高橋清孝氏のニュース記事まとめ

 

官邸

 

 

前内閣危機管理監に関するニュース記事

日付 要旨
令和2(2020)年

03月17日

【地下鉄サリン25年】前内閣危機管理監 「事態対処医療」の早急整備を

地下鉄サリン事件から25年。

 

事件当時の警視庁広報課長で、後に警視総監や内閣危機管理監を務めた高橋清孝氏に、事件の教訓をどう生かすべきなのか、話を聞いた。

 

警視庁広報課長だった平成7年3月20日の朝、事件を受け、ある方針を井上幸彦警視総監(当時)に具申したことを覚えている。

 

原因物質が判明したら即、発表するというもので、捜査1課長から「サリン」の物質名を発表してもらった。

 

内閣危機管理監となりテロだけでなく南海トラフと首都直下の両地震、東京大洪水、富士山噴火、大規模停電(ブラックアウト)、大規模サイバー攻撃、そして新型インフルエンザなどのパンデミック−などの国家的危機の被害想定を研究し、各省庁にヒアリングした。

 

結果、国全体として想定や対応計画が極めて甘いということが分かった。

 

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内閣危機管理監に関するニュース記事

日付 要旨
令和元(2019)年

03月09日

菅長官、即応を重視=災害対応、スタッフの緊張感維持−正確性に課題も

安倍晋三首相は2012年末の政権復帰以来、災害対応では大きな批判を免れている。

 

内閣の「大番頭」である菅義偉官房長官が政府内ににらみを利かせ、関係する職員の緊張感を保っていることが一因とみられる。

 

ただ、迅速対応を重視するあまり、正確な情報提供がおざなりになる場面も散見された。

 

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警視総監に関するニュース記事

日付 要旨
平成27(2015)年

08月03日

4日付で第92代警視総監に就任 高橋清孝(たかはし・きよたか)さん(58) 「具体的な憂いが備えを生む」

首都・東京の治安を担う警視庁4万6000人の職員のトップに就任する。

 

来年の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の首都警備と5年後に控える東京五輪・パラリンピックに向けた準備が進む警視庁。

 

警備部門の要職を歴任し、警備計画や警備実施のエキスパートだけに「責任は重いが、しっかり守りたい」と気負いはない。

 

未曽有の災害となった東日本大震災と東京電力福島第1原発事故では、政府の危機管理の中枢である内閣官房危機管理審議官として、刻一刻と事態が悪化していく様子を目の当たりにした。
「原子力災害への備えが全くできていなかった。最大の反省だ。安全神話で原発事故は想定外となっていた」。

 

憂いがなければ備えがないことを証明した。

 

「正しい憂いを持つことが大事だ。あやふやでない具体的な憂いが備えを生むことになる」。

 

危機管理のプロの言葉は重い。

 

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高橋 清孝(たかはし きよたか)氏 経歴

前任の警視総監の高綱直良氏は昭和56(1981)年入庁で、現行警察法が施行された54年以降、年次が逆転して警視総監に就くのは初めてでした。警備部門の経験が長く、北海道警察本部長時代に洞爺湖サミットの警備を指揮していました。
役職
昭和55(1980)年 東京大学法学部卒業

警察庁入庁

平成19(2007)年 北海道警察本部長
平成20(2008)年 警視庁警備部長
平成21(2009)年 内閣官房副長官補付内閣審議官兼情報セキュリティセンター副センター長
平成23(2011)年 警視副総監
平成25(2013)年 警察庁警備局長
平成27(2015)年 警視総監
平成28(2016)年 退官

内閣危機管理監

平成31(2019)年 退任

 
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