調整力のある香川俊介氏、理想はイギリス型議院内閣制!?

 

財務省

消費税8%増税が日本経済に深刻な打撃を与えることになるなか、香川俊介氏が事務次官に就任します。

 

ここでは、香川俊介氏がどういう人物なのかをご紹介します。

 

 

 

 

香川俊介氏とは

経歴

香川俊介氏は、「かがわ しゅんすけ」という名前です。

 

昭和54(1979)年に、東大法学部を卒業し、旧大蔵省に入省しました。

 

内閣官房副長官秘書官

昭和62(1987)年に小沢一郎内閣官房副長官秘書官に就任します。

 

小沢一郎氏は、竹下内閣の政務担当内閣官房副長官で、秘書官が2名就く異例の厚遇でした。
その1名が香川俊介氏です。

 

当時竹下内閣は、消費税の導入を最大の使命としていました。
省庁間の調整は、事務担当の内閣官房副長官が行います。
この時は石原信雄氏でした。

 

しかしその調整に大きな政治問題が絡む場合には、政務担当の内閣官房副長官が調整します。
しかも消費税なので、香川俊介氏の本来業務でもありました。

 

その後小沢一郎氏は自民党を離党し、政権交代し、細川内閣や羽田内閣を立ち上げます。
自民党離党直前の平成5(1993)年に、小沢一郎氏の政策やビジョンを書いた「日本改造計画」が上梓されます。

 

この中の所得税や住民税を半分にして法人税を世界最低水準に下げて、消費税率を10%に引き上げるように提唱している部分については、香川俊介氏も関わっていると言われています。

 

また財務省のOBの見方です。

 

 「霞が関の官僚がもっとも苦手とするタイプの政治家、小沢氏に買われたのは、面従腹背で本心では政治家をバカにしている他の財務官僚と一線を画す、親身で丁寧な姿勢でした。小沢氏が小渕恵三氏との政争に敗れて経世会を追い出された後や、細川護煕氏を総理にした非自民連立政権の崩壊後など、小沢氏が政界で冷や飯を食っているときも彼の元を頻繁に訪れ、復権に向けた政策提言をし続けた。そして、香川氏は小沢氏から『身内』とまで言われるようになったのです」

 

とあります。

 

英国チャタムハウス留学

平成7(1995)年から平成9(1997)年までロンドンのチャタムハウスに留学します。

 

留学したのは、日英の統治システムを比較する研究に取り組むためです。
そこで「政治家と官僚 日英比較研究」という論文を書きます。

 

財務省の本流を歩んだ香川俊介氏ですが、この論文において政治主導を説いています。

 

そして平成8(1996)年に小選挙区制を主体として比例代表で補完する小選挙区比例代表並立制が導入されました。
それを前提にさらにイギリスに学ぶ統治構造改革を訴えています。

 

1つ目は、閣僚任期を「最低2年」以上に延ばすこと。
 ここに、閣僚になる上での競争を導入していくべきであることを説いています。

 

2つ目は、内閣主導の政策決定を明確化し、与党の政策決定への関与を廃止すること。
 自民党の政務調査会内に部会、調査会、特別委員会、特命委員会があります。
 そこで内閣が国会に提出する法律案を事前審査した上で、総務会で党議決定する流れとなっており、党議決定したものは党議拘束がかかります。
 与党内で事前審査しているため、衆議院や参議院での各委員会での与党議員の質問はセレモニーに近くなっています。
 イギリスでは、与党幹部も閣僚として内閣に入るため、政策決定が内閣に一元化していることから、日本でも導入すべきことを説いています。

 

3つ目は、政治家と官僚の接触禁止。
 イギリスの官僚は、自分が所属する省の閣僚や副大臣を補佐することが求められており、それ以外の政治家との接触が禁止されています。
 しかし日本では、内閣と与党の二重構造があるため、与党議員が官僚を呼び出して説明することや、逆に官僚が与党の実力者に根回しに走ってしまっています。
 そのため、そもそも2つ目にあることを前提にして、閣僚、副大臣、政務官以外の政治家との接触は禁止すべきことを説いています。

 

4つ目は、官僚の中途採用や公募制の推進と天下り廃止に向けての給与引き上げ。
 香川俊介氏は、日本の官僚の年功序列人事を問題視しています。
 この年功序列人事によって、競争が同期入省者だけに限定しまうことや天下りの温床になってしまいます。
 この年功序列を緩和し、実力本位の競争を促し、中途採用や公募制に道を開くことを説いています。
 天下り廃止に向けては、定年延長や給与引き上げも必要と説いています。

 

財務省大臣官房長

平成23(2011)年に大臣官房長に就任します。

 

勝栄次郎氏が事務次官となった1年目は、マスメディアや与野党の政治家と国会の対策で力を発揮します。
2年目は、民主、自民、公明の「三党合意」による「社会保障と税の一体改革関連法案」を成立させる上での、調整をしていました。

 

この時期に食道がんにかかってしまい、一度は再起不能という噂が広がりました。

 

しかし、数か月入院してから、また職場に復帰します。

 

財務省主計局長

平成25(2013)年に一時期早期退任の噂もあった中、主計局長に就任します。

 

第2次安倍政権が誕生し、木下康司氏は事務次官に就任しました。
黒田日銀総裁の元、日銀の金融緩和が行われます。

 

そして参議院選挙後最初の記者会見で、麻生太郎財務大臣が「増税をやれない環境はなくなった」という発言から、消費税増税の路線が作られていきます。

 

その結果、10月1日に安倍総理が消費税8%の記者会見を行い、翌年の4月1日から施行されることになりました。

 

半年間程は、消費税8%前の駆け込み需要がありましたが、平成26(2014)年4月1日から景気は落ち込むことになります。
そのタイミングで、消費税8%を推し進めた財務事務次官木下康司氏は退任しました。

 

 

財務事務次官就任

人事

平成26(2014)年に財務事務次官に就任します。

 

主計局長は、同期の田中一穂氏で主税局長からの就任です。
大臣官房長と大臣官房総括審議官には、それぞれ昭和57年入省組で、福田淳一氏と迫田英典氏です。

 

昭和56年入省組のエースと言われた中原広氏は、理財局長。
同じく昭和56年入省組で麻生財務大臣が首相だったときの秘書官でもあった浅川雅嗣氏は、国際局長に就任します。

 

消費税8%実施による日本経済への影響

財務省の消費税10%のキャンペーンとして、消費税を上げても景気は2〜3か月後には戻るという楽観論でした。

 

しかし実際は、4月から6月の家計消費の落ち込みや4月から6月期と7月から9月期のGDP速報値は、2期連続のマイナス成長を記録することになります。

 

前年の10月1日に消費税8%が決定された際の景気の腰折れ策として、公共事業の予算執行の前倒しや政府支出を早め早めの実施をしましたが、それでも落ち込みました。

 

平成24(2014)年11月18日の経済財政諮問会議のあとに、消費税10%引き上げを延期することを正式に表明します。
そのときに、「社会保障と税の一体改革関連法」にあった景気条項(附則17条)を撤廃することと、衆議院の解散、経済対策として補正予算を組むことになりました。

 

骨太の方針

平成27(2015)年6月30日に出された、「経済財政運営と改革の基本方針2015〜経済再生なくして財政健全化なし〜」、いわゆる骨太方針。

 

ここには、拙速に消費税増税をしたことに対する反省が込められています。

 

表題の「経済再生なくして財政健全化なし」とは、経済状況が良くなければ、財政の健全化は出来ないことを意味します。

 

そして、本文に、消費税率引き上げによって、経済が落ち込んだことが記載されています。

 

また今後の課題として、日本経済の再生に向けて、デフレ脱却を確実なものとすることも明記されています。

 

 

香川俊介氏の人となり

性格

香川俊介氏は、食道がんで財務事務次官退任後に亡くなりました。

 

そして香川俊介氏の追悼文集が、「香川俊介さん追悼文集発行委員会」編集によって「正義とユーモア 財務官僚・香川俊介追悼文集」がイマジニア株式会社から発刊されています。

 

そこには、題名にもあるように正義とユーモアの人で、責任感ある誠実な生き方をされた方、それでいてユーモアがあって場を和ませる優しさのある人が香川俊介氏でした。

 

菅官房長官の追悼文にあるエピソードの引用ですが、そこには責任感と誠実さの一面を見ることが出来ます。

 

 ある日、官邸に呼んで、「消費税の引き上げはしない。おまえが引き上げで動くと政局になるから困る。あきらめてくれ」と静かに話をしました。
 香川はつらかっただろうけど、「長官、決まったことには必ず従います。これまでもそうしてきました。ですが、決まるまではやらせてください」と言っていました。

 

 

香川俊介氏 経歴

役職
昭和54(1979)年 東京大学法学部卒業

大蔵省(現財務省)入省

昭和62(1987)年 内閣官房副長官秘書官
平成7(1995)年 英国チャタムハウス留学
平成9(1997)年 大蔵省国際金融局国際調整室長
平成10(1998)年 財務省主計局主計官(防衛係担当)
平成12(2000)年 財務省主計局主計官(国土交通・公共事業総括係担当)
平成15(2003)年 財務省主計局法規課長
平成16(2004)年 財務省主計局総務課長
平成18(2006)年 財務省大臣官房参事官(大臣官房担当)
平成19(2007)年 財務省主計局次長
平成21(2009)年 財務省大臣官房総括審議官
平成22(2010)年 財務省大臣官房長
平成25(2013)年 財務省主計局長
平成26(2014)年 財務省財務事務次官
平成27(2015)年 退任

 

 

まとめ

いかがだったでしょうか。

 

香川俊介氏のロンドンのチャタムハウスの留学において、イギリス型の統治構造改革を提言していますが、まさに現在の日本政治の歪みを見つめた上でのものといえます。

 

実際にはまだ実現出来ていないことが多いですが、実験的にやっても政治家の能力不足で出来なかったり、制度だけ作って骨抜きになっていることもありました。

 

今後の日本政治の理想を考える上での必要なことを提言していたといえます。


 
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