共産党と議会主義についてのテーゼ

 

ソビエト社会主義共和国連邦国旗

千九百二十年八月二日

 

T 新しい時代と新しい議会主義

 

 議会主義に対する社会主義諸党の態度は、そもそものはじめから、すでに第一インターナショナルの時代から、ブルジョア議会を扇動の目的に利用するにあった。議会への参加は、階級的自覚を発展させるという観点から、即ち、支配階級に対するプロレタリアートの階級的敵意を目覚めさせるという観点から、考察されていた。この態度は、理論の影響によってではなく、政治的発展の歩みの影響によって変化した。生産力の発展と資本主義的搾取の範囲の拡大とに基づいて、資本主義は、それとともにまた議会制国家は、長期にわたる安定性を獲得した。
 そこから、次の結果が生まれてきた。即ち、社会主義諸党の議会戦術はブルジョア議会の「有機的な」立法活動に適応させられ、資本主義の枠内での改良を目指す闘争の意義が益々高まり、社会民主党のいわゆる最小限綱領が支配的となり、最大限綱領は極めて遠い「終局目標」に関する論争用の政綱に変えられたこと、これである。この基礎の上に、議会的出世主義、腐敗、労働者階級の利益に対する露骨なまたは偽装された裏切りという諸現象が発達してきた。
 議会主義に対する第三インターナショナルの態度を規定しているのは、新しい学説ではなく、議会主義そのものの役割の変化である。過ぎ去った歴史的時代には、発展しつつある資本主義の用具としての議会は、ある意味で歴史的に進歩的な仕事を果たした。しかし、今日のほしいままな帝国主義の条件の下では、議会は、帝国主義の荒廃、強奪、暴行、略奪、破壊を前にしての嘘、欺瞞、暴力、無気力なおしゃべりの用具の一つに変わってしまった。系統的でも、恒久的でも、計画的でもなくなった議会的改良は、勤労大衆にとって一切の実践的意義を失っている。
 ブルジョア社会全体とともに、議会主義もその安定性を失いつつある。有機的な時代から批判的な時代への移行は、議会主義の分野におけるプロレタリアートの新しい戦術の基礎を作り出している。例えば、ロシアの労働者党(ボリシェヴィキ)は、過ぎ去った時期にすでに革命的議会主義の実体を作り上げた。というのは、一九〇五年以来、ロシアは、政治的及び社会的均衡の状態から離脱して、嵐と激動の時期に入ったからである。
 共産主義に心を引かれている社会主義者の一部が、彼らの国ではまだ革命の時機が到来していないということを指摘して、議会主義的日和見主義者との分裂を拒んでいるとき、彼らは、実質上、来るべき時期を帝国主義社会の相対的安定の時期とみる意識的または半意識的な評価から出発して、このような基礎の上での改良のための闘争においては、トゥラーティやロンゲとの連合が実際的な成果をもたらしうる、と考えているのである。
 共産主義は、現代の牲格(資本主義の頂点、その帝国主義的自己否定と自己破壊、内乱の絶え間ない拡大、等々)を理論的に明らかにすることから出発しなければならない。それぞれの国で、政治的相互関係と勢力編成の形態は様々でありうる。だが、本質はどこでも依然として一個同一である。我々にとっての問題は、ブルジョア権力を破壊し、プロレタリアートの新しい権力を樹立する目的で、直接にプロレタリアートの蜂起を政治的及び技術的に準備することである。
 現在では、共産主義者にとって、議会は、かつて過ぎ去った時代の一定の時点でそうであったような、改良のため、労働者階級の状態の改善のための闘争の場面では決してありえない。政治生活の重点は、完全に、終局的に、議会の建物の外に移ってしまった。他方、ブルジョアジーは、勤労大衆に対する彼らの関係のためだけではなく、またブルジョア諸階級内部の複雑な相互関係のために、その方策の一部をなんらかの仕方で議会を通じて実行することを余儀なくされている。議会では、様々な派閥が権力を巡って取引し、自己の強味を発揮したり、弱点をさらけ出したり、馬脚を現わしたり等々しているのである。
 それゆえ、労働者階級の当面の歴史的任務は、この機構を支配階級の手からもぎ取り、それを打ち砕き、破壊し、その代わりに、プロレタリア権力の新しい機関を作り出すにある。それと同時に、労働者階級の革命的司令部は、この破壊の任務を容易にするために、ブルジョアジーの議会施設の内部に自己の諜報部隊をもつことに、大きな関心を抱いている。このことからみて、革命的な目的をもって議会に入った共産主義者の戦術と、社会党議員の戦術との間に根本的な差異があることは、まったく明瞭である。この社会党議員は、現存体制の相対的な安定、その無期限の持続性という前提から出発しているのである。彼らは、あらゆる手段で改良の獲得に努めるという任務を自己に課しており、それぞれの獲得物が大衆によって社会主義的議会主義の功績だとして、しかるべく評価されることに、関心を寄せているのである (トゥラーティ、ロンゲ一派)。
 古い順応的議会主義は、議会主義一般を廃止するための用具の一つである新しい議会主義によって取って代わられている。しかし、古い議会戦術の忌まわしい伝統は、一部の革命的分子を議会主義の原則的反対者の陣営に追いやっている(世界産業労働者連盟、革命的サンディカリスト、ドイツ共産主義労働者党)。このことを考慮して、第三共産主義インターナショナル第二回大会は、次の諸命題に到達する。

 

U 共産主義、プロレタリアートの執権のため、ブルジョア議会の利用のための闘争

 

 一

 

(一) 国家制度としての議会主義は、ブルジョアジーの「民主的な」支配形態となった。ブルジョアジーは、一定の発展段階においては人民代議機関という擬制を必要とする。それは、外面的には超階級的な「民意」の組織として現われるが、本質上は支配的な資本の手にに握られた弾圧と抑圧の用具である。

 

(二) 議会主義は、国家制度の特定の形態である。したがって、それは、階級をも、階級闘争をも、いかなる国家権力をも知らない、共産主義社会の形態とは決してなりえない。

 

(三) 議会主義は、ブルジョアジーの執権からプロレタリアートの執権への過渡期におけるプロレタリア的国家統治の形態でもありえない。内乱へと移行しつつある激化した階級闘争の時期には、プロレタリアートは、自己の国家組織を、不可避的に、以前の支配階級の代表を参加させない戦闘組織として建設しなければならない。この段階では、およそ「人民の総意」という擬制は、プロレタリアートにとって直接に有害である。議会的な権力分立は、プロレタリアートには不必要で、有害である。プロレタリア執権の形態はソヴィエト共和制である。

 

(四) プロレタリアートは、ブルジョア国家機構の重要な装置の一つであるブルジョア議会(そのもの)を、(長期にわたって)獲得することは出来ない。それは、プロレタリアートがブルジョア国家一般を獲得することが出来ないのと同様である。プロレタリアートの任務は、ブルジョアジーの国家機構を爆破し、それを破壊し、それとともに、共和制のそれと、立憲君主制のそれとを問わず、議会施設を破壊するにある。

 

(五) ブルジョアジーの地方自治機関にも、同じことが当てはまる。地方自治機関を国家機関に対置することは、理論的に誤りである。実際には、それはブルジョアジーの国家機構の同様な装置であって、革命的プロレタリアートはこれを破壊し、地方労働者代表ソヴィエトと置き換えなければならない。

 

(六) したがって、共産主義は、未来社会の形態としては、議会主義を否定する。それは、プロレタリアートの階級的執権の形態としては、議会主義を否定する。それは、議会を長期にわたって獲得する可能性を否定する。それは、議会主義の破壊を自己の目標とする。それゆえ、ここで問題となりうるのは、ブルジョア国家機関を破壊する目的でこれらの機関を利用することだけである。この意味で、もっぱらこの意味でのみ、この問題を提起することが出来る。

 

 二

 

(七) あらゆる階級闘争は政治闘争である。なぜなら、それは、結局は権力のための闘争だからである。どんなストライキも、それが全国に広がるときは、ブルジョア国家を脅かし始め、こうして政治的性格を帯びる。ブルジョアジーを打倒するため、その国家を破壊するために努力するということ、それは政治闘争を行うことを意味する。反抗するブルジョアジーを統治し、弾圧するための自己のプロレタリア的な階級的機構―どんな機構であろうと―を作り出すということ、それは政治権力を獲得することを意味する。

 

(八) したがって、政治闘争の問題は、決して議会主義に対する態度の問題に帰着するものではない。プロレタリアートの階級闘争が小さな、部分的な闘争から資本主義制度一般の打倒のための闘争へ移行してゆくという点で、政治闘争の問題は、プロレタリアートの階級闘争の一般的な問題である。

 

(九) ブルジョアジーに対する、つまりブルジョアジーの国家権力に対するプロレタリアートの闘争の主要な方法は、何よりもまず「大衆行動」の方法である。これらの大衆行動は、結束した、規律ある、中央集権的な共産党の一般的指導の下に、プロレタリアートの革命的大衆諸組織(組合、党、ソヴィエト)によって組織され、みちびかれる。内乱も一つの戦争である。この戦争では、プロレタリアートは、それ自身の優れた政治的将校団を、あらゆる闘争分野に渡ってすべての作戦を指揮する優れた政治的参謀本部を、もたなければならない。

 

(一〇) 大衆闘争は、発展しゆく諸行動の一体系である。これらの行動は、益々鋭い形態をとり、論理的に資本主義国家に対する蜂起へと導いてゆく。内乱へと発展してゆくこの大衆闘争においては、プロレタリアートの指導党は、通例、ありとあらゆる合法的陣地を自己の手に確保して、それらを自己の革命的活動の補助的拠点とし、またこれらの陣地を主要な戦役計画、大衆闘争の戦役計画に従属させなければならない。

 

(一一) このような補助的拠点の一つが、ブルジョア議会の演壇である。議会闘争への参加に反対する論拠として、それはブルジョア的国家機関だから、という口実をもち出すことは、決して出来ない。共産党がこの機関に入るのは、その中で有機的な活動を行うためではなく、大衆が行動によってブルジョアジーの国家機構や、議会そのものを内部から爆破するのを、議会の内部から助けるためである(例えば、ドイツにおけるリープクネヒトの活動、帝政国会、「民主主義会議」、ケーレンスキーの「予備議会」、「憲法制定議会」、市議会におけるボリシェヴィキの活動、最後にブルガリアの共産主義者の活動)。

 

(一二) 議会内のこの活動は、主として、議会の演壇から革命的扇動を行うこと、敵を暴露すること、とりわけ遅れた地方で今なお民主主義的な幻想に捉われていて、議会の演壇を見まもっている大衆を思想的に結集することに帰着するが、この活動は、議会外での大衆闘争の目標及び任務に完全に従属させられなければならない。
 選挙カンパニアに参加し、議会の演壇から革命的宣伝を行うことは、例えば農村の勤労大衆のように、これまで革命運動や政治生活の局外に留まっていた勤労者層を政治的に獲得する上で、特別の重要性をもっている。

 

(一三) 共産主義者は、地方自治機関内で多数を占めた場合には、次のことを行わなければならない。即ち、(a)ブルジョア的中央権力に対する革命的反対派を構成すること、(b)最も貧困な住民に奉仕するために全力を尽くすこと(経済的諸措置、武装労働者民兵の組織化、またはそれを組織する試み、等々)、(c)あらゆる真の大きな変化に対してブルジョア国家権力が設ける障壁を、機会あるごとに指摘すること、(d)これを基礎として、国家権力との衝突を恐れずに、断固たる革命的宣伝を行うこと、(e)一定の状況の下では、地方自治体を地方労働者代表ソヴィエトと置き換えること。こうして、地方自治機関における共産主義者の全活動は、資本主義制度の解体のための彼らの活動の部分でなければならない。

 

(一四) 選挙カンパニアそのものは、出来るだけ多数の議席を追い求める滞神ではなく、プロレタリア革命のスローガンの下に大衆を革命的に動員する精神で行われなければならない。選挙闘争は、党上層部だけではなく、全党員大衆によって行われなければならない。その際必要なことは、ちょうどそのとき起こっているあらゆる大衆行動(ストライキ、デモンストレーション、兵士や水兵の間の運動、その他)を利用し、それとの緊密な結びつきを打ち立てることである。すべてのプロレタリア大衆組織を積極的活動に引き入れる必要がある。

 

(一五) これらの条件や、さらに特別の指令に示した諸条件が守られるならば、議会活動は、すべての国の社会民主党が実行しているような下劣な政治的手練手管とは正反対のものとなる。社会民主党が議会に入るのは、この「民主的な」機関を維持するためか、せいぜいよい場合でもそれを「獲得する」ためである。共産党が支持出来るのは、もっぱらカール・リープクネヒトとボリシェヴィキの精神での議会主義の革命的利用だけである。

 

 三

 

(一六) だから、選挙への参加と議会内の革命的活動とを絶対に、無条件に拒否するという意味での原則的「反議会主義」は、何らの批判にも耐えない、素朴な、子供っほい理論であって、ときには政治的手管をこととする議員達に対する健全な嫌悪感に由来するものではあるが、それと同時に、革命的議会主義の可能性を理解しないものである。その上、この理論は、しばしば党の役割についてのまったく誤った観念、即ち、共産党を、労働者の戦闘的、中央集権的な前衛としてではなく、互いにろくろく結びつきをもたない諸グループの地方分権的な体系としてみる観念と関連しているのである。

 

(一七) 他方では、議会活動を原則的に承認することからは、あらゆる事情の下で、具体的な選挙や、議会の会議への具体的な参加の必要性を絶対的に承認するという結論は、決して出て来ない。ここでは、問題は幾多の特殊的な諸条件にかかっている。これらの条件の一定の組み合わせの下では、議会から脱退することが必要となりうる。ボリシェヴィキが、予備議会を爆破し、それを一挙に無力化し、蜂起の指導を目前に控えたペテルブルク・ソヴィエトをそれに対置することを目的として、予備議会から脱退したとき、彼らはそのように行動したのであった。ボリシェヴィキはまた、憲法制定議会でも、この議会を解散したその日、同じように行動して、政治的諸事件の重点を第三回ソヴィエト大会に移した。別の状況の下では、選挙をボイコットし、ブルジョア国家機構全体をも、ブルジョア的な議会徒党をも、面接の実力によって廃止することが、あるいはまた、議会そのものをボイコットしなから選挙には参加することが、必要でありうる、等々。

 

(一八) こうして、中央議会と、地方自治体の機関とを問わず、その選挙に参加する必要、及びこれらの機関内での活動を、通則として承認するとともに、共産党は、当面の情勢の特有の特殊性の評価から出発して、問題を具体的に解決しなければならない。選挙や議会のボイコット、さらに議会からの脱退が許されるのは、主として、権力を目指す武装闘争に直接に移行するための条件が備わっているときである。

 

(一九) この場合、この問題は相対的に重要度の低い問題だということを、常に念頭に置く必要がある。重点は国家権力のための議会外の闘争にあるのだから、プロレタリア執権及びそれを目指す大衆闘争の問題と、議会主義の利用に関する部分的問題とを同列に置くことが出来ないのは、いうまでもない。

 

(二〇) それゆえ、共産主義インターナショナルは、およそこの線に沿って、もっぱらこの理由によって共産党を分裂させること、ないしは分裂させようと企てることは、大きな誤りだと考えることを、断々固として強調する。本大会は、労働者階級のすべての大衆組織内で自己の影響力を実現するところの、革命的プロレタリアートの中央集権的な党の指導の下で行われるプロレタリア執権のための大衆闘争を承認する立場をとるすべての分子に対して、例えブルジョア議会の利用の問題で意見の相違があろうと、共産主義分子の完全な一致の達成に努めるよう、呼びかける。

 

V 革命的議会主義

 

革命的議会戦術が実際に実行されるように保障するためには、次のことが必要である。

 

(一) 全体としての共産党と党中央委員会とは、すでに準備段階において、つまり議会選挙の前に、議員団の人的構成の高い質を確保するために、系統的に心を配らなければならない。共産党中央委員会は、共産党議員団の全活動について責任を負わなければならない。共産党中央委員会は、どの組織のどの候補者についても、その候補者が議会に入ったのち真に共産主義的な政策を遂行することが確信出来ない場合には、これを忌避する争いえない権利をもっている。

 

 共産党は、いわゆる「老練な」議会人―主として弁護士その他―だけを代議士に選ぶという古い社会民主主義的な習慣をやめなければならない。通例は労働者を候補者に立てることが必要であって、ときとしてその候補者が議員としての豊かな経験をもたない一般党員であっても、それにこだわってはならない。共産党は、議会に入ろうという目的で共産党に取り入ってくるような出世主義的分子を、仮借なく糾弾しなければならない。共産党中央委員会は、労働者階級に対するその無条件的な献身を長年の活動によって証明した人々だけを、候補者として承認するようにしなければならない。

 

(二) 選挙が終わったならば、全体としての党がそのときに合法的であるか、非合法的であるかにはまったく関わりなく、議員団を組織する仕事は完全に共産党中央委員会の手に握られなければならない。共産党議員団の団長と幹部会は、党中央委員会の承認を得なければならない。党中央委員会は、議員団の中に、拒否権をもつ自己の常任代表をもたなければならない。すべての重要な政治問題については、議員団は、あらかじめ党中央委員会に指令を求める義務がある。中央委員会は、議会で共産主義者の重要な演説が行われようとしているときにはいつでも、議員団の演説者を指名し、あるいは忌避し、また演説者に、演説の要綱あるいは全文を、あらかじめ中央委員会に提出してその承認を求めるように要求する等々の権利と義務をもっている。共産党から立候補する候補者の一人ひとりから、当該代議士は、党中央委員会の要求があり次第議員の職を辞任する義務を負う旨の誓約書を、完全に公式に徴収しなければならない。これは、必要な場合に、党が議会から脱退するという決定を組織的に行えるようにするためである。

 

(三) 共産党の議員団の中に、すでに改良主義分子、半改良主義分子、単なる出世主義分子が入り込んでしまっている国々(これは既にいくつかの国で起こったことである)では、共産党中央委員会は、多人数だが確固たる共産主義的方針のない議員団をもつよりも、小さくとも真に共産主義的な議員団をもつ方が、労働者階級の大業にとって遥かに有利であるという原則から出発して、議員団の人的構成の徹底的な粛清を行う義務を負う。

 

(四) 共産党代議士は、中央委員会の決定に基づいて、合法活動と非合法活動を結合する義務を負う。共産党代議士が今なおブルジョア的法律の前で若干の議員不可侵権を享受している国々では、この不可侵権は、党の非合法の組織や宣伝を助けるために利用されなければならない。

 

(五) 共産党代議士は、議会内でのその全行動を自党の議会外の活動に従属させなければならない。党とその中央委員会との指示に基づいて、ブルジョア的多数派に採用させるためではなく、宣伝、扇動、組織のために、示威的な法案を規則的に提出するようにしなければならない。

 

(六) 労働者の街頭デモンストレーションや、その他の革命的行動が行われる場合には、共産党代議士は、プロレタリア大衆の先頭に立って、真っ先の、重要な部署を占める義務がある。

 

(七) 共産党代議士は、その利用しうるあらゆる手段を用いて、革命的労働者、農民、その他の勤労者との間に、文書その他による各種の結びつきを(党の統制の下に)作らなければならないが、しかし、どんな場合にも、選挙人との功利的な結びつきを追い求める社会民主党の代議士の真似をしてはならない。共産党代議士は、いつでも共産主義組織の指揮に従って、国内でのどんな宣伝活動にでも自分を役立てなければならない。

 

(八) 共産党代議士の一人ひとりが、自分は他の立法者達との合意を求めなければならない「立法者」ではなく、敵の陣営内で党の決定を遂行するために送りこまれた党扇動者であるということを、心に留める義務がある。共産党代議士は、分散した選挙人大衆に対してではなく、合法か非合法かには関わりなく、自分の党である共産党に対して責任を負う。

 

(九) 共産党代議士は、党が彼の演説をリーフレットに転載して、自国のへんぴな片田舎にまで広めることの出来るように、議会では、どの普通の労働者、農民、洗濯婦、羊銅にもわかるような言葉で語らなければならない。

 

(一〇) 一般の労働者共産主義者は、―その労働者が議会活動の分野での新参者である場合にさえ―ブルジョア議会で発言するのをためらって、いわゆる老練な議会人に順番を譲ったりしてはならない。必要があれば、労働者代議士は、あとでその演説を新聞やリーフレットにのせることの出来るよう、その演説を筆記原稿から直接に読み上げても良い。

 

(一一) 共産党代議士は、ブルジョアジーとその露骨な追従者達ばかりでなく、さらに社会愛国主義者、改良主義者、中途半端な「中央派」の政治家や、その他の共産主義の敵どもをも暴露するため、また第三インターナショナルの思想を広く宣伝するために、議会の演壇を利用しなければならない。

 

(一二) 共産党代議士は、議会全体で一人か二人の共産党代議士しかいない場合にさえ、その全行動によって資本主義に挑戦しなければならず、口先ではなく、実際にブルジョア制度とその社会愛国主義的従僕どもとの非和解的な敵である者だけが、共産主義者の称号に値することを、決して忘れてはならない。


 
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