東大法学部に行くと洗脳される!?宮澤俊義という人物の本質にせまる一冊!

 

宮澤俊義

著者倉山満氏の『東大法学部という洗脳』を読みました。

 

倉山氏といえば、扶桑社新書で発刊されている「嘘だらけシリーズ」を出されている人で有名な著者です。

 

そんな倉山氏がビジネス社から2019年に発刊された書籍が、

 

『東大法学部という洗脳』

 

です。

 

 

 

 

東大法学部という洗脳 昭和20年8月15日の宮澤俊義

東大法学部という洗脳 昭和20年8月15日の宮澤俊義 (倉山満)

 

どんな本なのか

どうしてこの本を読んだのか

戦後東大憲法学の泰斗である宮澤俊義氏を通史として、また戦前、戦中、戦後の法学に対する考え方をまとめているものだったため、読んでみました。

 

本を紹介する理由

日本国憲法の三大原則は、マッカーサーノートから作られたものですが、これを日本の憲法における概念にしたのは、宮澤俊義氏です。

 

宮澤俊義氏の知名度は、憲法や法学を学ぶ人であれば知っている人もいますが、一般の人ではその知名度も低い人物だと思います。

 

しかし、知名度が低くも、宮澤俊義氏の精神が日本社会に息づいています。

 

そんな自分達が当たり前に生きている日常に実は深く関わっている人物だからこそ、知ってほしいと思っています。

 

 

著者の紹介

略歴

著者:倉山 満 氏
昭和48(1973)年12月18日、香川県生まれ。
憲政史研究家。

 

経歴:
平成4(1992)年 香川県大手前高校卒業
平成8(1996)年中央大学文学部史学科国史学専攻卒業
平成10(1998)年 中央大学大学院文学研究科国史学専攻博士前期課程修了(修士)
平成11(1999)年 国士舘大学日本政教研究所非常勤研究員(15年まで)
平成15(2003)年 国立公文書館アジア歴史資料センター非常勤職員(16年まで)
平成16(2004)年 国士舘大学体育学部非常勤講師(27年3月まで)
平成17(2005)年 国士舘大学日本政教研究所非常勤研究員
平成18(2006)年 中央大学大学院文学研究科日本史学専攻博士後期課程単位取得満期退学
平成21(2009)年 「倉山満の砦」を開設
平成24(2012)年 倉山塾、開講
平成25(2013)年 チャンネルくらら、開局
平成26(2014)年 自主憲法研究会に参加
平成27(2015)年 次世代の党自主憲法起草委員会顧問

 

他の書籍

嘘だらけシリーズ
『嘘だらけの日米近現代史』(扶桑社、二〇一二)
『嘘だらけの日中近現代史』(扶桑社、二〇一三)
『嘘だらけの日韓近現代史』(扶桑社、二〇一三)
『嘘だらけの日露近現代史』(扶桑社、二〇一五)
『嘘だらけの日英近現代史』(扶桑社、二〇一六)
『嘘だらけの日仏近現代史』(扶桑社、二〇一七)
『嘘だらけの日独近現代史』(扶桑社、二〇一八)

 

『国民が知らない上皇の日本史』(祥伝社、二〇一八)
『日本史上最高の英雄(ヒーロー)大久保利通』(徳間書店、二〇一八)
『明治天皇の世界史―六人の皇帝たちの十九世紀』(PHP研究所、二〇一八)
『並べて学べば面白すぎる 世界史と日本史』(KADOKAWA、二〇一八)
『2時間でわかる政治経済のルール』(講談社、二〇一九)
『バカよさらば プロパガンダで読み解く日本の真実』(ワニブックス、二〇一九)

 

 

宮澤俊義は今でも生きている

日本社会に根付いてしまった精神

「本書は、ホラーです」(P3)の言葉から始まります。

 

何がホラーなのかといえば、
日本国憲法の解釈は、いわゆる東大憲法学と呼ばれる宮澤俊義氏を始めとする東大法学部教授の憲法学が主流であり、その骨格を作ったのがほかでもない宮澤俊義氏です。

 

日本の国家試験として、司法試験や中央省庁の高級官僚になるための国家公務員採用総合職試験、地方公務員試験、教員採用試験などがあり、それらはすべて憲法が試験として出題します。

 

これだけ見ると、文系だけではと思われるかもしれません。

 

しかし、医学の世界でもその憲法の精神つまり東大憲法学の解釈に従っています。

 

そして憲法は、その国の最高法規でもありますので、民法を始め私達の生活にまつわる法律も含まれることになります。

 

いわば日本社会の概念として存在しているといっても間違いはないでしょう。

 

詳しくは本書を読んでみて下さい。

 

 

言動は変節漢でも法理論は一貫している

言動は変節漢

宮澤俊義氏は、東京帝国大学法学部卒業後に美濃部達吉博士の弟子になります。

 

助手の間に、フランス憲法の研究をしており、処女作として「仏国憲政に於る大統領の地位」の論文を発表します。そしてフランう憲法のみならずアメリカ憲法、ドイツ憲法、イギリス憲法さらには隣接学問として政治史なども習熟していきます。

 

昭和10(1935)年に天皇機関説事件が起こります。
このとき排撃された中心人物は美濃部達吉博士でした。
そして一番弟子でもある宮澤俊義氏も当初は、美濃部達吉博士に呼応して論陣を張りますが、この状況を憂慮した法学部長が宮澤を呼び出し、宮澤は戦いを止めました。
そして嵐が止むのをじっと待ち、機を伺っています。

 

法理論の一貫性

日本国憲法の天皇の解釈として「天皇ロボット説」が採用されています。
これは、東大憲法学の考え方でもありますが、政府解釈でも採用しています。

 

「天皇ロボット説」とは、宮澤俊義著書の『全訂 日本国憲法』に書かれている、「天皇は何らの実質的な権力を持たないめくら判(ママ)をおすだけのロボット的存在」という内容です。

 

政府解釈で採用されているというのは、平成から令和に改元する際に、本来一世一元の制を採用し、法律があるにもかかわらず、改元手続きに天皇に配慮することは「違法ではないが適当ではない」として令和の元号を先の天皇の御名御璽を得て公布されました。
政府解釈を一手に握るのは内閣法制局です。

 

ちなみに立憲君主制を採用する国の君主には、3つの権利があります。
それは、諮問に対し意見を述べる権利、奨励する権利、警告する権利であり、この3つの権利を行使して国政に対して影響力を発揮させることが立憲君主制を採用する上で必要なものであるとして、ウォルター・バジョットの『イギリス憲政論』で述べています。
もちろんイギリスで採用されています。

 

宮澤俊義は、内閣法制局参与に就いていた時期もありますので、「天皇ロボット説」は、内閣法制局内部に浸透した可能性もあります。

 

そんな「天皇ロボット説」ですが、この着想を得たのは、フランス第3共和政におけるフランス大統領からです。
その論文は宮澤の処女作です。

 

宮澤俊義氏から見たら、日本国憲法下の天皇は、フランス第3共和政におけるフランス大統領に見えたあるいは意図的にそういう解釈にしてしまおうとしたものといえます。

 

そのため、「天皇ロボット説」自体は戦後になって出てきた概念ではなく、少なくとも宮澤俊義氏の頭の中には、あったということになります。

 

まとめ

以上のように、言動はその時々の政治状況に合わせて媚びる変節漢ですが、法理論は変節かと言われれば、そんなことはありません。

 

 

改めてこの本を紹介する理由

いかがだったでしょうか。

 

まだまだ紹介したい部分もありますが、実際に読んでみて感じてみないとわからないところもあります。

 

改めて、この戦後の日本社会に息づいているものがありますが、それは最高法規である憲法を始め、日常生活にも関わってくる法律、様々なところに宮澤俊義氏の精神があります。

 

日本の社会を変えたい
日本の政治を良くしたい
日本を国際社会の中で誇れる国にしたい

 

と考えている人達は、
こちらの著書をおすすめ致します。

 

 

東大法学部という洗脳 昭和20年8月15日の宮澤俊義 (倉山満)


 
この記事はお役に立ちましたでしょうか。
この記事が誰かの役に立ちそうだと感じて頂けましたら、下のボタンから共有をお願い致します。

    このエントリーをはてなブックマークに追加  

昭和12年学会
ページの先頭へ戻る