憲法義解〜第六十一条

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憲法義解〜第六十一条

第六十一条 行政官庁の違法処分に由り権利を傷害せらたりとするの訴訟にして別に法律を以て定めたる行政裁判所の裁判に属すへきものは司法裁判所に於て受理する限りに在らす
(行政官庁の違法処分によって権利を侵害されたとする訴訟で、別に法律をもって定めた行政裁判所の裁判に属すべきものは、司法裁判所において受理するものではない)

 

 

 

 

口語訳

 

 

現代語訳

行政裁判は、行政処分に対する訴訟を裁判することをいう。
思うに、法律は既に臣民の権利に向けて一定の枠組みを設け、これを安定し揺るぎなくさせた。
そして行政官庁の機関である者もまたこれに服従しなければならない。
故に行政官庁で、その職務上の処置により法律に違い又は職権を越えて臣民の権利を傷害した場合は、行政裁判所の断定を受けることを免れない。

 

よくよく訴訟を判定するのは司法裁判所の職任とする。
そして別に行政裁判所があるのは何故か。
司法裁判所は民法上の争訟を判定することを当然の職とし、そして憲法及び法律をもって委任された行政官の処分を取り消す権力をもっていない。
なぜならば、司法権が独立を必要とするように行政権もまた司法権に対して均しくその独立が必要とされるからである。
もし、行政権の処置に対して司法権の監督を受け、裁判所が行政の当否を判定取捨する任にいたならば、即ち行政官は正に司法官に隷属するものであることを免れない。
そして社会の便益と人民の幸福を便宜的に経理する余地を失う。
行政官の措置は、その職務により憲法上の責任を有し、従ってその措置に抵抗する障害を除去し、及びその措置により起こった訴訟を裁定する権を有すべきは、もとより当然であり、もしこの裁定の権を有しない時は行政の効力は麻痺消燼して、憲法上の責任をつくすのに理由がなくなってしまう。
これは、司法裁判の外に行政裁判の設置を要する所以の一つである。
行政の処分は、公益を保持しようとする。
故に時には公益の為に私益を枉げることがあるのは、また事宜の必要にいずるものである。
そして行政の事宜は、司法官の通常慣熟しないところであり、これをその判決に任せるのは、危道であることを免れない。
故に行政の訴訟は、必ず行政の事務に密接練達なる人を得てこれを聴理しなければならない。
これは、司法裁判の外に行政裁判の設置を要する所以の二つめである。
ただし、行政裁判所の構成は、また必ず法律をもってこれを定める必要がある事は、司法裁判所と異なるところはない。

 

明治五年司法省第四十六号達は、凡そ地方官を訴えるものは全て裁判所において行わせたが、地方官吏を訴える文書が法廷に集まり、にわかに司法官が行政を牽制する幣端を見るに至った。
七年第二十四号の達は、始めて行政裁判の名称を設け、地方官を訴えるものは、司法官に於いて具状して太政官に申稟させた。
これは一時の弊害を救うに過ぎず、そして行政裁判所の構成は、これを将来に期待した。

 

本条に行政官庁の違法の処分というときは、法律又は正当な職権に由る処分は、これを訴える事が出来ないことを知るべきである。
例えばこれは、公益の為に所有を制限する法律に処分を受けるものは、これを訴えることが出来ない。
本条にまた、権利を障害された者という時は、単に利益を傷害された者は、請願の自由が有り行政訴訟の権利がないことを知るべきである。
例えばこれは、鉄道を敷設する工事があり、行政官は規定の手続きに尊由して、その路線を定めたのに地方の人民が他の路線を取る利益があるとして、これを争う者がある。
これは、その争いは単に利益に属して権利に属さないが故に、これを当該官庁に請願する事が出来るが、これを行政裁判に訴える事は出来ない。

 
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