極端な二元論は疑った方が良い

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極端な二元論は疑った方が良い

 

二元論

安倍元内閣総理大臣が凶弾に倒れ、政府ではこれまでの功績から国葬を決定しました。

 

国葬についての見解は次の記事を確認ください。

 

国葬に基準を設けるべきでは

 

 

政策にどちらかはなくケースバイケース

安倍元内閣総理大臣は保守政治家として、改憲や国防を充実させるなどを政策として掲げており、いわゆるリベラル政治家の政策とは一線を画しています。

 

保守とリベラルは、政治的な争点として「右寄り」「左寄り」と二項対立でくくられやすい現象があります。例えば、リベラル政治家が「改憲」をいえば「右寄り」のレッテル張りをされ、保守政治家が「ジェンダー論」をいえば「左寄り」のレッテル張りといった感じです。

 

そして安倍元内閣総理大臣の「国葬」についても同様の二項対立になっています。「国葬」を認めないのは「非国民」という極端な発言もあれば、国民を強制的に参加させるのは思想良心の自由に反するなど、さまざまです。

 

そもそも「右」だから国葬を支持しなければならないとか、「左」だから国葬を非難しなければならないというのはありません。物事はそこまで単純化して考えるものではなくケースバイケースになるのが普通ではないでしょうか。

 

国葬についての見解は述べたとおりで、基本的には賛成も反対もなく、ただ制度として整備されていないのであれば、国会においてしっかりと基準を設けて行うべきと考えています。

 

極端な二元論の特徴

「右」にとって「左」は敵であり、「左」にとって「右」も同様の図式です。例えば、「右」よりの人が、「左」の人達に対して、国家を弱体化させようとする敵という認識があるようです。逆に自分と同調する意見では仲間意識を持つようになり、いわば「戦友」のようなイメージとなります。

 

つまり、極端な二元論に陥る人達の特徴は、味方に対して同調意識があり、敵を倒すためであれば人格攻撃すら辞さないため、行動が過激になります。

 

どちらの場合も自分の主張は正しいという認識です。事実に基づくものであれば問題ないですが、本当に事実といえるのか怪しいものも含まれています。自分達が信じたものに間違いがないという認識のため、反論すればレッテル張りをされるでしょう。さながらカルト宗教の信者のようなものとなるため、説得なども通用しません。

 

裏に振付師がいるかも

社会は発言力が大きいものに翻弄されがちです。これは、現在だけの話ではなく、古くは古代ギリシアまで遡ることになります。

 

古代ギリシアには、民衆を扇動する「デマゴーゴス」、つまり扇動的民衆指導者がいました。古代ギリシアの民主政においてペリクレスの時代が民主政の最盛期となりましたが、死後さまざまな「デマゴーゴス」が登場したことで衆愚政となりました。

 

極端な二元論は、発言力が大きいものに翻弄されることで起こりやすく、ひとたび起これば、本当の正論がかき消されてしまいます。社会にとって、今こんな話をしている場合じゃないと思う時に異なる言論によってかき消されるような状態は、正論が通らない社会になっている可能性があります。正論が通らない社会は、歴史でみれば国家の破滅に導くことになるため注意が必要です。

 

また、「ハーメルンの笛吹き」ではありませんが、正論が通らず極端な二元論が横行している状態は、裏に振付師がいるのではないかと思える時もあります。これは実際にいた場合もあれば、陰謀論で終わる場合もあり、後になって振り返ることでわかるようなことです。ただし、極端な陰謀論に走らず、日々のニュースや過去の歴史から事実と学問によって裏打ちされた知識を身に着けることで踊らされずにすみます。

 

これは、SNSの発達によって起きたことではなく、歴史上にも起きたことです。「右」とか「左」の発言によって本当に大切なものを見失うことがないように、一人ひとりの個人が戒めることが大切といえるでしょう。


 

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