東京都知事選挙のニュース記事まとめ

 

 

 

第21代東京都知事選挙(2020年)に関するニュース記事

日付 要旨
令和2(2020)年

03月30日

小池百合子・東京都知事「ロックダウン」「オーバーシュート」横文字連発の陰に都議会の“ドン”

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、東京都の小池百合子知事が外出の自粛を呼びかけた週末。

 

普段ならにぎわうはずの東京・銀座も、週末恒例の歩行者天国は中止。

 

特に3月29日は雪が降ったこともあり、人影はまばらだった。

 

その直前の25日、小池知事は緊急の記者会見を開き、「感染爆発(オーバーシュート)の重大局面」だと訴えた。

 

週末は不要不急の外出を自粛するように要請したほか、平日はできるだけ自宅で仕事をするように求めた。

 

今夏に開催予定だった東京五輪・パラリンピックの1年程度の延期が決まった翌日のことだ。

 

「ロックアウト(都市封鎖)」

 

「オーバーシュート」

 

ビッグワードを連発し、テレビ視聴者を引き付けた。

 

この小池知事を支持するのが、都議会のドンこと、内田茂・元自民党都連幹事長だ。

 

昨年11月に開催された内田氏のパーティーには、都連の国会議員や都議たちが詰めかけた。

 

2017年都議選に立候補せず、引退したはずだったのに、突然の復活。

 

ある自民党都議は言う。

 

「(自民党本部の)二階(俊博)幹事長や安倍首相、党本部の意向を受けて、内田さんが動いているんですよ。『小池支持』で都議会自民党を説得しているんです。内田さんは4年前、小池知事にさんざんののしられ、あげくの果ては失脚してしまったのに、忘れてしまったのかと思います」

 

4年前の都知事選で、内田氏は都政のブラックボックスの象徴的存在と祭り上げられた。

 

その結果、自民党などが推薦した候補は112万票差の大敗を喫した。

 

だから、自民党本部の二階幹事長が24日、都知事選の候補者について「小池氏支援」を表明すると、若手の自民党都議を中心に猛反発が起きた。

 

出典はこちら

平成31(2019)年

03月25日

ドン・内田茂氏、影の司令塔として力を取り戻し小池都政追及

その会談は「ドンの復権」を見せつけた──。

 

自民党きっての実力者、二階俊博・幹事長(80)がかつて「都議会のドン」と呼ばれた内田茂・元東京都議(80)に“手打ち”を持ちかけたのは都議会が紛糾するさなかの3月7日だった。

 

場所は東京都内のホテル。

 

会談は昼食を取りながら1時間ほど行なわれた。

 

自民党都連関係者が語る。

 

「会談を呼びかけたのは二階さんからです。二階さんは来年の都知事選で小池百合子・都知事(66)の再選を『全面的に協力する』と発言し、都連の強い反発を浴びた。そこで事態収拾のために内田さんと、後継の都連幹事長の高島直樹・都議(68)を食事に誘って都連の怒りを鎮めようとした」

 

内田氏といえば、長年、都議会に君臨し、“影の都知事”といわれる権勢を誇った。

 

一地方議員ながらその力は中央政界にも及び、内田氏の夫人の葬儀(2015年)は安倍首相が自ら葬儀委員長を務めた。

 

しかし、小池氏が登場すると「都政のブラックボックス」の象徴と批判を浴び、前回都議選(2017年)で引退、事実上、失脚したと思われていた。

 

それがいつのまにか“大幹事長”の二階氏が助力を求めるほどの力を取り戻している。

 

都議会は連日、自民党が小池都政を追及して大紛糾しているが、その“影の司令塔”として内田氏が存在感を強めている。

 

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第20代東京都知事選挙(2016年)に関するニュース記事

日付 要旨
平成28(2016)年

08月20日

宇都宮健児氏が出馬を断念した内幕を明かした! 「早く降りろ」と大量メール 「これでは市民運動は衰退する…」

東京都知事選(7月14日告示、31日投開票)で、一時は立候補を表明しながら、告示前日の7月13日に立候補を見送った元日本弁護士連合会会長で弁護士の宇都宮健児氏(69)が産経新聞のインタビューに応じ、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)=民進、共産など推薦=を野党統一候補として擁立する際のいきさつなどを語った。

 

−立候補断念の際の記者会見でもおっしゃっていましたが、誹謗中傷があったようですね
7月11日に野党共闘という形で鳥越さんが立候補することになり、私の選対事務局には『降りろ』といった電話やメールが殺到していたんです。

 

−帝国ホテルで鳥越さんと会われたんですよね
12日に鳥越さんが帝国ホテルで出馬会見をしました。その後にお会いしました。

 

『どういう思いで立候補されるのですか』と聞いたら、鳥越さんは『参院選で改憲勢力が3分の2を取った。

 

危機感を抱いて出馬を決意した』とおっしゃった。

 

そこで『都政についてはどう考えていますか』と聞くと『これから考える』と言うのです。

 

そんなわけで政策という意味で意見交換をしたかったのですが、できませんでした。

 

そこで前日に記者会見で発表した政策資料を渡しました。

 

−その後はどうされたんですか
選対事務所に戻ってどうすべきか支持者の方と話し合ったんです。

 

午後9時半ごろから11時ごろまでやりました。

 

『もう撤退しよう』という慎重派と、『断固出馬すべきだ』という積極派に分かれて激論になりました。

 

政党に近い人に慎重派、無党派の方が積極派が多かったかな。

 

私はどちらかというと、主戦派でした。

 

−鳥越さんサイドからはその後、アプローチが?
ちょうど、テレビ朝日のワイドスクランブルに午後零時半から出演することになっていたし、午後2時からは日本記者クラブで公開討論会が予定されていました。

 

そこで、それが終わった後に、午後4時ごろから弁護士会館の相談室でお会いしました。

 

−そこではどんな会話がありましたか
鳥越さんと手塚仁雄(よしお)元衆院議員が来られました。

 

鳥越さんは私が前日に渡した政策資料について『読ませてもらったが、賛成です』とおっしゃいました。

 

−それで政策合意ができたのですね
鳥越さんサイドはどうも政策を丸呑みすれば、私が降りてくれると期待したようです。

 

しかし、それは口頭でのやりとりであって、政策協定ではありません。

 

参院選では、安保法制の廃止などの点で、野党側は政策協定を結んでいたから、与党側から『野合だ』と批判されても、はね返せたんです。

 

ところが、都知事選では野党間の政策協定はなかった。

 

私が鳥越さんの政策に納得して出馬をやめたというのは違うんです。

 

私としては、降りるにしても出馬するにしても、選対での討論の結果を見て、私自身が決めようと思っていました。

 

だから『出馬するとなったら正々堂々と政策討論をやりましょう』と言って別れたんです。

 

−するとどういうわけで告示直前の出馬取りやめとなったのですか
こうなったら政党関係者を除外して無党派だけでやろうかとも考えました。

 

無党派の人の中には、市民連合に近い立場の人もいましたし、市民連合との対立に悩んでいる人もいました。

 

メール、電話の7〜8割は『早く降りろ』『いつまでやっているんだ』という出馬辞退を促すものでした。

 

『出たって受かりっこないのに』などというさまざまな誹謗中傷もありました。

 

これが31日まで続いて、選挙運動を持ちこたえられるだろうか。

 

それでも政党に近い人たちは党から除名になってもやる、と言ってくれました。

 

今回は保守が小池、増田の2候補に分裂している。

 

この千載一遇のチャンスを逃してはいけない。

 

最終的に私が『市民運動の分裂を回避する意味でも一歩後退二歩前進ということで納得してほしい』と選対やボランティアにお願いしました。

 

−(出馬断念の)13日以降、嫌がらせはなくなったんですか
『よく下りた』『よく決断した』というものに変わりました。

 

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08月02日 都議会のドン、内田茂都議は欠席 都議会自民の重鎮「あなたの要望に応える必要はない」と写真撮影も拒否

「291万票の責任を感じている」。

 

東京都政の新たなかじ取り役となった小池百合子知事(64)は2日、初登庁した知事室で意気込んだ。

 

小池氏から「都議会のドン」と呼ばれた自民党の内田茂都議(77)は都連幹事長を引責辞任する意向を固めたが、都議会自民党はあいさつ回りにきた小池氏を“冷遇”。

 

「知事と議会は両輪です。一輪車にならないように」。

 

あいさつのため議長室を訪れた小池氏に対し、都議会の川井重勇議長(自民)は報道陣の前でクギを刺した。

 

報道陣から小池氏と並んだ写真の撮影を求められると「あなた(報道陣)の要望に応える必要はないから」と拒否し、「どうもご苦労さまでした」と小池氏に退室を促した。

 

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08月01日 「完敗だった」と釈明した石原伸晃・自民党都連会長に都連幹部は「執行部は総退陣だ」

安倍晋三総裁(首相)の下で国政選挙4連勝中の自民党は、保守分裂の首都決戦で手痛い黒星を喫した。

 

閣僚らを投入する国政選挙並みの総力戦を展開したが、小池百合子氏に完敗。党都連会長の石原伸晃経済再生担当相の責任が問われるのは必至だが、石原氏は党推薦の増田寛也氏の事務所で敗戦の弁を述べただけで、早々に“逃走”した。

 

完敗による石原氏の責任は免れない。

 

下村博文都連会長代行は31日の民放番組で「責任はある。私を含めきちんと考えていく必要がある」と述べた。

 

別の都連幹部は「執行部は総退陣だ」と言い切る。

 

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07月31日 私は「都議会のドン」内田茂の裏の顔をここまで知っている!

野田数(教育評論家、元東京都議会議員)

 

2009年の東京都議選で初当選し、2012年5月に会派から離脱するまで、私は都議会自民党の所属議員だった。

 

その間から今に至るまで、都連幹事長として君臨しているのが内田茂氏である。

 

私が見た内田氏は決して弁が立つほうではなく、自らはめったに発言しない。

 

自分は黙ってじっと座っていて、腹心から意向を伝えたり、内田氏の歓心を買うために回りの議員が進んで発言する状態を作っていく。

 

それが内田氏の手法なのである。

 

当時の石原慎太郎知事も加わり、石原伸晃都連会長以下、都連の国会議員は落選した内田氏を都連幹事長から外そうとしていた。

 

しかし、都議会議員の数が圧倒的に多く、多勢に無勢であった国会議員と石原知事は都議会議員の抵抗になすすべがなかった。

 

加えて東京都連の幹事長職は、東京都内の各級選挙の公認権を持ち、業界団体に対しての影響力も強いため、小選挙区選出の国会議員は最後まで抵抗しきれなかったのである。

 

その結果、当時内田氏を下ろそうとしていた石原都連会長と平沢勝栄都連総務会長は、もはや逆らえないとあきらめて、今や内田氏のいいなりになってしまった。

 

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07月16日 猪瀬直樹氏が衝撃発言 自殺した都議は“都議会のドン”にいじめられていた…「遺書」画像も公開

猪瀬直樹元東京都知事がインターネット上のインタビューで、「都議会のドン」に関する衝撃的な発言を炸裂(さくれつ)させた。

 

2011年に自殺した自民党都議が、ドンのいじめに遭っていた−というすさまじい内容だ。

 

猪瀬氏は自身のツイッターで、遺書ととれる「殴り書き」の公開にまで踏み切った。

 

都知事選を直撃しかねない、強烈な「爆弾」が投げ込まれた格好だ。

 

猪瀬氏は、自民党都議の樺山卓司(かばやま・たかし)氏(当時)が、11年7月1日に自宅で自殺した原因について、「(都連実力者の)A氏にあります(中略)。A氏に何をされたかというと、都議会議員の集まりの中で嫌がらせ的に罵倒されたり、議長になれたのにならせてもらえなかったり、ギリギリといじめ抜かれた(中略)。『反A氏』の声を上げると粛清されてしまう−そんな世界が都議会にはあるわけです」と語っているのだ。

 

猪瀬氏が名指ししたA氏は、都知事選に出馬した小池百合子元防衛相も「都議会のドン」と呼び、注目を集めたことでも知られる。

 

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07月11日 「一部の人により決まっている」 小池劇場の標的は都議会自民党のだれか

東京都知事選に出馬する元防衛相で自民党の小池百合子衆院議員(63)は、都庁で記者会見し「女性や障害のある人ら誰でも活躍できる東京にする」と表明した。

 

公約として2020年東京五輪・パラリンピック関連予算の適正化や知事報酬の削減などを挙げた。

 

都政運営について「一部の人により、いつどこで決まっているか分からない状態から脱出する」と述べた。

 

自分の出馬に反発する都議会自民党を念頭に置いた発言とみられる。

 

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昭和12年学会


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