内閣法制局が作り上げた「天皇」に関する政府解釈

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内閣法制局が作り上げた「天皇」に関する政府解釈

 

内閣法制局が作り上げた日本国憲法における「天皇」に関する政府解釈をご紹介します。

 

 

 

 

象徴天皇に関する政府解釈

以下の内容としては、日本国の象徴を天皇が表していること、過去にイギリスのウェストミンスター条例と同様であることを答弁しています。

 

つまりイギリスと同様の議院内閣制モデルです。
ちなみに帝国憲法のとくに大正デモクラシー期においては、イギリス型の議院内閣制を推進していましたので、それとも合致するといえます。

 

第71回国会特別会参議院内閣委員会16号2頁
昭和48(1973)年6月28日 吉國 一郎 内閣法制局長官
 外国からわれわれに対しまして、ときどきこういうことがございますが、私も数年前、二、三年前でございますか、アフリカの某国の法務総裁の訪問を受けまして、日本国憲法について概要を説明してくれないかということで、つたない外国語をあやつって説明をしたことがございます。
 そのときに、日本の憲法のまず特徴としては、主権在民であって、しかも天皇をいただいておる。この第一章について説明をいたしたわけでございます。そこで、天皇が象徴である。この象徴ということにつきましては、シンボルということを使っても非常によくわかるわけでございます。象徴と申しますのは、いまさら申し上げるまでもなく、一つのものごとを理解するために、Aという事柄をあらわすためにBという事象をもってする。ハトが平和の象徴であると言えば、平和という、Aという事項をあらわすためには、ハトを見ることによっておのずから万人の心の中に平和という観念が浮かび上がってくるというものを申すということは、これはいまさら申し上げるまでもございませんが、そのような説明をいたしますと非常によくわかって、なるほど日本のエンペラーはそういう地位にあられるのかということを言ったことを記憶いたしております。もちろん、さらに第二章の「戦争の放棄」以下、あの規定についても説明をいたしますけれども、日本のエンペラーの存立の基礎というものについて、そのような説明をいたしますと、非常に日本の国柄について理解をしてくれております。
 その際、また、たとえば、いまはイギリス連邦とは申しておりませんが、コモンウエルス・オブ・ネーションズという昔のいわゆる英連邦の象徴としてイギリスのキングなりクイーンなりがあられるということも、これはウエストミンスター条令というものに規定をされておりますが、その説明をいたしまして、これと同様なものである、シンボルという意味においては同様なものであるということを申したようなことがございます。

 

以下の内容としては、内治外交のすべてを通じて国を代表して、行政権を掌握する存在であるという定義であれば元首でありません。

 

しかし実質的な国家統治の大権を持たなくても元首、英語でいうと「Head of a state」の地位にあることを答弁しています。
それは形式的儀礼的な権能は有しているためです。

 

行政権を掌握する存在というよりは権力の源泉としての位置づけであれば帝国憲法や日本国憲法の国事行為を見ても昔から変わらないと捉えることが出来ます。

 

第71回国会特別会参議院内閣委員会16号2頁
昭和48(1973)年6月28日 吉國 一郎 内閣法制局長官
 先ほど申し上げました内閣の憲法調査会は、その報告書におきまして、天皇は、対外関係において一般的に国を代表するものとしての元首たる地位にあると解釈することができるということは、委員のほとんど全員の一致した見解であったという旨を報告いたしております。もっとも、天皇が元首であるかどうかは、要するに元首の定義のいかんに帰する問題であると思います。この点は、先般、衆議院の内閣委員会においても私申し上げたところでございますが、かつてのように、元首とは内治外交のすべてを通じて国を代表して、行政権を掌握する存在であるという定義によりまするならば、現在の憲法のもとにおきましては天皇は元首ではないということになりますが、今日では、実質的な国家統治の大権を持たなくても、国家におけるいわゆるヘッドの地位にある者を元首とするような見解も有力になってきております。この定義によりまするならば、天皇は、現憲法下においても元首であると言って差しつかえないと存じます。

 

以下の内容としては、帝国憲法の天皇と日本国憲法の天皇の違いを答弁しています。

 

まず帝国憲法では、統治権を総攬する地位ということで、権力の源泉という意味です。
そしてそれは、歴史的に日本書紀に出てくる天壌無窮の神勅に基づいて統治をする意味となります。

 

対して日本国憲法では、日本国と日本国民統合の象徴ということで非政治的な地位にあると答弁しています。
そしてその地位は日本国民の総意に基づいています。

 

しかし、帝国憲法をどの時代で解釈するかにはなりますが、政治的な地位にあった時代があるわけではありません。
天皇機関説が排撃された国体明徴運動の時期に天皇親政をいう人達がいましたが、その時に天皇機関説の学説が葬られましたが、だからといって天皇親政にはなってはいません。

 

第75回国会常会衆議院内閣委員会7号20頁
昭和50(1975)年3月18日 角田 礼次郎 内閣法制局長官
 旧憲法下の天皇と現在の憲法のもとにおける天皇というものの権能なり、地位というものにおいて非常な違いがあるということは御指摘のとおりでございます。そこで、一番大きな違いと申しますと、やはり第一に、旧憲法下における天皇は、いわゆる国の元首であって統治権を総攬する地位にあられたということであります。これに対して現憲法のもとにおける天皇は、第一条に明記するがごとく、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、一口で言えば非政治的な地位におられるということであろうと思います。
 それから第二に、旧憲法下における天皇は、さかのぼりますと、いわゆる神勅にさかのぼるわけでございますが、万世一系の天皇として初めからそういう地位を持っておられたということでございますけれども、現在の天皇は、やはり第一条に明記されているごとく、この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく。この二点が旧憲法下における天皇と現憲法下における天皇との非常に大きな違いであろうと思います。

 

 

皇位の継承に関する政府解釈

以下の内容としては、皇位が皇統に属する者によって継承されることを答弁しています。

 

継承については、皇室典範に従うものとなります。

 

第193回国会常会衆議院議院運営委員会31号8頁
平成29(2017)年6月1日 横畠 裕介 内閣法制局長官
 憲法第二条の世襲とは、皇位が代々皇統に属する者によって継承されるということであると考えられます。

 

内容としては、皇統は、「天皇の血統、血筋」と答弁していることから、男系男子や男系女子のほか、女系男子や女系女子も含められることを示唆している答弁です。

 

第193回国会常会衆議院議院運営委員会31号8頁
平成29(2017)年6月1日 横畠 裕介 内閣法制局長官
 皇統と申しますのは、天皇の血統、血筋ということでございます。

 

 

天皇の権能に関する政府解釈

以下の内容としては、憲法第三条に基づいて国事行為が行われていることを答弁しています。

 

もし高辻長官が言われているところの「拒否」をすることになれば、国法との対決を強いられるという意味です。

 

歴史的にいえば後鳥羽上皇の承久の乱と同じで、それを「主上御謀反」といいます。

 

第48回国会常会参議院内閣委員会28号3頁
昭和39(1964)年4月28日 高辻 正巳 内閣法制局長官
 憲法はただいまお話が出ましたように、天皇が内閣の助言と承認によって国事行為を行なわれるというわけで、内閣の助言と承認があって天皇が当該行為を行なわれないということはあり得ないわけでございます。天皇の国事行為につきましても、憲法には第三条がございますように、内閣がその責任を負う、天皇の国事行為についても内閣が責任を負うわけでございまして、内閣が助言と承認をしながら、天皇がその行為を行なわれない、つまり拒否をされるということは憲法に認めておらないところでございます。

 

以下の内容としては、天皇の行為には国事行為のほか、私的行為と公的行為があることを答弁しています。

 

公的行為は、憲法第一条を根拠にして、その責任は第一次的には宮内庁、第二次的には内閣府となります。

 

民主党政権時代に小沢幹事長が習近平との会見を強行した際に、天皇は、内閣の助言と承認に基づいて行われるから問題ないということを言っていましたが、この場合は外国賓客との接見は公的行為になりますので、第一次的には宮内庁になります。

 

第71回国会特別会衆議院内閣委員会27号8頁
昭和48(1973)年6月7日 吉國 一郎 内閣法制局長官
 先ほど総理からお答え申し上げましたように、天皇の行為には、憲法の定める国事行為のほかに、天皇の個人としての私的な行為と、それから日本国の象徴たる地位に基づくいわゆる公的行為、これも学者によっては公的行為とか準国事行為とか呼んでおりますが、そういう行為があることは、これは否定できないところであると思います。
 国事行為につきましては、内閣の助言と承認によって行なわれるということは憲法に明定をされております。それでは公的行為についてはどういうふうに行なわれるか。これは皇室に関する国家事務を処理いたしております宮内庁、それを統轄する総理府、さらにその総理府を統轄する責任のある内閣が、責任をもってこの公的行為について、いかなる行為を行なわれるか、その公的行為を行なわれるに際しまして、憲法第四条第一項にございます「国政に関する権能を有しない」という規定の趣旨にかんがみまして、いやしくも国政に影響を及ぼすようなことがあってはならないという配慮を十分にいたしておるわけでございまして、第一次的には宮内庁、第二次的にはそれを包括する総理府、さらに内閣が責任を負うものでございます。

 

 

天皇による国政の影響力に関する政府解釈

以下の内容としては、天皇に関する見解を答弁しています。

 

天皇は、「国政に関する権能を有せられない」、つまり権限を持たないということになります。

 

権限を持たないことから、天皇の行動が国政に対して影響を及ぼすことがあってはならないと答弁しています。

 

本来立憲君主制における君主は、ウォルター・バジョットが言われていた「激励権」、「被諮問権」、「警告権」を行使するは出来ます。

 

影響力すら及ぼしてはならないというのは、宮沢俊義の天皇ロボット説に基づいていること、そしてそれが政府見解であることがわかる答弁です。

 

第76回国会臨時会参議院議内閣委員会4号13頁
昭和50(1975)年11月20日 吉國 一郎 内閣法制局長官
 わが国の憲法では、天皇の地位を規定をいたしまして、第一条で日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるという、象徴としての地位を規定いたしますと同時に、天皇は、主として第七条でございますが、そのほかにも第三条、第五条、第六条等であらわれておりますように、国事行為というものを行われる国家機関としての地位を持っておられます。このことについては、一昨年の国会でもいろいろ議論がございましたけれども、およそ天皇は、憲法第四条第一項で言っておりますように国政に関する権能を有せられないわけでございますので、およそ天皇の行動があらゆる行動を通じて国政に対して影響を及ぼすようなことがあってはならないということは当然でございます。国事行為につきましては、すべて内閣の助言と承認によって、内閣が実質的に意思を決定するということによってその点は守られておりますが、いわゆる公的行為あるいは学者の準国事行為と申しますものにつきましては、そのような憲法上の規定はございませんけれども、当然、皇室に関する国家事務として補佐をいたします第一次的には宮内庁、第二次的には宮内庁を包摂をいたします総理府、内閣総理大臣の機関としての総理府、それから最終的には国政全般に対して責任を負っておりますところの内閣が天皇の公的行為についていささかも国政に影響を及ぼすようなことがあってはならないということについて十分に慎重な配慮をいたしておるということでございます。で、私的行為については、事実上国政に影響を及ぼすようなことが考えられないのではございますが、もちろん、私的な行為を通じてでも国政に影響を及ぼすようなことがあってはならないということは当然のことであろうと思います。

 

以下の内容としては、吉國長官の内容と同じ答弁です。

 

天皇は、実質的決定権を持たないというのは権限を持たないため、そのような答弁となります。

 

そして吉國長官と同様に、国政に影響を及ぼすことが出来ないことを答弁しています。

 

ここで言われている権限を持たないことと影響力を持たないの意味は異なります。
つまり権限を持たないが影響力を持つというのは立憲君主国の君主ですが、両方持たないというのは、いわば傀儡と同じです。

 

第193回国会常会衆議院議院運営委員会31号7頁
平成29(2017)年6月1日 横畠 裕介 内閣法制局長官
 憲法第四条第一項は、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」旨を、また、憲法第三条は、「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ」と規定しております。これらは、憲法上、象徴として位置づけられた天皇と、あくまでも国民主権のもとで行われるべき国政との関係の基本を定めたものであると理解されます。
 すなわち、国家機関としての天皇の行為は、憲法の定める国事行為のみに限られます。これらの国事行為も全て内閣の助言と承認によって行われるものであり、天皇はいかなる意味でも実質的決定権を持たないということであります。
 また、天皇が国事行為以外にいわゆる公的行為を行うことは憲法の否定するところではありませんし、また、私人としての行為をすることも当然でありますが、それらの行為を通じて国政に事実上影響を及ぼすようなことがあってはならないということであります。
 このことの反面として、政治の側からは、いわゆる天皇の政治利用は禁じられているものと理解しております。
 このように天皇と政治を分離するということは、国民主権を前提とする象徴天皇制を安定的に維持する上での基礎となっているものと理解されます。

 

 

天皇の基本的人権に関する政府解釈

以下の内容としては、天皇条項と憲法第14条は、どちらが優先する、優越するという関係ではないことを答弁しています。

 

つまり天皇条項は、憲法第14条の例外として認められているということになります。

 

第153回国会臨時会参議院共生社会に関する調査会2号17頁
平成13(2001)年11月19日 阪田 雅裕 内閣法制局第一部長
 憲法十四条と天皇に関する規定の整合性についてのお尋ねというふうに承りましたけれども、御案内のように、憲法は、その第一条におきまして天皇の地位を日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると定め、またその第二条におきましては、こうした天皇の地位が世襲されることを定めているところであります。
 したがいまして、今御指摘の法のもとの平等を定めました憲法第十四条も、あくまでも同じ憲法のもとで、今申し上げましたような天皇の制度が設けられているということを前提として、要するに両方が調和のある形で理解をされるべきものであるというふうに考えております。
 いずれも憲法上の規範でありまして、どちらが優先する、優越するというような関係にはないということを御理解いただきたいと思います。

 

以下の内容としては、政治に関与しない範囲においての表現の自由はあると答弁しています。

それは私的行為に限る意味としてです。

 

第87回国会常会衆議院内閣委員会8号16頁
昭和54(1979)年4月19日 真田 秀夫 内閣法制局長官
 天皇の地位としては、いわゆる象徴たる資格における国事行為をなさるということのほかに、私人としての御行為もあります。したがって、原則としては、表現の自由なり一般的に基本的な人権をお持ちでございますが、いまの憲法第一条が書いておるような象徴としての地位をお持ちでございますし、政治には関与されないということもまた別の条文ではっきり書いてございますので、そういう方面からする制約はございます。その制約の範囲内においては、天皇は人権の制限をお受けになっても、これは憲法が認めているところでございます。

 

以下の内容としては、私的行為としての出版の自由などの表現の自由は認められていることを答弁しています。

 

第87回国会常会衆議院内閣委員会8号16頁
昭和54(1979)年4月19日 真田 秀夫 内閣法制局長官
 天皇が私人として、個人としてといいますか、行動されるその御行動の中に出版ということは当然入っておりますし、現に天皇のいろんな生物学の御研究の結果の出版物もあるやに伺っております。ただし、表現の自由はお持ちでございますが、先ほど申しましたように、政治には関与されない。つまり象徴たる性格になじまないような、そういう内容の表現の自由はお持ちにならない、制約をお受けになる、こういうことになろうかと思います。

 

以下の内容としては、まず一井参議院議員が、重光元外相が天皇に外交問題を報告した際つまり内奏の場で話されたことについて、これは憲法上の天皇の権能として問題がないかを質問しています。

 

それに対して、大出第一部長は、憲法第四条第一項の趣旨としては、「事実上においても国政の動向に影響を及ぼすことがあってはならない」と答弁しています。

 

第112回国会常会参議院決算委員会閉会中審査1号6頁
昭和63(1988)年5月26日 一井 淳治 参議院議員
 次に、けさの毎日新聞の記事を見て気がついたわけでございますけれども、昭和三十年の夏、重光元外相が天皇に外交問題を報告した際に、天皇から、「日米協力反共の必要、駐屯軍の撤退は不可なり、」というお達しがあったということが書いてあるわけでございます。
 その問題にちょっと関連して質問をさせていただきたいと思いますけれども、まず天皇の権能でございますね、象徴として政治的行動はできないはずでありますけれども、憲法上の権能という観点からしてこのような政治的な行動、政治的な発言というものはよいものかどうかということを、これは一般論、抽象論としてまずお尋ねいたしたいと思います。
大出 峻郎 内閣法制局第一部長
 一般論として申し上げさせていただきたいと思います。
 憲法第四条第一項でございますが、ここでは、天皇は国政に関する権能を有しないという趣旨の規定が設けられております。直接にはこの規定は、国家機関としての天皇は、憲法に定める国事に関する行為のみを行い、国政に関与する権能を全く持たない旨を定めるものでございますが、この規定の趣旨には、一般に天皇の行為によりまして事実上においても国政の動向に影響を及ぼすようなことがあってはならない、こういう趣旨を含むものと解されてきているところであります。

 

 

天皇の譲位に関する政府解釈

以下の内容としては、皇室典範に譲位の規定がないことから、譲位の自由はないことを答弁しています。

 

第65回国会常会衆議院内閣委員会6号37頁
昭和46(1971)年3月10日 高辻 正巳 内閣法制局長官
 まず後段のほうの天皇の御退位についての法律上の問題点の御指摘がございましたが、これは簡単に申せば仰せのとおりだと思います。憲法の第二条の、皇位は「国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。」という規定を受けまして皇室典範があって、これも御指摘のとおり第四条「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。」ということで、退位の御自由がないというのが現行の憲法及び法律のたてまえであります。したがって、概していえば仰せのとおりということがいえると思います。それから、その前にお話がありました国事行為の臨時代行に関する法律の点は、私が先ほど申し上げた点は、実は法律そのままを申し上げているわけで、私がこれについてチェックをしようとかいうような意図をもって申し上げたわけではございません。法律の定めるところによりますと、「天皇は、精神若しくは身体の疾患又は事故があるときは、摂政を置くべき場合を除き、内閣の助言と承認により、」「臨時に代行させることができる。」という規定がありますので、疾患または事故がないのに臨時代行をさせるというわけには法律上まいらないということを申し上げたわけでありまして、主として御指摘の点は、この「疾患又は事故」の解釈、運用の問題であろうと思います。それだけ法律的観点から申し上げておきます。

 

以下の内容としては、憲法改正しなければ天皇の譲位を認められないというわけではなく、皇室典範の改正や特例や特則を定める法律も認められることを答弁しています。

 

第192回国会臨時会衆議院予算委員会2号25頁
平成28(2016)年9月30日 横畠 裕介 内閣法制局長官
 陛下の御公務の負担をめぐりましては、過日の陛下の御発言を契機といたしまして、国民の間でさまざまな意見の表明がなされ、また、政府といたしましても、有識者会議を設けて、これから広く検討を行うとされているものと承知しております。
 したがいまして、当局として現時点で予断的なことを申し上げるのは差し控えさせていただきたいと思いますが、それと切り離した上で、あくまでも一般論として、憲法の解釈という観点から申し上げたいと思います。
 憲法第二条は、皇位は世襲のものとするほかは、皇位の継承に係る事項については、国会の議決した皇室典範、すなわち法律で適切に定めるべきであるということを規定しているものと理解しているところでございます。
 また、一般に、ある法律の特例、特則を別の法律で規定するということは法制上可能でございます。
 そのことを踏まえますと、憲法第二条に規定する皇室典範といいますのは、特定の制定法であります皇室典範、昭和二十二年法律第三号ということになりますが、その特定の法律のみならず、皇室典範の特例、特則を定める別法もこれに含み得る、当たり得るというふうに考えられるところでございます。(細野委員「もう一問聞いています。ちょっと手短にお願いします」と呼ぶ)はい。
 もう一点でございます。
 今お答えしたとおり、皇位の継承に係る事項については、いわば法律事項と解されるところでございます。したがいまして、憲法を改正しなければ、およそ退位による皇位の継承を認めることができないということではないと考えております。(細野委員「ではない」と呼ぶ)ない。憲法を改正しなければ、およそ退位による皇位の継承を認めることができないということではないと考えております。

 

 

元号に関する政府解釈

以下の内容としては、元号法が制定される前になります。

旧皇室典範の廃止によって、昭和の元号は、事実上の慣習に基づくことになってしまいましたのでそのことを答弁しています。

 

第75回国会常会衆議院内閣委員会7号16頁
昭和50(1975)年3月18日 角田 礼次郎 内閣法制局長官
 受田委員の御指摘の問題でございますが、御承知のように、現在の昭和という元号は、法律上の基礎はなくて、事実としての慣習として現在用いられておるという認識に立っているわけであります。その慣習の中身としては、現在の陛下が御在世中に限るという認識を同時に含んでいるというふうに私ども考えております。したがいまして、陛下に万一のことがございましたら、昭和という元号がその瞬間をもって消える、言いかえれば、空白の時代が始まるということになるわけでございます。
    〔委員長退席、木野委員長代理着席〕
 そこで、改めて元号制度というものをどうするかという政策決定がなされるべきだと思いますが、それがどういう形で、法律でなされるか、あるいは内閣限りでやるか、そういう問題を含めまして、そういう政策決定、さらにそれについての法的な措置というものが完了いたしますまでは、いわゆる元号というものはないわけであります。
 それから最後に、西暦を使うことになるかどうかということで御質問になりましたけれども、これは実際上使うかどうかということは実際の問題だと思います。少なくとも申し上げられることは、元号というものは空白になる、こういうことでございます。

 

以下の内容としては、天皇の象徴としての地位に基いて改元されることそしてそれは憲法違反にならないことを答弁しています。

 

平成から令和に改元の公表にあたり、内閣法制局は、公表の時期と、即位後に改元手続きを行う時期を引き離す「分離案」について「適当でないが、違法ではない」という見解を示しました。

 

仮に「新天皇に公布させるために先送りした」となった場合に改元手続きで天皇に配慮したことになり、天皇の政治的関与を禁じる憲法に抵触するおそれがあるという見解です。

 

そのため本来一世一元の制であれば、次の天皇が署名し、公布することになるはずが、現天皇が署名し、施行を5月1日としました。
分離案の「新天皇の即位と署名を待つ」ことによって、天皇が国政に関する権能を持たないこととした憲法第4条違反と指摘されかねないと懸念しています。

 

第87回国会常会衆議院内閣委員会8号16頁
昭和54(1979)年4月19日 真田 秀夫 内閣法制局長官
 元号制度そのものが憲法の改正によって廃止されてしまったとは言えないわけなんで、別に憲法のどの規定にも反するわけではない。
 それで問題にされておるのは、いわゆる実質的な一世一元の点だろうと思うのですが、なるほど天皇の憲法上の地位は旧憲法と現在の憲法とでは非常に違います。違いますが、現在の憲法でも、やはり象徴としての天皇の地位というものは厳粛に国民の総意によって認めているわけですから、皇位の継承というその事柄を契機として改元をするということは、少しも憲法違反にはならないというふうに考えるわけでございます。

 

 

天皇の祭祀に関する政府解釈

以下の内容としては、日本国憲法下において践祚の概念がないとのことです。

まず皇室典範第4条に「直ちに即位」とありますが、これが践祚の概念になります。

 

実際に、この時に剣璽渡御の儀も行われています。

 

そして皇室典範第24条の「即位の礼」が歴史上でいうところの即位の概念になります。

 

また、大嘗祭については憲法第7条の「儀式を行ふこと」にも該当出来ないため政府としてやらないという解釈になります。

 

第87回国会常会衆議院内閣委員会7号16頁
昭和54(1979)年4月17日 真田 秀夫 内閣法制局長官
 現行の制度で申しますと、践祚という概念が実はないわけなんでして、先ほどお読みになりました皇室典範の第四条で「皇嗣が、直ちに即位する。」ということと、それからいま一つ条文といたしましては、皇室典範第二十四条に「皇位の継承があったときは、即位の礼を行う。」という規定がございます。この「即位の礼を行う。」という場合の即位の礼は、憲法の規定に照らせば、憲法第七条の国事行為の末号にある「儀式を行ふこと。」という儀式に入るのだろうと思いますが、践祚という概念はもうございません。
 それから、大嘗祭については現在もう規定はないというふうにお考えになって結構だと思います。

 

以下の内容としては、大嘗祭は神式の儀式になるため憲法第20条第3項によって許されないと答弁しています。

つまり政教分離の原則に基づいて、政府として神式の儀式は出来ないということです。

 

第87回国会常会衆議院内閣委員会7号16頁
昭和54(1979)年4月17日 真田 秀夫 内閣法制局長官
 皇位の継承に伴いましていろいろな儀式をおやりになるでしょう。そのうち、国事行為として行われる部分と、それから天皇家といいますか皇室の行事として行われる分と、それは分けてわれわれ考えているわけなんです。
 それで、大嘗祭につきましては、これはもう少しせんさくしてみなければわかりませんが、従来の大嘗祭の儀式の中身を見ますと、どうも神式でおやりになっているようなので、それは憲法二十条第三項の規定がございますので、そういう神式のもとにおいて国が大嘗祭という儀式を行うことは許されないというふうに考えております。それは別途皇室の行事としてあるいはおやりになるかどうか、それは政府の方ではというか、私の方では実は直接関係がございませんので、もし御疑問でございましたならば、それは宮内庁の方にお尋ねをしていただきたいと思うわけでございます。

 

以下の内容としては、大喪の礼は、憲法第7条第10号に基づいて国費を支出しています。

 

また国民的敬弔の対象となるため、公的な性格を持っているため、国費の支出が憲法第20条第3項や憲法第89条に違反するものではないと答弁しています。

 

第114回国会常会衆議院内閣委員会2号4頁
平成元(1989)年2月10日 味村 治 内閣法制局長官
 まず、大喪の礼の費用でございますが、この大喪の礼は国の儀式でございまして、憲法二十条第三項の禁止しているような宗教的活動に当たらないようになっておりますので、これに国費を支出することには問題がない、このように考えております。
 次に、皇室におかれます昭和天皇の御葬儀に関しますもろもろの支出でございますが、これは皇室の行事として行われるわけでございますが、天皇が崩御されました場合には、天皇は日本国の象徴でございますし、日本国民統一の象徴でもございます。そういう地位を持っておられる方でございますから、天皇の御葬儀はたとえ皇室が行われるものでございましても、国民的敬弔――敬弔と申しますのは謹んで弔うということでございますが、国民的敬弔の対象として公的性格を持っているわけでございます。
 先ほど御指摘の憲法二十条第三項、これにつきましては昭和五十二年七月十三日の津地鎮祭に関する最高裁判決がございます。さらに、昨年の六月一日、同じ趣旨の最高裁の判決が出ております。私どもは、この判決の趣旨に従い判断いたしまして、このような国費の支出は憲法二十条三項の禁止する宗教的活動には当たらない、このように考えている次第でございますし、さらに御指摘になりました憲法八十九条の宗教上の組織または団体への支出、これも、先ほど申し上げましたように皇室の御葬儀というのは国民的敬弔の対象でございますので、いわば公的な性格を持っておりますから、そのような憲法八十九条の禁止するような支出には当たらない、このように考えている次第でございます。

 

以下の内容としては、大喪の礼は国の儀式、葬場殿の儀は皇室の行事として行われるとのことです。

 

そのためこの時に古川貞二郎内閣首席参事官の発明による移動式鳥居を使って大喪の礼の際には、鳥居を動かし、葬場殿の儀において鳥居を設置して行われました。

 

第114回国会常会衆議院内閣委員会2号4頁
平成元(1989)年2月10日 小渕 恵三 内閣官房長官
 大喪の礼の御式は国の儀式として行われ、葬場殿の儀は皇室の行事として行われることは、ただいま申し上げたとおりでございますが、両儀は法的に明確に区別されるのみならず、実際上も、大喪の礼御式におきましては、一、開式を告げること、二、祭官は退席すること、三、鳥居を撤去すること、四、大真榊を撤去すること等とされており、両儀ははっきり区別をされてまいるものだ、こういうふうに考えております。

 

 

女性天皇と女系天皇に関する政府解釈

以下の内容としては、皇室典範が法律の位置づけであるため改正することによって、女性天皇や女系天皇も認められるようになると答弁しています。

 

第164回国会常会衆議院予算委員会第一分科会2号28頁
平成18(2006)年3月1日 梶田 信一郎 内閣法制局第一部長
 お答えいたします。
 ただいまの御質問にございましたように、現行憲法の第二条、それから旧憲法の第二条、それぞれ規定が異なっております。
 現行の憲法におきましては、今委員お話ございましたように、皇位は世襲であるということのみを定めてございます。この世襲であるということ以外の皇位継承に関する事項につきましては、すべて法律である皇室典範の定めるところによるというふうにされております。したがいまして、憲法を改正しなくとも、皇室典範を改正することによりまして、女子が皇位を継承することを可能とする制度に改めることができるというふうに考えております。このことにつきましては、今御質問にございました昭和二十一年の金森国務大臣の答弁などにおきまして、従来からお答えを申し上げてきているところでございます。
 それから、もう一つの御質問でございますけれども、今申し上げましたように、皇室典範、これは法律でございます。国会におきまして皇室典範を改正することによりまして、この制度を改めることができるというふうに考えております。

 

 

まとめ

いかがだったでしょうか。

 

日本国憲法における政府解釈になりますので、日本国憲法の条文を確認しながら読んでいくと、内閣法制局がどういう法制度にしようとしているのかが見えてくることと思います。

 
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