消費税8%の増税政局、それを治めた木下康司氏とはどういう人物か

 

財務省

第2次安倍政権誕生とともに景気は急上昇しましたが、それが消費税8%の増税政局で失速。

 

消費税8%の増税政局を引き起こし、それを治めた木下康司氏。

 

ここでは、木下康司氏がどういう人物なのかをご紹介します。

 

 

 

 

木下康司氏とは

経歴

木下康司氏は、「きのした やすし」という名前です。

 

昭和54(1979)年に、東大法学部を卒業し、旧大蔵省に入省しました。

 

財務省大臣官房文書課長

平成18(2006)年に大臣官房文書課長に就任します。

 

この時は第1次安倍政権で、上司である大臣官房総括審議官は勝栄次郎氏、同期の田中一穂氏が内閣総理大臣秘書官でした。

 

第1次安倍政権は、安倍首相の健康問題が辞任の直接の原因になりましたが、「消えた年金問題」や閣僚のスキャンダルによるマスコミのバッシングもその要因でした。

 

財務省国際局長

平成23(2011)年に国際局長に就任します。

 

国際局は、金融部門で財政を扱わないため、上がりポストは財務官となって退官するコースが一般的です。
木下康司氏が国際局長の時は、民主党政権の安住淳財務大臣の下で、1ドル75円台の異常な円高に対して円売り為替介入を行いました。

 

その金額は10兆円近い資金でしたが、当時はアメリカが大規模な金融緩和を行っていたことや投機筋の円買いもあり、その効果はほとんどありませんでした。

 

財務省主計局長

平成24(2012)年に主計局長に就任します。

 

国際局長のときに、10兆円近い資金を損失させてしまいましたが、同期の香川俊介氏を押さえて主計局長に就任しました。

 

本来であれば、「財務省本流」に復帰出来る人物ではないといえますが、異例の人事が真砂靖財務事務次官時代に起こりました。

 

 

財務事務次官就任

人事

平成25(2013)年に財務事務次官に就任します。

 

主計局長は、木下事務次官と同期で野田政権時代にガンで引退の話も出ていた香川俊介氏です。
主税局長は、同じく同期の田中一穂氏。

 

大臣官房総括審議官には、昭和56年入省組の主計局次長(主席)だった中原広氏ではなく、浅川雅嗣氏が就任します。
国際局次長からの「財務省本流」です。

 

中川広氏は、野田政権時代に、東日本大震災の復興のための「30兆円スキーム」を作ったことから「財務省本流」からは外されたという話があります。

 

第2次安倍政権誕生

平成24(2012)年12月26日に第46回衆議院議員総選挙の自民党大勝を受けて、第2次安倍政権が誕生しました。

 

第2次安倍政権が誕生し、初めにやったことは、日銀総裁の白川方明氏を任期満了3ヶ月前にして辞任させたことです。

 

そして元財務官の黒田東彦氏を日銀総裁に、岩田規久男氏を副総裁に就任させます。

 

安倍首相の打ち出したデフレ脱却政策は、アベノミクスと呼ばれます。
それは、「三本の矢」と呼ばれるもので、日銀による大規模な金融緩和、政府支出による需要創出、規制緩和による成長戦略です。

 

2年後に2%の物価上昇率とマネタリーベースの資金量を2倍にすることを目標としています。

 

日銀の金融緩和によって、いわゆる黒田バズーカによって株価は急上昇します。
それによって東京都議会議員選挙や参議院選挙も勝利します。

 

そして、憲法9条の集団的自衛権の解釈権を変更するために、戦後誰もやったことがない内閣法制局長官人事へ介入しました。
横畠裕介次長の昇格を阻止し、小松一郎駐仏大使を送り込みました。

 

第2次安倍政権が誕生したときは盤石の体制でした。

 

消費税8%増税

平成25(2013)年7月20日の地元紙において、木下康司氏が、消費税増税について、「予定通りにすすめてもらうことを望んでいる」と発言しています。

 

参議院選挙後最初の記者会見でも麻生太郎財務大臣が「増税をやれない環境はなくなった」という発言もしており、財務省が財務大臣を取り込んで消費税増税の路線を作ります。

 

その後、自民党の大半、公明党の全員、民主党の幹部、財界、連合、テレビ新聞などの主要メディアが安倍内閣に増税を迫りました。
この時の大臣官房長は、佐藤慎一氏、大臣官房総括審議官は、浅川雅嗣氏、大臣官房文書課長は、井上裕之氏です。

 

その結果、10月1日に安倍総理が消費税8%の記者会見を行い、翌年の4月1日から施行されることになりました。

 

 

木下康司氏 経歴

役職
昭和54(1979)年 東京大学法学部卒業

大蔵省(現財務省)入省

平成11(1999)年 財務省主計局主計官(運輸、郵政係担当)
平成16(2004)年 財務省大臣官房総合政策課長
平成18(2006)年 財務省大臣官房文書課長
平成19(2007)年 財務省主計局次長
平成22(2010)年 財務省大臣官房総括審議官
平成23(2011)年 財務省国際局長
平成24(2012)年 財務省主計局長
平成25(2013)年 財務省財務事務次官
平成26(2014)年 退官、財務省顧問

 

 

まとめ

いかがだったでしょうか。

 

木下康司氏は、アベノミクスが始動しインフレターゲット2%を目標として景気回復を実現させようとする中、その腰を折りました。
この点から、経済状況に関係なく増税をするいわば増税原理主義者といえます。

 

また消費税8%増税を迫る際は、いわば増税包囲網を作り、安倍首相に増税を決断させました。


 
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