と分離し、採決の結果は罷免剥職に止まるとするあり〈米国及び巴威里千八百四十八年法)。
或るは謀反・贈賄・濫費及び違犯憲法の類を指定し、時に大臣の隻とするあり(米、普葡、及び仏、千七百九十一年 千八百十四年の憲法 白耳義の国会は大臣責任の刑名を指定するの非を論じたり〉。
或るは君に対するの責任とし〈和蘭の一宰相は予は君主に対し責任ありと言えども、人民に対し責任なしと主張したり〉。
或るは人民即ち議院に対するの責任とする〈仏、白、葡、等の国の憲法は国王の命令は大臣の責任糾治を解くべからざることを掲げたり〉。
総て之を論ずるに憲法上の疑義にして未だ一定の論決を経ざること未だ大臣責任の条より甚だしぎはあらざるなり。
蓋し、之を正理に酌み、之を事情に考えるに、大臣は憲法に依り輔弼の重局に当たり、行政上の強大なる権柄を掌有し、独り奨順賛襄の職に在るのみならず、又、匡救矯正の任に居る。
宜く躬(きゅう)を以て責に任ずべきなり。
若し、大臣にして責に任ずるの義なからしめば、行政の権力は容易に法律の外に踰越することを得、法律は徒に空文たるに帰せんとする。
故に、大臣の責任は憲法及び法律の支柱たる所以なり。
但し、大臣の責は其の執る所の政務に属す。
而して、刑事の責に非ざるなり。
故に大臣其の職を怠るときは其の責を裁制する者専ら一国の主権者に属せざるべからず。
唯之を任ずる者能く之黜(しりぞ〉くべし。
大臣を任じ、又之を黜け、又之を懲罰する者人主に非ずして、いずれが敢えて此に預からん乎。
憲法既に大臣の任免を以て君主の大権に属したり。
其の大臣責任の裁制を以て之を議院に属せざるは固より当然の結果とする。
但し、議院は質問に由り公衆の前に大臣の答弁を求めることを得べく、議院は君主の奏上して意見を陳疏することを得べく、而して、君主の材能を器用するは憲法上其の任意に属すと言えども、衆心の向かう所は、亦其の採酌の一に洩れざること知るべきときは此れ亦、間接に大臣の責を問う者と謂うことを得べし。
故に、我が憲法は左の結論を取る者なり。
第一、大臣は其の固有職務なる「輔弼の責」に任ず。
而して、君主に代り責に任ずるに非ざるなり。
第二、大臣は君主に対し直接に責任を負い、又、人民に対し間接に責任を負う者なり。
第三、大臣の責を裁制する者は君主にして人民に非ざるなり。
何となれば君主は国の主権を有すればなり。
第四、大臣の責任は政務上の責にして刑事及び民事の責と相闊歩することなく、又、相抵触し及び乗除することなかるべきなり。
而して、刑事民事の訴えは之を通常裁判所に付し、行政職務の訴えは之を行政裁判所に付すべきの外、政務責任は君主に由り懲罰の処分に付せられるべきなり。

 

内閣総理大臣は機務を奏宣し、旨を承けて大政の方向を指示し、各部統督せざる所なし。
職掌既に広く、責任従って重からざる事を得ず。
各省大臣に至っては其の主任の事務に就き、各別に其の責に任ずる者にして連帯の責任あるに非ず。
蓋し、総理大臣、各省大臣は均しく天皇の選任する所にして、各相の進退は一に叡旨に由り、首相既に各相を左右すること能わず。
各相亦首相に繋属することを得ざればなり。
彼の或国に於いて内閣を以て団結の一体となし、大臣は各個の資格を以て参政するに非ざる者とし、連帯責任の一点に偏傾するが如きは其の弊は、或は党援連結のカ、遂に以て天皇の大権を左右するに至らんとする。
此れ我が憲法の取る所に非ざるなり。
若し、夫れ国の内外の大事に至っては政府の全局に関係し、各部の専任する所に非ず。
而して、謀猷・措画、必ず各大臣の協同に依り、互相推委することを得ず。
此の時当って各大臣を挙げて「全体責任」の位置を取らざるべからざるは固より其の本分なり。

 

大臣の副署は左に二様の効果を生ず。
一に法律、勅令及び其の他国事に係る。
詔勅は大臣の副署に依って始めて実地のカを得、大臣の副署なき者は従って詔命の効なく、外に付して宣下するも所司の官吏之を奉行することを得ざるなり。
二に大臣の副署は大臣担当の権と責任の義を表示する者なり。
蓋し、国務大臣は内外を貫流する王命の溝渠たり。
而して、副署に依って其の義を照明にするなり。
但し、大臣政事の責任は独り法律を以て論ずべからず。
又道義の関わる所たらざるべからず。
法律の限界は大臣を待つ為の単一なる範囲とするに足らざるなり。
故に、朝廷の失政は大臣其の責を逃れざること固より論なきのみならず、即ち議に預かるの大臣は署名せざるも亦、其の過を負わざることを得ざるべし。
若し、専ら署名の有無を以て責任の在る所を判ぜんと欲せば形式に拘り、事情に戻る者たることを免れず。
故に、副署は以て大臣の責任を表示すべきも副署に依って始めて責任を生ずるに非ざるなり。

 

大宝公式令に拠るに詔書案成、御−画−日終えて申務卿に給う。
其の御画日ある者は之を中務省に留めて案と為し、別に一通を為し、「中務卿宣・中務大輔奉・中務少輔行」と署し、太政官に送る。
太政官に於いて太政大臣、左右大臣及び大納言四人、署名して覆奏し、外に付して施行せんと謂う。
乃び御−画−可し其の御画可ある者は官に留めて案と為し、更に謄写して天下に布告す。
蓋し、審署の式、尤も慎重を加えたり。
維新の後、明治四年七月勅書に加名ツ印するを以て太政大臣の任とする。
但し、宣布の詔、多く奉勅の署名なきは草創の際、未だ一定に至らざりしなり。
十四年十一月、各省卿其の主管の事務に属する法律、規則及び布達に署名するの制を定める。
十九年一月、副署の式を定める。
公文施行の法、是に至って蓋し大に備われり。

 

第五十六条 枢密顧問は枢密院官制の定むる所に依り天皇の諮詢に応へ重要の国務を審議す

(枢密顧問は、枢密院官制の定める所により、天皇の諮詢に応え重要な国務を審議する)

恭て按ずるに、天皇は既に内閣に寄って以て行政の揆務(きむ)を総持し、又枢密顧問を設けて、以て詢謀の府とし、聡明を裨補して偏聴なきを期せんとする。
蓋し、内閣大臣は内外の局に当たり、敏給捷活以て事機に応ず。
而して、優裕静暇思を潜め、慮を凝らし之を古今に考え、之を学理に照らし永図を籌画(ちゅうかく、計略)し、制作に従事するに至っては別に専局を設け、練達、学識其の人を得て、之に倚任(いにん)せざるべからず。
此れ及び他の人事と均しく一般に常則に従い二種の要素各々其の業を分かつなり。
蓋し、君主は其の天職を行うに当たり、謀りて、而して後、之を断ぜんとする。
即ち枢密顧問の設、実に内閣と供に憲法上至高の輔翼たらざることを得ず。
若し夫れ、枢密顧問にして聖聴を啓沃し、偏せず、党せず、而して、又能く問疑を剖解するの補益を為すに至っては果たして憲法上の機関たるに負かざるべく、且つ大にしては緊急命令又は戒厳令の発布に当たり、小にしては会計上法規の外に臨時処分の必要あるの類、之を諮詢して然る後に決行するは、即ち為政の慎重を加える所以にして此の場合においては枢密顧問は憲法又は法律の一の屏翰(へいかん−屏は「かき」「ついたて」「ふせぐ」の意味、翰は「はたらき」「才能」の意味)たるの任に居るべきなり。
枢密顧問の職、是の如きの重きなり。
故に、凡そ勅令にして顧問の議を経る者は其の上諭において之を宣言するを例式とする。
ただし、枢密顧問は至尊の諮詢あるを待って始めて審議することを得、而して、其の意見の採択はまた、皆一に至尊の聖裁に由るのみ。

 

枢密顧問の職守は可否を献替し、必ず忠誠を以てし、隠避する所なく、而して、審議の事は細大となく至尊の特別の許可を得るに非ざれば之は公洩することを得ず。
蓋し、枢機密勿の府は、人臣外に向って栄を求めるの地に非ざるなり。

 

第五十七条 司法権は天皇の名に於て法律に依り裁判所之を行ふ

 裁判所の構成は法律を以て之を定む

(司法権は、天皇の名において法律によって裁判所が行う

 裁判所の構成は法律によって定める)


行政と司法と両権の区別を明らかにする為に弦に之を約説すべし。
日く、行政は法律を執行し、又は公共の安寧秩序を保持し、人民の幸福を増進する為に便宜の経理及び処分を為す者なり。
司法は権利の侵害に対し、法律の規準に依り之を判断する者なり。
司法に在りては専ら法律に従属し、便益を酌量せず。
行政に在りては社会の活動に従い、便益と必要とに依り、法律は其の範囲を限画して区域の外に浬越するを防ぐに止まるのみ。
行政司法の両権其の性質を殊にすること比の如し。
故に、行政の官ありて司法の職を分かつことなかりせば、各個人民の権利は社会の便益の為に随時移動することを免れずして、而して、其の流弊は遂に権勢威力の侵犯を被るに至らんとする。

 

唯然り故に裁判は必ず法律に依る。法律は裁判の単純の準縄たり。
而して、又必ず裁判所に由り之を行う。
但し、君主は正理の源泉にして司法の権、亦主権の発動する光線の一たるに外ならず。
故に、裁判は必ず天皇の名に於いて宣告し以て至尊の大権を代表する。

 

裁判所の構成は必ず法律を以て之を定め、行政の組織と別異する所あらしめる。
而して、司法の官は実に法律の基址に立ち、不轟の地位を有つ者たり。

 

我が中古の制、刑部省の護は各省と供に太政官に隷属し、而して、刑部卿は「鞠獄を、定め刑名を、決し疑獄を良賎の名籍囚禁債負」の事を掌る。
判事は刑部卿に属し「案覆し鞠状を、断定し刑名を、判する諸々の争訟を」事を掌る。
是れ民刑に事を併せて是を一省に総べたり。
武門の盛んなるに至って大柄一度移り、検断の権、検非違使に帰し、武断を以て政を為し封建の際、概ね其の随習を因襲し、越訴を以て大禁と為るに至れり。
維新の初、刑法官を置き司法の権、復だ天皇の統攬に帰する。
四年、始めて東京裁判所を置く。
裁判の為に専庁を設けるは此れを以て始とする。
是の歳、大蔵省の聴訟事務を以て改めて司法省に属す。
五年、闇市場裁判所を設ける。
嗣いで司法裁判、府県裁判、区裁判の各等裁判を置き、始めて控訴覆審を許す。
八年大審院を置き、以て法憲の統一を主持するの所とし、司法卿の職制を定めて検務を統理し、裁判に干預せざる者とす。
是より後、漸次釐革〈りかく〉する所あり。
以て「裁判独立」を期するの針路を取りたり。
是を司法事務沿革の概略とする。

 

欧州前世紀の末に行われたる「三権分立」の説は既に学理上及び実際上に排斥せられたり。
而して、司法権は行政権の一支派として均しく君主の統攬する所に属し、立法権に対して之を謂うときは行政権は概括の意義を有ち、司法は行政の一部たるに過ぎず、更に行政権中に就き職司の分派を論ずるときは又は司法と行政と各々其の一部を占める者たり。
此れ蓋し、近時国法学者の普通に是認する所にして、茲に詳論するを假らざる者なり。
但し、君主は裁判官を任命し、裁判所は君主の名義を以て裁判を宣告するに拘らず、君主自ら裁判を施行せず、不覇の裁判所をして専ら法律に依遵し、行政威権の外に之を施行せしむ。
是を「司法権の独立」とする。
此れ及び三権分立の説に依るに非ずして、不易の大則たることを失わず。

 

 

第五章 司法

司法権は法律の定める所に依遵(いじゅん)し、正理公道を以て臣民権利の侵害を回復し、及び刑罰を判断するの職司とする。
古、政治簡朴なるに当って各国政庁の設、未だ司法行政の別あらざりしは史籍の証明する所なり。
其の後文化益々繁きに至って始めて司法と行政との間に職司を分画し、其の構制を殊にし、其の畛域(しんいき)を慎み、互に相干渉せず。
以て立憲の政体に至大の進歩を成さしめたり。

 

第五十八条 裁判官は法律に依り定めたる資格を具ふる者を以て之に任す

 裁判官は刑法の宣告又は懲戒の処分に由るの外其の職を免せらるることなし
 懲戒の条規は法律を以て之を定む

(裁判官は、法律で定めた資格を有する者を任命する

 裁判官は、刑法の宣告又は懲戒処分によるほかに、罷免されることはない
 懲戒の条規は、法律で定める)


裁判官は法律を主持し、人民の上に衡平の柄を執らんとする。
故に、専科の学識及び経験は裁判官たるの要件たり。
而して、臣民の寄って以て其の権利財産を託するは、亦、実に其の法律上正当の資格あるを頼むのである。
故に、本条第一項は法律を以て其の資格を定めるべきことを保明したり。

 

裁判の公正を保たんと欲せば、裁判官をして威権の干渉を離れ、不覇の地に立ち、勢位の得失と政論の冷熱を以て牽束を受けることなからしむべし。
故に、裁判官は刑法又は懲戒裁判の判決に由り罷免せられるを除く外、終身其の職に在る者とする。
而して、裁判官の懲戒条規は又法律を以て之を定め、裁判所の判決を以て之を行い、行政長官の干渉する所とならず。
此れ憲法において特に裁判官の独立を保明する所なり。

 

其の他停職・非職・転任・老退における詳節は総て法律の掲げる所たり。

 

第五十九条 裁判の対審判決は之を公開す但し安寧秩序又は風俗を害するの虞あるときは法律に依り又は裁判所の決議を以て対審の公開を停むることを得

(裁判の対審及び判決は、公開する。ただし、安寧秩序又は風俗を害するおそれがあるときは、法律又は裁判所の決議により、対審の公開を停止することが出来る)

裁判を公開し、公衆の前に於いて対理口審するは人民の権利に対し、尤(もっと)も効力あるの保障たり。
裁判官をして自ら其の義務を尊重し、正理公道の代表と為らしめるは蓋し、また公開の助に寄る者少なしとせざるなり。
我が国従来、白洲裁判の習久しく慣用する所たりしに、明治八年以来始めて対審判決の公開を許したるは実に司法上の一大進歩たり。

 

刑事の審理に予審あり、対審あり。此に対審といえば予審は其の中に在らざるなり。
安寧秩序を害すとは内乱外患に関わる罪、及び?聚教唆(しょうしゅうきょうさ)の類、人心を煽起刺衝する者をいうなり。
風俗を害すとは内行の事、之を公衆の視聴に暴すときは醜辱を流し、風教を傷つける者をいうなり。
安寧秩序又は風俗を害するの虞ありといえるは其の果たして害あると然らざるとを判定するは専ら裁判所の所見に任ずるなり。
法律に依るといえるは治罪法・訴訟法の明文に依るなり。
裁判所の決議を以てといえるは法律の明文なしと言えども、また、裁判所の議を以て之を決することを得るなり。
対審の公開を停めるというときは判決宣告は必ず之を公開するなり。

 

第六十条 特別裁判所の管轄に属すへきものは別に法律を以て定む

(特別裁判所の管轄に属すものは、別に法律で定める)

陸海軍人の軍法会議に属するは即ち普通なる司法裁判所の外に於ける特別裁判所の管轄に属するものとする。
其の他商工の為に商工裁判所を設けるの必要あるに至れば、また普通の民事裁判の外に特別の管轄に属するものとする。
凡そ此れ皆法律を以て之を規定すべくして、命令を以て法律の除外例を設けることを得ず。

 

若し夫れ、法律の他に於いて非常裁判を設け、行政の勢威を以て司法権を侵蝕し、人民の為に司直の府を褫奪〈ちだつ〉するが如きは憲法の之を認めざるなり。

 

第六十一条 行政官庁の違法処分に由り権利を傷害せらたりとするの訴訟にして別に法律を以て定めたる行政裁判所の裁判に属すへきものは司法裁判所に於て受理する限りに在らす

(行政官庁の違法処分によって権利を侵害されたとする訴訟で、別に法律をもって定めた行政裁判所の裁判に属すべきものは、司法裁判所において受理するものではない)

 

 

第六章 会計

会計は国家の歳出歳入を整理する所の行政の要部にして、臣民の生計と密接の関連を為す者なり。
故に、憲法は殊に之を慎重して帝国議会の協賛及び監督の権限を明確にする。

 

第六十二条 新に租税を課し及税率を変更するは法律を以て之を定むへし

 但し報償に属する行政上の手数料及其の他の収納金は前項の限に在らす
 国債を起し及予算に定めたるものを除く外国庫の負担となるへき契約を為すは帝国議会の協賛を経へし

(新たに租税を課し、また税率を変更するには、法律で定めなければならない

 ただし、報償に属する行政上の手数料及びその他の収納金は、前項の限りではない
 国債を発行し、また予算に定めたもの以外で国庫の負担となる契約をする場合は、帝国議会の協賛を経なければならない)


新たに租税を課するに当って議会の協賛を必要とし、之を政府の専行に任せざるは立憲政の一大美果として直接に臣民の幸福を保護する者なり。
蓋し、既に定まれる現税の外に新たに徴額を起こし、及び税率を変更するに当って適当の程度を決定するは専ら議会の公論に倚顕せざることを得ず。
若し、此の有効なる憲法上の防範なかりせば臣民の富質は其の安固を保証すること能わざらんとする。

 

第二項、報償に属する「行政上の手数料及其の他の収納金」とは各個人の要求に由り、又は各個人に利益を与える為の政府の事業、又は事務に対し上納せしめる者にして普通の義務として賦課する所の租税と其の性質を殊にする者を謂う。
即ち鉄道切符料・倉庫料・学校授業料の類は行政命令を以て之を定めることを得べく、必ずしも法律に依るべきの限に在らざる者とする。
但し、行政上の手数料と請うときは司法上の手数料と其の類を異にすることを知るべきなり。

 

第三項、国債は将来に国庫の負担義務を約束する者なり。
故に、新たに国債を起こすには必ず議会の協賛を取らざるべからず。
予算の効力は一の会計年度に限る故に予算の外に渉り将来に国庫の負担たるべき補助、保証及び其の他の契約を為すは皆国債に同じく議会の協賛を要するなり。

 

第六十三条 現行の租税は更に法律を以て之を改めさる限は旧に依り之を徴収す

(現行の租税は、法律によって改めない限りは、従来どおりに徴収する)

前条己に新たに課するの租税は必ず法律を以て之を定めるべきことを保明したり。
而して、本条は現行の租税は嗣後更に新定の法律を以て之を改正するの事あらざる限りは総て従前の旧制及び旧税率に依遵して之を徴収すべきことを定める。
蓋し、国家は其の必要の経費に供する為に一定の歳入あるを要する。
故に、現行租税に属する国家の歳入は憲法に由って移動せざるのみならず憲法は更に明文を以て之を確定したり。

 

(附記〉之を欧州各国に参考するに、毎一年に徴税の全部を議会の議に付するは其の実、多くは無用の形式たるに拘らず一般に理論の貴重する所となり、或国の憲法は租税議決の効力は一年に限り、明文を以て之を更新するに非ざれは一年以外に存立せざることを掲げたり。
今其の由って来る所を推究するに、其の一は欧州中古、各国の君家は家事を以て国務と相混し、家産を以て国費に充て、私邑(しゆう)を封殖して其の粗入を取り以て文武の需要に供給したりしに其の後常備兵の設、軍需巨大なると及び宮室園囿の費とに因り内庫欠乏するに至り、国中の豪族を召集し、其の貢献を徴し以て歳費を補給するの方法を取りたり。
此れ及び欧州各国に於ける租税の起源は実に人民の貢献寄附たるに過ぎず〈瓦敦堡(ウィッテンベルク〉憲法第百九条に王室財産の収入にして足らざるときは、租税を徴収して国費を支給すべしと云えるは其の一証なり)故に、国民は王家飽くこと無きの徴求を防制する為に政府をして其の必要を証明し、以て国民の承諾を経るを要せしめ、承諾なければ租税なしと謂えるの約束を以て国憲の大則とするに至れり。
此れ歴史上の沿革より来る者なり。
其の二は主権在民の主義に拠り国民は全部の租税に対し、専ら自由承諾の権を有し、国民にして租税を承諾せざるときは政府は其の存立を失うを以て自然の結果とすべしと謂える、極端の論より来る者なり。
抑々、此の歴史上の遺伝と架空の理論とは両々抱合して以て各国の憲法の上に強大なる勢力を有し、牢固にして破るべからざるに至れる拘らず、顧みて其の実際如何と問うに至っては、英国に在りては地租・関税・物産税・印紙税は常久に之を徴収し固定資金に払い込む者、凡そ歳入の全部七分の六に居る(ダイシー氏に拠る千八百八十四年の統計に拠るに歳入全部八千七百二十万五千百八十四磅(ポンド)にして、其の千四百万磅は毎年議決に依り徴収する者とし、其の七千三百万磅余りは経常法に依り徴収する)。
此れ乃ち、昔日の因襲と及び法律の効力に依り経常不動の歳入とし、毎年に議に付することを要せざる者なり。
普国は憲法第百九条に依り現税は旧に依るの条規を実行したり。
彼の理論の巣窟たる所の仏国に於いても其の著述者の言に拠るに毎年租税を議するの原則は依違(いい)の間に之を施行するに過ぎず(ボーリウ氏、財政学第三版第二巻七十五頁及び七十六頁)。
而して、其の殊に毎年討議して以て税率を定める所の直税の如きも亦、既に其の不便を論ずる者あり。
蓋し、之を立国の原理に求めるに国家の成立は永久にして仮設の者に非ず。
故に、国家其の永久の存立を保つ為の経費の対局は毎一年に移動を為すべきに非ず。
而して、何人も及び何らの機関も必要経費の源を杜塞して以て国家の成立を?害するの権利なかるべきなり。
彼の欧州各国の中古の制度の如きは国家常存の資源は王室の財産に在って租税に在らず。
故に、人民は随意に納税の諾否を毎一年に限ることを得べきも、近世国家の原理漸く論定を得るに至っては国家の経費は租税の正供に資るべく、而して、殊に国家の存立に必要なる経常税の徴収は専ら国憲に拠る者にして人民の随意なる献饋(けんき)に因る者に非ざること既に疑を容れるべきの余地あることなきなり。

 

我が国、上古より国家の経費は之を租税に取り、中古三税租・庸・調の法を定め、国民をして均しく納税の義務あらしめ正供の外に徴求の路を開くことを仮らず、現在各種税法、皆常経ありて毎年移動の方法に由る者あることなし。
今憲法に於いて現行税を定めて経常税となし。
其の将来に変更あるを除く外、総て旧に依り徴収せしめるは之を国体に原つけ之を理勢に酌み紛更を容れざる者なり。

 

第六十四条 国家の歳出歳入は毎年予算を以て帝国議会の協賛を経へし

 予算の款項に超過し又は予算の外に生したる支出あるときは後日帝国議会の承諾を求むるを要す

(国家の歳入歳出は、毎年予算を帝国議会の協賛を経なければならない

 予算の費目の額から超過したり、予算外に生じた支出がある時は、後日帝国議会の承諾を求める必要がある)


予算は以て会計年度の為に歳出歳入を予定し、行政機関をして其の制限に準拠せしめんとする。
国家の経費に予算を設けるは財政を整理するの初歩発動たり。
而して、予算を議会に付し、其の協賛を経、及び予算に依り支費するの後、超過支出及び予算外の支出を以て議会の監督に付し、事後承諾を求めるに至っては之を立憲制の成果とするに足る者なり。

 

予算の事、大宝の令に見る所なし。
徳川氏の時各官衛に定額ありて、而して、予算なし。
維新の後、旧慣に因り、国庫又は各庁に於いて逐次出納するに止まる。
明治六年、大蔵省に於いて始めて「歳入出見込会計表」を作り太政大臣に呈出する。
我が政府の予算を以て公文とするは此れを以て始とする。
七年に又同年度の予算会計表を作り、嗣後逐年に予算の科目及び様式を改良し、十四年に会計法を頒布するに至って稍々(やや)整頓に就き、十七年に「歳入歳出予算条規」を施行し、益々成緒を見ることを得たり。
十九年に勅令を以て予算を発布す。
此れを式に依り予算を公布するの初とする。
而して、予算の制は実に会計上必要の準縄となるに至れり。
本条は更に進みて予算を議会に付するの制を取らんとする。
蓋し、予算をして正当明確ならしめ、又其の正当明確なることを公衆に証明し、及び行政官衛をして予算を遵守するの必然の義務あらしめるは之を議会に付するより最も緊切なる効力を見るに若くはなかるべし。

 

茲に弁明を要する者は各国に於いて予算を以て一の法律と認めたること是なり。
抑々、予算は単に一年に向かって行政官の遵守すべき準縄を定める者なるに過ぎず。
故に、予算は特別の性質に因り議会の協賛を要する者にして本然の法律に非ざるなり。
唯然り故に法律は以て予算の上に前定の効力を有すべく、而して、予算は以て法律を変更するの作用を為すことを得ず。
予算を以て法律を変更するは予算議定権の適当なる範囲を越える者なり。
彼の各国に於いて予算を以て法律と称えたるは、或いは予算の議定を過重して議院無限の権とするに因り、又或いは凡そ議院の議を経る者は総て法律を以て称呼するの謬を踏むに因るに過ぎず。
抑々、法律は必ず議会の議を経と謂うことを得べし。
而して、議会の議を経る者は必ず法律と名づくと謂うことを得ざるなり。
何となれば議会の承諾を経るも其の特別の一事に限り、普通に遵由せしめるの条則に非ざる者は固より法律と其の性質を殊にすればなり。

 

第二項、歳出の予算の款項〈かんこう)に超過する者あるか、又は予算の外に生じたる費用の支出をなしたるときは議会の事後承諾を求めるは政府己むを得ざるの処分に於いて仍議会の監督を要するなり。
蓋し、精確なる予算は過剰あるよりも寧ろ不足あるは往々避くべからざるの事実なり。
各大臣は予算に拘束せられて既に不要となりたる予定の政費を支出するの責を有せざるが如く己むを得ざるの必要に由り生じたる予算超過及び予算の外の支出を施行するも亦憲法の禁ずる所に非ず。
何となれば大臣の職務は、独り予算に関わる国会の協賛に由り指定せられるのみに非ずして、寧ろ至高の模範たる憲法及び法律に依り指定せられる者なればなり。
故に、憲法上の権利又は法律上の義務を履践する為に必要なる供需あるに際し、大臣は予算に不足を生じ、又は予算中に正条なきの故を以て其の政務を廃することを得ず。
而して、己むを得ざるの超過及び予算外の支出は仍適法の事たることを失わざるなり。
抑々、適法の事にして猶、事後承諾を要するは何ぞ乎。
行政の必要と立法の監督とをして両々並行互相調和せしむる所以なり。
蓋し、国家も亦一個人と同じく濫費冗出の情弊あるは免れざるの弱点たるが故に予算の議決款項を細密に履行するは、此れを以て政府の重要義務とせざることを得ず(英国千八百四十九年三月三十日の衆議院の議決に云う。国会経費の科額を決定したるときは其の経費をして其の目的の為に委任せられたる額に超過せざらしめることに注意するは、責任及び監督に当る各省の義務なりと〉。
而して、己むを得ざるの超過支出及び予算外支出あるは異例の事とし、若し議会に於いて濫費違法の情弊を発見し、其の必要なることを認めざるときは以て法律上の争議を提起することを得ざるも以て政事上の問題を媒介することを得べし。
但し、財政上政府の既に支出したる費額及び政府の為に生じたる義務に付いては其の結果を変動すること能わざるのみ。

 

予算款項の超過は議会に於いて議決せる定額を越え支出したるを謂う。
予算の外に生じたる支出とは予算に設けたる款項の外に予見せざるの事項の為に支出したるを謂う(普国検査院章程第十九条に云う。憲法第百四条に謂える予算超過とは予算に於いて各項の流用を許し、此の頃の少支出を以て彼の項の多支出を補充し得るものを除く外、第九十九条に従い既に確定したる会計予算の各款各項又は議院の承認したる特別予算の各項に違える多額の支出を謂う。予算超過及び予算外の支出の証明は翌年に両議院に提出して其の承諾を受けるべしと。此れ其の憲法第百四条の遺漏を補注し、並びに予算超過を推して予算外の支出に及ぼす者なり)。

 

(附記〉予算超過の支出は各国の会計に於いて実際の免れざる所なり。
英国千八百八十五年、収入支出監督条規として議院の議決する所に依るに毎年の決算は最後に下院の決算委員に於いて之を審査し、各科目に付き議決の金額に超過したる支費あるときは立法の認可を経べしと云えり(コックス氏に拠る。氏は又其の事実を著して云う、国会の議定費額は予算調整の当時に在りては十分余裕あるが如きも実際に欠乏を告げ、次年度に於いて不足を補給するの費目あるは少なしとせずと。蓋し、英国は事後承諾及び補充議決の両種の方法を行う者なり)。
普国は事後承諾の方法を取り、而して、憲法に之を明言せり。
伊国は半ば現年度に於ける予算修正の方法を取り、半ば事後承諾の方法を取れり(千八百六十九年の法〉。
仏国は予算に定めたる経費にして当然の理由に因り不足を生じたる者は補充費とし、予見せざる事項又は予算に定めたる事務にして既定の区域の外に拡張する者は非常費とし、補充費、非常費は皆法律を以て之を許可すべき者とし、国会閉会の場合に於いては参議院の発議に由り内閣会議を経、命令を以て仮に之を許可し、而して、其の命令は次回の国会に於いて承諾を受けるべき者としたり(千八百七十八年法)。

 

第六十五条 予算は前に衆議院に提出すへし

(予算は、先に衆議院に提出しなければならない)

本条予算議案を以て衆議院に最先の特権を付したり。
蓋し、予算を議するは政府の財務と国民の生計とを対照し、両々顧応し豊倹の程度を得せしめるを要す。
此れ及び衆民の公選に依り成立する代議士の職任に於いて尤も緊切なりとする所なり。

 

第六十六条 皇室経費は現在の定額に依り毎年国庫より之を支出し将来増額を要する場合を除く外帝国議会の協賛を要せす

(皇室経費は、現在の定額を毎年国庫より支出し、将来に増額を必要とした場合以外は、帝国議会の協賛を必要としない)

第六十四条に予算は帝国議会の協賛を経べきことを定めたり。
而して、本条は皇室経費の為に其の例外を示す者なり。

 

恭て按ずるに、皇室経費は天皇の尊厳を保つ為に欠くべからざるの経費を供給する。
国庫最先の義務たり。
其の使用は一に宮廷の事に係り、議会の問う所に非ず。
従って議会の承諾及び検査を要することなかるべきなり。
皇室費額を予算及び決算に記載するは支出総額の成分を示す者に過ぎずして之を議会の議に付するの一款となすに非ざるなり。
而して、其の将来に増額を要するに当たり仍議会の協賛を要するは其の臣民に負担せしめるの租税と密切なる関係を有するを以て之を衆議に詢(と〉わんとするなり。

 

第六十七条 憲法上の大権に基つける既定の歳出及法律の結果に由り又は法律上政府の義務に属する歳出は政府の同意なくして帝国議会之を廃除し又は削減することを得す

(憲法上の天皇大権に基づく既定の歳出及び法律の結果生じた歳出、または法律上で政府の義務に属する歳出は、政府の同意なしに帝国議会がこれを排除又は削減する事は出来ない)

「憲法上の大権に基つける既定の歳出」とは第一章に掲げたる天皇の大権に依れる支出、即ち行政各部の官制、陸海軍の編制に要する費用、文武官の俸給並びに外国条約に依れる費用にして憲法施行の前と施行の後とを論せず。
予算提議の前に既に定まれる経常費額を成す者を謂う。
法律の結果に由る歳出とは議院の費用、議院の歳費手当諸般の恩給年金法律に依れる官制の費用及び俸給の類を謂う。
「法律上政府の義務に属する歳出」とは国債の利子及び償還、会社営業の補助又は保証政府の民法上の義務又は諸般の賠償の類を謂う。

 

蓋し、憲法と法律とは行政及び財務の上に至高の標準を示す者にして、国家は立国の目的を達する為に憲法と法律とを以て最高の主位を占領せしめ、而して、行政と財務とを以て此れに従属せしめざるべからざるなり。
故に、予算を議する者は憲法と法律とに準拠し、憲法上及び法律上国家の制置に必要なる資料を給備するを以て当然の原則とせざるべからず。
其の他、前定の契約及び民法上又は諸般の義務は均しく法律上の必要を生ずる者とする。
若し、議会にして予算を議するに当たり、憲法上の大権に準拠せる既定の額又は法律の結果に由り及び法律上の義務を履行するに必要なる歳出を廃除削減することあらば、此れ即ち国家の成立を破壊し、憲法の原則に背く者とせざることを得ず。
但し、既定の歳出と謂うときは其の憲法上の大権に基づくに拘らず、新置及び増置の歳出は仍議会に於いて論議の自由を有するなり。
而して、政府の同意を経るときは憲法上既定歳出及び法律の結果に由り、又は義務の必要に由る者と言えども法律及び時宜の許す限りは仍省略、修正することを得べきなり。

 

(附記)ボーリウ氏の著論に拠るに於いては国会にして歳出を削減し、現在建設の事業を継続するに足らざる場合に於いては国王の認許を得ずして之を決議すること能わず(瑞典(スウェーデン〉憲法第八十九条〉。
其の他、独逸各邦に於いて議会は憲法上の義務又は法律及び民法上の義務に生ずる必要なる歳出を拒むことを得ざるの主義を掲げる者は、ブラウンシュ、ワイヒ憲法第百七十三条、オルデンブルヒ憲法第百八十七条、ハノーフル憲法第九十一条、サクソン、マイニンゲン憲法第八十一条、是なり。
又一度予算を以て定めたるの経費は其の事項及び目的の消滅せざる間は国会の承諾なくして之を増加することを得ず。
政府の承諾なくして之を削減することを得ざることを定める者はアンデンブルヒ憲法第二百三条、是なり。
此れ皆、各国の旧慣又は成文に存する者にして、而して、近世国家原理の発達と符号する者なり。
茲に附記して以て参考に備える。

 

第六十八条 特別の須要に因り政府は予め年限を定め継続費として帝国議会の協賛を求むることを得

(特別の必要があるときは、政府は予め年限を定めて、継続費として帝国議会の協賛を求めることが出来る)

歳費は毎年に議定するを以て常とする。
蓋し、国家の務は活動変遷して一定の縄尺を以て概律すべからず。
故に、国家の費用は亦、前年を以て後年に推行すべからず。
但し、本条特別の須要ある場合に対し、例外を設けるは陸海軍費の一部又は工事製造の類、数年を期し、其の成功を見るべき者、議会の協賛を以て数年に亘るの年限を定めることを得るなり。

 

第六十九条 避くへからさる予算の不足を補ふ為に又は予算の外に生したる必要の費用に充つる為に予備費を設くへし

(避くことの出来ない予算の不足を補うために、または予算外に生じた必要な費用に充てるために、予備費を設けなければならない)

本条は予備費の設を以て予算の不足及び予算の外の必要なる費用を補給することを定める。
蓋し、第六十四条は予算超過及び予算外支出に付き議会の事後承諾を求めるべきことを掲げたり。
而して、其の超過及び額外支出は何等の財源に資りて以て此れを供給する乎を支持せず。
此れ本条に予備費の設を定めるを必要とする所以なり。

 

(附記〉各国予備費の設を参考するに荷蘭〈オランダ)に於いては各省に予備費五万フロリンを置き、又政府一般の為に五万フロリンを置き以て議決科目の不足を補給するに備える。
伊国千八百六十九年の会計法は予算の中に予備費を設けることを掲げ、予算定額の避けるべからざる不足に応じる為に二項の定額を許可する。
其の一は義務と及び命令に依り生ずる経費を支弁すべき予備費とし(四百万フランク)其の二は別に一項を為すべき予知すべからざる経費の為の予備費とする(四百万フランク)。
其の第一予備の使用は会計検査院の登記を経て大蔵長官之を施行し、第二予備の使用は大蔵長官の発議に由り、内閣会議を経て勅令を以て之を定める。
普国は各省に予備費を置き、更に大蔵省に非常予備費を置く。
此れ皆予算の不足と予算の外の必要を補充する為に予め設ける者なり。
瑞典は予見せざる場合に備える為に国債局の収入より二種の予備金を設け、其の第一種は国家の防御又は重要緊急なる事件に備え第二種は戦時の用に備える。
此れ亦別に一法たり。

 

第七十条

本条の解釈は既に第八条に具わる。
但し、第八条と異なる所の者は第八条は憲法に於いて議会開会せざるときは臨時会の召集を要せず。
本条は議会開会せざるときは臨時会の召集を要す。
而して、内外の情形に由り、議会を召集し能わざるときに限り、始めて議会の協同を待たずして必要の処分を施すことを得。
蓋し、本条は専ら財政に関わるを以て更に一層の慎重を加えるなり。

 

所謂「財政上必要の処分」とは立法議会の協賛を経べき者にして、而して、臨時緊急の場合の為に協賛を経ずして処分するを謂う。

 

臨時財政の処分にして将来に国庫の為に義務を生ずる者、若し議会の事後承諾を得ざるときは何等の結果を生ずべき乎。
蓋し、議会の承諾を拒むは将来に継行するの効力を拒む者にして、其の既に行える過去の処分を追廃するに非ず〈第八条の説明既に之を詳らかにする〉。
故に、勅令に依り既に生じたるの政府の義務は議会之を廃すること能わず。
抑々、事、若し此に至れば国家不詳の結果として視ざることを得ず。此れ本条の国家の成立を保護する為に至って已むを得ざるの処分を認め、又議会の権を存崇して尤も慎重の意を致す所以なり。

 

第七十一条

議会自ら議定の結局を為さずして閉会に至るときは之を「予算を議定せす」とする。
両議院の一に於いて予算を廃棄したるときは之を「予算成立に至らす」とする。
其の他、議会未だ予算を議決せずして停会又は解散を命ぜられたるときは、其の再び開会するの日に至るまで亦「予算成立せさる」の場合とする。

 

議会に於いて予算を議定せず、又は予算成立に至らざるときは其の結果は、大にしては国家の存立を廃絶し、小にしては行政の機関を麻痺せしめるに至る。
千八百七十七年、北米合衆国に於いて国会陸軍の予算を議定することを遷延したるが為に三箇月の間兵士の給養を欠くことを致せり。
同年、墺欺特刺利(オーストリア)に於いて「メルボルン」の議院は予算の全部を廃棄したり。
是れ民主主義の上に結架せる邦国の情態にして我が国体の固より取るべき所に非ざるなり。
及び或る国に於いて此の場合を以て一に勢力の判決する所と為し、議会に拘らずして政府の専意に任し、財務を施行せるが如きも(普国千八百六十二年より六十六年に至る)亦、非常の変礼にして立憲の当然に非ざるなり。
我が憲法は国体に基づき理勢に酌み、此の変状に当たり前年の予算を施行するを以て終局の処分とすることを定めたり。

 

第七十二条

予算は会計の初とし、決算は会計の終とする。
議会の会計を監督するに其の方法二つあり。
即ち一は期前の監督にして、二は期後の監督とする。
期前の監督とは次年度の予算を承諾するを謂い、期後の監督とは経過せる年度の決算を審査するを謂う。
此の期後の監督を取る為に政府は会計検査員の検査を経たる決算を以て該院の報告を併せて議会に提出するの義務あり。

 

検査院の職掌は、一に各部の出納官の証明を検査し、其の責任を解除するに在り。
二に支払命令官の処分を監督して、其の予算超過、予算外の支出及び予算又は法律勅令に違反したる事件を検査するに在り。
三に国庫の総決算及び各省決算報告を検査し、各出納官の報呈したる各部会計の積数と対照し以て是を確定するに在り。

 

会計検査院の行政上の検査は議会の立法上の検査の為に準備の地を為す者なり。
故に、議会は検査院の報告と倶に政府の決算書を受けて其の正当なるを承諾し之を決定すべし。

 

会計検査院は政府の会計を監査する為に独立の資格を有せざるべからず。
故に、其の組織及び職権は裁判官と同じく法律を以て之を定め、行政命令の区域の外に在る者とする。
但し、其の検査上の規程の如きは仍勅令の定める所たるべきのみ。

 

 

第七章 補則

第七十三条

恭て按ずるに、憲法は我が天皇の親しく之を制定し、上、祖宗に継ぎ、下、後世に遺し、全国の臣民及び臣民の子孫たる者をして其の条則に遵由せしめ、以て不磨の大典となす所なり。
故に、憲法は紛更を容さず。
但し、法は社会の必要に調熟して其の効用を為す者なり。
故に、国体の大綱は万世に亘り永遠恒久にして移動すべからずと言えども、政制の節目は世運と倶に事宜を酌量して之を変通するは亦己むべからざるの必要たらずんばあらず。
本条は将来に向って此の憲法の条項を改定するの事あるを禁せず。
而して、憲法を改定する為に更に特別の要件を定めたり。

 

通常の法律案は政府より之を議会に付し、或いは議会之を提出する。
而して、憲法改正の議案は必ず勅命を以て之を付するは何ぞや。
憲法は天皇の独り親ら定める所たり。
故に、改正の権は亦天皇に属すべければなり。
改正の権既に天皇に属す。
而して、仍之を議会に付するは何ぞや。
一度定まるの大典は臣民と倶に之を守り、王室の専意を以て之を変更することを欲せざるなり。
議院に於いて之を議決するに通常過半数の議事法に依らしめずして必ず三分の二の出席と及び多数を望むは何ぞや。
将来に向って憲法に対する慎守の方向を扶持するなり。

 

本条の明文に拠るに憲法の改正条項を議会の議に付せられるに当たり、議会は議案の外の条項に連及して議決することを得ざるべきなり。
又議会は直接又は間接に憲法の主義を変更するの法律を議決して以て本条の制限を逃れることを得ざるべきなり。

 

第七十四条

恭て按ずるに、憲法の改正は既に議会の議を経るを要する。
而して、皇室典範は独り其の議を経るを要せざるは何ぞや。
蓋し、皇室典範は皇室自ら皇室の事を制定する。
而して、君民相関かるの権義に渉る者に非ざればなり。
若し夫れ、改正の必要あるに当って、之を皇族会議及び枢密顧問に付するの条則の如きは亦典範に於いて之を制定すべき者にして、而して、憲法に之を示明するの要用なし。
故に、此の条に之を併せ掲げざるなり。

 

但し、皇室典範の改正に由り直接又は間接に此の憲法を変更するの事あらしめば憲法の基址は容易に移動するの不幸なきことを保たざらんとする。
故に、本条特に憲法の為に保証を存するの至意を示したり。

 

第七十五条

恭て按ずるに、摂政を置くは国の変局にして其の常に非ざるなり。
故に、摂政は統治権を行うこと天皇に異ならずと言えども、憲法及び皇室典範の何等の変更も之を摂政の断定に任せざるは国家及び皇室に於ける根本条則の至重なること固より、仮摂の位置の上に在り。
而して、天皇の外何人も改正の大事を行うこと能わざるなり。

 

第七十六条

維新の後、法令の頒布は御沙汰書(ごさたがき)又は布告及び布達と称える。
明治元年八月十三日法令頒布の書式を定め、以後、被仰出御沙汰等の文字を用いたるは行政官に限り、其の他の五官(神祇官、会計官、軍務官、外国官、刑法官)及び府県は申達の字を以てする。
五官府県に於いて重立たる布告は行政官に差し出し、議政官決議の上、行政官より達せしめる。
五年正月八日達に、自今、布告に番号を附し、各省の布達亦同様たらしめる。
此れより始めて布告、布達の名称に区別をなしたり。
六年七月十八日達に、布令中掲示すべき者と然らざる者とを区別し、布令署の結文の例を定め、各庁及び官員に達するは此旨相違又は此旨相心得とし、全国一般に布告するは此旨布告とし、華族或いは社寺に達するは此旨華士族へ布告、又は此旨社寺へ布告とする。
其の各庁及び官員に達する者は掲示を要せず。
此れ人民に対する布告と官庁訓令とを区別したるの始なり。
十四年十二月、布告布達式を定め、布告は太政大臣奉勅旨布告とし、布達は太政大臣より布達し、並びに主任の卿之に連署する。
同月三日、「布告に法律規則は布告を以て発行する。従前諸省限布達せる条規の類は、自今、総て太政官より布達する。」此れ諸省布達の制を廃し、及び始めて諸省卿の連署の制を定めたるなり。
十九年二月二十六日の勅令に、法律勅令は上諭を以て公布し、親署の後、御璽をツし、内閣総理大臣及び主任の大臣之に副署する。
閣令は内閣総理大臣之を発し、省令は各省大臣之を発する。
以上之を総ぶるに維新以来の官令に御沙汰書と云い、布達と云えるは其の文式に依って称呼したるなり。
其の法と云い(戸籍法の類)律と云い(新律綱領の類)令と云い(徴兵令、戒厳令の類)条例と云い(新聞条例の類)律例と云い(改定律例の類)規則と云う(府県会規則の類)は総て皆人民に公布し、遵由の効力を有せしめるの条則を謂うの義にして、其の間に軽重する所あるに非ざるなり。
而して、十九年二月二十六日の勅令に至って始めて法律勅令の名称を正したりしも、何をか法律とし何をか勅令とするに至っては、亦未だ一定の限界あるに非ざるなり。
八年の元老院の章程に元老院は新法の設立、旧法の改定を議定す、と謂い、十九年二月二十六日の勅令に法律の元老院の議を経るを要する者は旧に依ると謂う。
然るに八年以後布告の中、何をか指して法律とすべきや未だ明白ならず。
従って元老院立法の権限亦明画ならず(十一年二月二十二日元老院の上奏に依る)。
十九年以後勅令にして院議に付する者亦少しとせず。
要するに憲法発布の前に当って法律と勅令とは其の名称を殊にして、其の事実を同じくする者たるに過ぎず。
而して其の名称に依って以て効力の軽重を区別すべからざるは、十九年以前布告と布達と時ありて区別なきに異なることなきなり。

 

故に、憲法の指定する所に従い、法律と命令との区別を明らかにせんとするは必ず立法議会解説の時期に於いて其の始を履むことを得べく、而して立法議会開設の前に当っては法律規則命令其の他何等の名称を用い、何らの文式を用いたるも此を以て其の効力の軽重を判断するの縄尺とすることを得ず。
前日の公布は何らの名称を用いたるも総て遵由の効力ありとする。
但し、此の憲法に矛盾する者は憲法の施行の日より、其の法令の全文、或いは或る条章に限り効力を失うべきなり。

 

前日の公布、今日に現行して将来に遵由の力ある者の中に就いて、更に憲法の定める所に依るときは必ず其の法律たることを望む者あり(第二十条兵役 第二十一条租税の類)。
今、過去に沂りて一々之に法律の公式を与え以て憲法の文義に副わしめんとするは形式に拘り、徒に多事を為すに過ぎず。
故に、本条は現行の法令条規をして総て皆遵由の力あらしめるのみならず、其の中憲法に於いて法律を以て之を望む者は即ち法律として遵由の力あらしめる者にして、若し将来に於いて改正を要するときは、其の前日に勅令布達を以て公布したるに拘らず、総て皆法律を以て挙行するを要すること知るべきなり。

 

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