憲法義解〜第三十三条

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憲法義解〜第三十三条

第三十三条 帝国議会は貴族院衆議院の両院を以て成立す
(帝国議会は、貴族院及び衆議院の両院で成立する)

 

 

 

 

口語訳

貴族院は貴神を集め衆議院は庶民に選ぶ。
両院合同して一の帝国議会を成立し、もって全国の公議を代表す。
故に両院は或る特例を除く外平等の権力を有ち、一院独り立法の事を参賛すること能はず。
もって謀議周匝(しゅうそう、周到)にして輿論の公平を得るを期せむとす。

 

二院の制は欧州各国の既に久しく因襲するところにして、その功績を史乗に徴験し、而してここに反するの一院制を取れる者は皆その流禍を免れざることを説明したり(仏国千七百九十一年及千八百四十八年・西班牙(スペイン)千八百十二年憲法)。
近来二院制の祖国において論者却てその社会発達の淹滞障碍(えんたいしょうがい、延滞障害)たるの説を為す者あり。
抑々(そもそも)二院の利を主持する者既に熟套(じゅくとう)の論ありて今ここに引挙するを必要とせざるべし。
ただし、貴族院の設はもって王室の屏翰(びょうかん)を為し、保守の分子を貯存するに止まるに非ず。
けだし立国の機関において固よりその必要を見る者なり。
何となれば、凡そ高尚なる有機物の組織は独り各種の元素を包合してもって成体を為すのみならず、又必ず各種の機器によってもって中心を輔翼せざるはあらず。
両目各々その位をとくにせざればもって視力の角点を得べからず。
両耳各々その方を異にせざればもって聴官の偏聾(へんろう)を免るべからず。
故に元首は一ならざるべからず。
而して衆庶の意思を集むるの機関は両個の一を欠くべからざること、宛も両輪のその一を失うべからざるが如し。
夫れ代議の制はもって公議の結果を収めむとするなり。
而して勢力を一院に集め、一時感情の反射と一方の偏向とに任じて互相(たがいに)牽制その平衡を持する者なからしめば、孰(た)れかその傾流奔注(けいりゅうほんちゅう)の勢容易に範防(はんぼう)を踰越(ゆえつ)し、一変して多数圧制となり、再変して横議奔逸(おうぎほんいつ)とならざることを保証する者あらむ乎(かな)。
これその弊は却て代議の制なきの日よりなお甚しきものあらむとす。
故に代議の制設けざればやむ。
これを設けて二院ならざれば必ず偏重を招くことを免れず。
これ乃ち物理の自然に原由する者にして、一時の情況をもってこれを掩蔽(えんぺい、おおい隠すこと)すべきに非ざるなり。
要するに、二院の制の代議法におけるは、これを学理に照し、これを事実に徴して、その不易の機関たることを結論することを得べきなり。
彼の或国における貴族院の懶庸(らんよう、ものぐさで平凡)にして議事延滞の弊あるを論ずるが如きは、これ一時の短を摘発するに過ぎず。
而して国家の長計に対してはその言の価値あるを見ざるなり。

 

 

現代語訳

貴族院は貴い紳士を集め、衆議院は庶民から選ぶ。
両院合わさって、一つの帝国議会を成立し、全国の公議を代表する。
ゆえに両院はある特例(衆議院の予算先議権)を除くほか、平等の権限をもち、一院のみで立法のことを行うことはできない。
そうすることで、はかりごとが周到に議論の公平を得ることを期待する。

 

二院制は、ヨーロッパ各国がすでに伝統とするところであり、その功績を歴史の証拠とし、これに反する一院制をとる国はその禍を免れないことが証明される(フランス千七百九十一年及び千八百四十八年、スペイン千八百十二年憲法)。
近来、二院制の祖国イギリスにおいて、社会の発達を滞らせる障害であると説く論者がいる。
そもそも二院制の利点を主張するものは、すでに広く知られており、今ここで引用する必要はない。
ただし、貴族院の設置は王室の後ろ盾として、保守の勢力を貯えるに止まるものではない。
思うに、立国の機関において、もとより必要なものである。
なぜならば、およそ高尚な有機物の組織は、各種の要素を抱合して、成体をなすのみではなく、また必ず各種の機関によって組織の中心を補佐しなければならないからである。
両目は各々別の位置になければ、視力の角点を得られない。
両耳は各々その向きが異ならなければ、聴官の偏りを免れない。
ゆえに元首は一人でなければならない。
そして多くの人の意思を集める機関は、二つのうち一つが欠けてはならないことは、あたかも両輪のその一つを失ってはならないことと同じである。
代議制は、公議の結果をとりまとめようとするものである。
そして、勢力を一院に集め一時の反射的な感情と一方の偏った考えに任せて、互いに牽制しあい平衡を維持するものがなければ、いずれ傾き流れた水が勢いよく注がれ容易に堤防を越え、一変して多数による専制となり、さらに変わって横暴な乱政にならないと、保障することはできない。
その弊害は、かえって代議制がないときよりもなお、甚だしいものがある。
ゆえに代議制を設ければその弊害もない。
これを設けて二院制にしないのであれば、必ず偏重を招くことを免れない。
これは、すなわち物の道理に由来とするものであり、一時の情況で覆い隠すことはできない。
要するに代議制においての二院制は、学理に照らし、事実に証拠を求めて、その不易の機関であることを結論することができるのである。
彼のある国(イギリス)における貴族院が怠けて議事延滞の弊害があることを論ずることは、一時の短所を指摘するに過ぎない。
そして国家の長計に対しては、その言説に価値があるとは見なさない。

 
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