憲法義解〜第三十条

    このエントリーをはてなブックマークに追加  

憲法義解〜第三十条〜

第三十条 日本臣民は相当の敬礼を守り別に定むる所の規程に従ひ請願を為すことを得
(日本臣民は、敬意と礼節を守り、別に定めた規定に従って、請願することができる)

 

 

 

 

口語訳

請願の権は至尊仁愛の至意に由り言路を開き民情を通ずる所以(ゆえん)なり。孝徳天皇の時に鐘を懸け匱(ひつ)を設け諫言憂訴の道を開きたまい、中古以後歴代の天皇朝殿において百姓の申文(もうしぶみ)を読ませ、大臣納言の輔佐(ふさ、補佐)により親くこれを聴断したまへり(嵯峨天皇以後このこと廃れたり。愚管抄)。
これを史乗に考うるに、古昔明良の君主は皆言路を洞通(どうつう)し寃屈(えんくつ)を伸疏することを力めざるはあらず。
けだし議会未だ設けず、裁判聴訟の法未だ備はらざるの時に当て、民言を容納し民情を疏通するは独り君主仁慈の懿徳(いとく)たるのみならず、又政事上衆思を集め鴻益(こうえき、多くの人にゆきわたる利益)を広むるの必要に出る者なり。
今は諸般の機関既に整備に就き公議の府また一定のところあり。
而してなお臣民請願の権を存し匹夫匹婦(ひっぷひっぷ)疾苦の訴と父老献芹(けんきん、物を贈ること)の微衷(びちゅう)とをして九重の上に洞達し阻障するところなきを得せしむ。
これ憲法の民権を尊重し民生を愛護し一の遺漏なきをもって終局の目的と為すに由る。
而して政事上の徳義これに至て至厚なりということを得べし。

 

ただし、請願者は正当の敬礼を守るべく、憲法上の権利を濫用してもって至尊を干?(かんとく)し、又は他人の隠私を摘発して徒に讒誣(ざんぷ)を長ずるが如きは、徳義上の尤も戒慎(かいしん)すべきところにして、而して法律・命令又は議院規則により規程を設くるは又已むを得ざるに出づる者なり。

 

請願の権は君主に進むるに始まり、而して推広(すいこう)して議院及官衛に呈出するに及ぶ。
その各個人の利益に係ると又は公益に係るとを問わず。
法律上彼此(あれこれ)の間に互に制限を設けざるなり。

 

 

現代語訳

請願権は、至尊たる天皇の仁愛の極地により、言葉の路を開き民情に通じる所以である。
孝徳天皇の時代に鐘をかけ箱を設け、諫言や辛き訴えの道をお開きになり、中世以後の歴代天皇は宮城の朝殿において人々の申し文を読ませ、大臣、納言の補佐によって自らお聴きになり判断された(嵯峨天皇以後このことは廃れた。愚管抄)。
史実を考察すると、昔の名君は、すべて言葉の路を通して、冤罪の者を救うことに努めないことはなかった。
思うに、議会が未だ設けられず、裁判訴訟の法も未だ未だ備わっていなかった時代にあたって、民の言葉を聞き入れ民情に通じることは、君主の仁慈の徳のみならず、また政治上の多くの意見を集め多くの利益にかなうようにする必要があるためである。
今は、諸般の機関がすでに整備され、公議の府もまた一定のところにある、そしてなお臣民の請願権が存在し、民衆の苦しみの訴えと、意見を献じようという真心を宮中に送るため、障害がないようにする。
これは憲法が民権を尊重して民生を愛護し、一つも漏れのないようにすることが終局の目的とすることによる。
そうして、政治上の徳義はここに至って厚みがあるようになる。

 

ただし、請願者は天皇に正当な敬意と礼節を守るべく、憲法上の権利を濫用して至尊たる天皇を侵したり、他人の私事を摘発したり、誹謗中傷を増長するようなことは、徳義上のもっとも戒めるべきところであり、法律や命令または議院規則により規定を設けるのは、やむを得ないものである。

 

請願権は、君主に奉ることに始まり、そして押し広げて議院及び官庁に提出するにまで及ぶ。
その各個人の利益に係るか、公益に係るかを問わず、法律上のその間に制限を設けない。

 
この記事はお役に立ちましたでしょうか。
この記事が誰かの役に立ちそうだと感じて頂けましたら、下のボタンから共有をお願い致します。

    このエントリーをはてなブックマークに追加  


ページの先頭へ戻る