憲法義解〜第十五条

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憲法義解〜第十五条

第十五条 天皇は爵位勲章及其の他の栄典を授与す
(天皇は、爵位、勲章及びその他の栄典を授与する)

 

 

 

 

口語訳

恭て按ずるに、至尊は栄誉の源泉なり。けだし功を賞し労を酬い、及卓行善挙を表彰し、顕栄の品位・記章及殊典を授興するは専ら至尊の大権に属す。
而して臣子の窃弄(せつろう)を容さざる所なり。我が国太古簡朴の世、加‐婆‐禰(かばね)を以て貴賤の別を為す。
推古天皇始めて冠位十二階を定め、諸臣に頒ち賜ふ。天武天皇定めて四十八階となす。
文武天皇賜冠を停めて易ふるに位記をもってす。大宝令戴する所およそ三十階。
これ今の位階の因(より)て起る所なり。また勲位十二等はもって武功を賞し、及孝弟力田(りょくでん)の人に賜へり。中古以降武門専権の時に当て、賞罰の柄(へい)既に幕府に移るといえども、叙授の儀典は猶(なお)朝廷に属することを失はざりし。
維新の後、明治二年制を定め、一位より九位に至る。
八年勲等賞牌の制を定め、十七年五等爵の制を定む。
これ皆もって賞奨を昭(あきらか)にし、顕栄の大典を示す者なり。

 

 

現代語訳

恭んで考えるには、至尊たる天皇は栄誉の源泉である。思うに、功績を賞賛し労に報い、卓越した行いや善い振る舞いを表彰し、光栄ある位、勲章及び特典を授与するのは、もっぱら至尊たる天皇大権に属する。
そうして臣下が盗みもてあそぶことを許さないものである。
我が国の太古は、簡単で素朴な世の中であり、姓(かばね)を用いて貴賎を分けていた。
推古天皇が初めて冠位十二階を定めて、諸臣に分け賜った。
天武天皇は四十八階に定められた。
文武天皇は冠の賜与を廃止し、代わって位階を用いた。
大宝令に載せられているところ、およそ三十階。
これは今の位階の始まりである。
また勲位十二等は武功を賞し、孝行者や農業に尽くした人に賜ったりしたものである。
中世以降、武門の専権時代においては、賞罰の事柄は幕府に移ったといえども、叙授の儀典はなお朝廷に属し失われてはいなかった。
維新の後、明治二年に位制を定め一位から九位に至る。明治八年には勲等賞牌の制を定め、明治十七年には五等爵(華族における公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵)の制を定めた。
これはすべて賞して奨励するものを明らかにして、光栄ある大典を示すものである。

 
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