憲法義解〜第八条

第八条 天皇は公共の安全を保持し又は其の災厄を避くる為緊急の必要に由り帝国議会閉会の場合に於て法律に代るへき勅令を発す
 此の勅令は次の会期に於て帝国議会に提出すへし若議会に於て承諾せさるときは政府は将来に向て其の効力を失ふことを公布すへし

(天皇は、公共の安全を保持し、または災厄を避けるため緊急の必要によって、帝国議会が閉会中の場合に法律に代わる勅令を発する
 この勅令は、次の会期に帝国議会に提出しなければならない。もし、議会において承認されなければ、政府は将来に向かって効力を失うことを公布しなければならない)

 

 

 

 

口語訳

恭(つつしみ)て按ずるに、国家一旦急迫のことあるに臨み、または国民凶荒癘疫(きょうこうれいえき)及その他の災害あるに当て、公共の安全を保ち、その災厄を予防救済する為に、力の及ぶところを極めて必要の虚分を施さざることを得ず。
此(こ)の時に於(おい)て議会偶々(たまたま)開会の期に在らざるに当ては、政府は進んでその責を執り、勅令を発して法律に代へ、遺計無(なか)らしむるは国家自衛及保護の道に於て固より己(や)むを得ざるに出る者なり。
故に前第五条に於て立法権の行用は議会の協賛を経と云へるはその常(じょう)を示すなり。
本条に勅令をもって法律に代ふることを許すは、緊急時機の為に除−外−例を示すなり。
これを緊急命令の権とす。
抑々(そもそも)緊急命令の権は憲法の許すところにしてまた憲法の尤(もっとも)濫用を戒むるところなり。
憲法は公共の安全を保持しまたは災厄を避くる為の緊急なる必要に限り、此の特権を用いることを許し、而して利益を保護し幸福を増進するの通常の理由に因(よ)りこれを濫用することを許さず。
故に緊急命令はそのこれを発するに当て本条に準拠することを宣告するを式とすべきなり。
若(もし)政府にして此の特権に託し、容易に議会の公議を回避するの方便となし、またもって容易に規定の法律を破壊するに至ることあらば、憲法の条規は亦(また)空文に帰し、一も臣民の為に保障を為すこと能はさらんとす。
故に本条は議会を以て此の特権の監督者たらしめ、緊急命令を事後に検査してこれを承認せしむへきことを定めたり。
本条は憲法中に於て疑問尤多き者とす。
今逐一問目(もんもく)を設けてもってこれを解釈せむとす。
第一。此の勅令はもって法律の曠缺(こうけつ、欠けている)を補充するに止まるか、または現行の法律を停止し、変更し、廃止することを得るか。
曰く。此の勅令は既に憲法により法律に代わるの力を有するときは、およそ法律の為すことを得るのことは皆此の勅令の為すことを得るところたり。
ただし、次の会期に於て議会若(もし)これを承諾せざるときは、政府は此の勅令の効力を失ふことを公布すると同時に、その廃止または変更したるところの法律は総てその舊(きゅう、旧)に復すべきなり。
第二。議会にして此の勅令を承諾するときはその効力は如何。
曰く。さらに公布を待たずして勅令は将来に法律の効力を継続すべきなり。
第三。議会にして此の勅令の承諾を拒むときは、政府はさらに将来に効力を失ふの旨を公布するの義務を負ふは何ぞ乎(かな)。
曰く。公布によって始めて人民遵由の義務を解けばなり。
第四。議会は何の理由によりその承諾を拒むことを得べきや。
曰く。此の勅令の憲法に矛盾しまたは本条に掲げたる要件を欠きたることを発見したるとき、またはその他の立法上の意見により承諾を拒むことを得べし。
第五。此の勅令にして政府若次の会期に於てこれを議会に提出せざるとき、或は議会その承諾を拒むの後、政府に於て仍(なお)廃止の令を発せざるときは如何。
曰く。政府は憲法違反の責を負ふべきなり。
第六。議会若承諾を拒むときは前日に泝(さかのぼ)り勅令の効力を取消すことを求むることを得るか。
曰く。憲法既に君主の緊急命令を発してもって法律に代ふることを許したるときは、その勅令の成存するの日はその効力を有すべきは固より当然たり。
故に議会これを承諾せざるときは、単に将来に法律として継続の効力を有することを拒むことを得。
而してこれを過去に及ぼすことを得ざるなり。
第七。議会は勅令を修正してもってこれを承諾することを得べきか。
曰く。本条の正文に依れば、議会はこれを承諾しまたは承諾せざるの二塗の一を取ることを得。
而してこれを修正することを得ざるなり。

 

 

現代語訳

恭んで考えるには、国家が急迫の事態に臨んで、または国民に凶作や疫病その他の災害が発生した時、公共の安全を保ち、その災厄を予防や救済するために、力の及ぶ限り必要な処分を施さないわけにはいかない。この時に議会がたまたま開会していなければ、政府は進んでその責任をとり、勅令を発して法律に代え、手抜かりのないようにするのは、国家の自衛と保護するために、もとよりやむを得ないものである。
ゆえに先の第五条において、立法権の行使は議会の協力と賛成を経なければならないとするのは、常の状態を示すものである。
本条において勅令を法律に代えることを許すのは、緊急時のために例外を示すものである。これを緊急命令権という。
そもそも緊急命令権は憲法の許すところであるが、憲法のもっとも濫用を戒めるところである。
憲法は公共の安全を保持したり災厄を避けたりするために、緊急で必要な限り、この特権を用いることを許すが、利益を保護し幸福を増進するという通常の理由によって、これを濫用することを許していない。
ゆえに緊急命令を発するにあたっては、本条に準拠すると宣告する形式をとるべきである。
もし、政府がこの特権に頼り、容易に議会の公議を回避する方便として、また容易に既定の法律を破壊するに至ることがあれば、憲法の条文は空文に帰し、臣民の権利を保障することができなくなる。
ゆえに本条は、議会をこの特権の監督者として、緊急命令を事後に検査して承諾させる必要があることを定めている。
本条は憲法の中でもっとも疑問の多いものだと思われる。
そこで逐一問いを設けて解釈したいと思う。
第一の問、この勅令は法律の欠けている部分を補充することに止まるのか、または現行の法律を停止し、変更し、廃止することができるのか。
答え、この勅令はすでに憲法により法律に代わる効力を有することが認められているから、おおよそ法律でできることは、すべてこの勅令においてもできることである。ただし、次の会期において議会がもし承諾しなかったときは、政府はこの勅令の効力が失うことを公布すると同時に、その廃止や変更した法律をすべて、元の状態に戻さなければならない。
第二の問、議会においてこの勅令を承諾するとき、その効力はどのようになるのか。
答え、さらに公布しなくても、勅令は将来に渡って法律としての効力を継続することができる。
第三の問、議会においてこの勅令の承諾を拒むときは、政府は将来効力を失う旨の公布をする義務を負うのはなぜか。
答え、公布によって初めて人民が遵守する義務を解除されるからである。
第四の問、議会はどのような理由により、その承諾を拒否することができるのか。
答え、この勅令が憲法に矛盾し、本条に掲げた要件を欠いていたりすることを発見したとき、その他の立法上の意見によって、承諾を拒否することができる。
第五の問、この勅令をもし政府が次の会期に議会に提出しなかったとき、あるいは議会が承諾を拒否した後に政府が廃止された旨を公布しなかった場合はどのようになるか。
答え、政府は憲法違反の責任を負うことになる。
第六の問、議会がもし承諾を拒否したときは、以前にさかのぼって勅令の効力の取り消しを求めることができるのか。
答え、憲法はすでに君主が緊急勅令を発して法律に代わることを許可しているから、その勅令が存続している間は、効力を有することは当然である。
ゆえに議会がこれを承諾しないときは、単に将来において法律として継続の効力を有することを拒否できるだけである。
そのため、過去に拒否の効力を及ぼすことはできない。
第七の問、議会は、勅令を修正して承諾することができるのか。
答え、本条の正文によれば、議会は承諾するかしないかの二択のうち一つを選ぶことができるだけである。だから、修正することはできない。

 

 

ポイント

緊急勅令は、枢密院が認めたら発することが出来ますが次の会期で帝国議会の承認を得なければなりません。
関東大震災の時の山本権兵衛内閣においては、緊急勅令を数多く出して、わずか2ヶ月程で復旧することになりました。
現在は政令が同等の意味として運用することになります。
東日本大震災の時の菅直人内閣においては、政令を出すことなく震災が長引くことにもなりました。

 
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