石川正一郎氏のニュース記事まとめ

 

官邸

 

 

内閣官房副長官補付内閣審議官(内閣官房拉致問題対策本部事務局長)に関するニュース記事

日付 要旨
平成30(2018)年

12月01日

政府の拉致担当者、北朝鮮側と10月に接触 モンゴルで

拉致問題対策本部の石川正一郎事務局長が10月下旬、モンゴル・ウランバートルで北朝鮮の宋日昊(ソンイルホ)朝日国交正常化交渉担当大使と接触したと、日朝交渉の経緯を知る北朝鮮関係筋の一人が明らかにした。

 

北朝鮮は公式メディアでは日本批判を強めているが、対話は拒まない姿勢を維持している。

 

接触の内容は明らかになっていない。

 

日本側は日本人拉致被害者の全員帰国を求めたのに対し、宋氏は過去の清算問題を優先するべきだとする従来の主張を繰り返した可能性が高い。

 

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神奈川県警察本部長に関するニュース記事

日付 要旨
平成26(2014)年

03月26日

政府、拉致対策本部を強化 三谷事務局長を内閣府参与に

政府は4月1日付で三谷秀史拉致問題対策本部事務局長を拉致問題担当の内閣府参与に起用し、石川正一郎神奈川県警本部長を新たな事務局長にあてる方針だ。

 

拉致被害者や家族に対応する女性職員も増やす。

 

30日から日本と北朝鮮の局長級協議が1年4カ月ぶりに再開するなど、拉致問題の進展に向けた動きをにらんで体制を強化する。

 

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02月01日 《罪深きはこの官僚》石川正一郎(神奈川県警察本部長)

「石川の命脈が断たれればいいが」一月初旬に川崎で発生した強姦被疑者逃走事件を見て、刑事畑を歩んだ警視庁OBはこう漏らした。

 

石川とは、神奈川県警本部長を務める石川正一郎のことだ。

 

長年、警備公安が牛耳ってきた警察内で、石川は残された数少ないエースらしいエースとされる人物だ。

 

一月七日に横浜地方検察庁川崎支部から逃走した強盗・強姦の被疑者は丸二日逃げ回った。

 

この間に捜索に駆り出された警察官はのべ四千人を超える。

 

車両、ヘリコプター、船舶まで投入しており、職員の超過勤務手当を考えれば一億円以上の血税が浪費された。

 

神奈川県出身の石川は県内の私立進学校から東京大学に進み一九八一年に法学部を卒業、警察庁に入庁した。

 

一貫して公安畑を歩み、二〇〇五には警察庁警備局公安課長、〇七年からは同警備企画課長を務め、東日本大震災後の一一年に警視庁公安部長になった。

 

それ以前には公安警察の裏部隊「チヨダ」を担当する警察庁警備企画課の「ウラ理事官」も務めている。

 

チヨダは、主に政界スキャンダルを収集して政治家に睨みを利かせる組織だ。

 

〇九年、石川が栃木県警本部長を務めている時に「足利事件」の冤罪が確定。

 

石川はテレビカメラの前で無実の罪でとらわれていた元受刑者に謝罪、「警察内で名を上げた」(警視庁担当記者)。

 

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石川 正一郎(いしかわ しょういちろう)氏 経歴

石川事務局長は、公安警察としての実績が多い。
役職
昭和56(1981)年 東京大学法学部卒業

警察庁入庁

平成3(1991)年 在連合王国日本国大使館一等書記官
平成6(1994)年 警察庁刑事局暴力団対策部暴力団対策第二課理事官 警視正
平成7(1995)年 警察庁警備局警備企画課理事官
平成9(1997)年 警視庁公安部公安総務課長
平成10(1998)年 警察庁長官官房人事課企画官
平成11(1999)年 警視庁警務部参事官・人事第一課長事務取扱
平成13(2001)年 警察庁長官官房参事官(教養担当)
平成15(2003)年 秋田県警察本部長 警視長
平成17(2005)年 警察庁長官官房参事官

警察庁警備局公安課長

平成19(2007)年 警察庁警備局警備企画課長
平成21(2009)年 栃木県警察本部長 警視監
平成23(2011)年 警視庁公安部長
平成25(2013)年 神奈川県警察本部長
平成26(2014)年 内閣官房副長官補付内閣審議官(内閣官房拉致問題対策本部事務局長)

 
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